切り取られた一瞬、魂の交流 映画『ラストレター』感想
岩井俊二って、世間的には「なんかオサレな映画撮る人でしょ?」とか思われているフシがあって、それゆえに好き嫌いがわかれるというか、観ない人は食わず嫌いしてる場合も多い気がするんですけど、私の場合、なんかたまたまやってるし、有名な監督だから観とくか的に観た『ヴァンパイア』が非常にツボで、それ以来結構好きなんですよね。
とはいえ、昔好きだった人と結ばれることなく死別して、系のラブストーリー。
キツそうだな、と観る前は正直思ってましたが、案外笑えるシーンも多く、もちろん最後には切なくて泣ける展開もあり、かなり愉しむことができました。
「美しい思い出によって、人は生きていくことができる」というような言葉がありますが、本作はさらに一歩踏み込み、それによって苦しみから救われる人々が描かれます。
「思い出」とは限定された時間と空間。
生きていればいいことも悪いこともあるけれど、たしかに輝いていた瞬間を切り取り、言葉に託して綴る――タイトルにあるラストレター(誰から誰に宛てた手紙かは、ここでは語りません)もそのひとつです。
記憶とは、時に都合よく歪められ、嫌なものから目をそらすといった側面もあるけれど、それをもって否定されるべきものではない。
タイムリーなことに、ちょうどFGOで清少納言イベントが開催されているんですが、『枕草子』もそうやって出来上がった作品なんですね。
『ラストレター』の内容に即していうなら、主人公の乙坂(福山雅治)が、亡くなったかつての恋人・未咲(広瀬すず)の元夫である阿藤(豊川悦司)に会いにいくくだり。
これは、乙坂自身の後悔や葛藤と向き合うシーンで、阿藤とはもう一人の乙坂だと解釈しました。
もし、あの時ああしていたら、どうなっていたか。
実現しなかった可能性。
不毛だとわかっていても考え続けなければならなかったあれこれ。
人によっては未咲と阿藤とあいだに何があったか描かれていないことを不満に思うかもしれませんが、ここは敢えてそうしているのでしょう。
元々岩井監督ってリアリズムの人ではないからなのか、物語全体に寓話性を帯びさせる工夫が随所に見られます。
阿藤の現実感のない佇まいもそうですし、「敢えて」演技の下手な人を配置したり、そうは言わないだろというようなセリフを吐かせたり。
今回特に目に付いた点で言うと、姉妹、母子、従姉妹、現在と過去といった「対」の存在ですね。
セットで行動したり、ふつうに対比に使われたり、対句表現のように響き合う効果を持たされています。
裕里(松たか子)の旦那(庵野秀明)が買ってきたボルゾイもそうですね。
二頭いるからボルとゾイって。
岩井監督、『リップヴァンウィンクルの花嫁』のときも安室行舛(あむろ ゆきます)なんて人物を登場させてますし、たまにとぼけたネーミング・センスを発揮しますよね。
庵野秀明の話をすると、作中ではマンガ家という設定なんですが、彼の作品として使われている絵が鶴田謙二という……
オタクへの目配せなの、なんなの!? と最初は思いましたが、冷静になってみると、たぶんコレ『おもいでエマノン』なのかなあ?(梶尾真治原作で、鶴田謙二がコミカライズを手掛けている)
あと、妻の浮気を疑って激怒するけど、ぜんぜん怖くないという……(萌えポイントだと思います)
対比でいうなら、前半何気なく触れられた文章を添削するという行為が後半もう一度、場所と時間を変えて描かれるんですが、時間的には一瞬なのに、下手すればセックスよりも濃密な魂の交流として描かれているのが凄い。
だって、想いを伝えるために書いたものに、もう一人の人間が想いを書き加えるんですよ。
こんなん感動するしかないやん……しかもそれが後々(以下ネタバレになるので自粛)
話とは関係ない部分で感心したのが、広瀬すずがマッチを擦るシーン。
『海街diary』や『ちはやふる』でも思ったんですが、運動神経がいいのか身体感覚が鋭いのか、とにかくあの瞬間「うまっ」と思ってしまったんですよね。
何気ない仕草がやけに鮮烈。
総論として、本作は最初の期待値を超えてきた良質のラブストーリーでした。
ただし、私がこれまで観てきた岩井作品と比べると一歩及ばない、といったところでしょうか。
でも、本作にはまだ未消化の部分がけっこうあるので、後々評価は変わるかもしれません。
★★★★☆
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