深淵を覗く旅路 映画『メイドインアビス 深き魂の黎明』評

「2019年シネマランキング年間ベスト10」へ

 お待たせしました。お待たせしてます?
 前回は2019年ベスト10の発表だったので、実質今年最初の映画記事を書きます。
 今回扱うのは『メイドインアビス 深き魂の黎明』――原作はWebコミックガンマで連載中の、つくしあきひとのマンガ作品です。
『ゴールデンカムイ』『ダンジョン飯』と並ぶ「三大野外飯マンガ」にも数えられ、同時にそのかわいらしい絵柄とは裏腹な容赦のない描写により一種のトラウマ作品としても知られています。
 2017年にテレビアニメシリーズが製作され、2019年にテレビ版の総集編が前後編で劇場公開。
 ここまででだいたい原作3巻までのお話で、今回の新劇場版はその続き――具体的には4・5巻の映像化ということになります。


〈約1900年前のこと、南海ベオルスカの孤島に巨大な縦穴が発見された。直径約1000メートル。深さは今でも分かっていない~(中略)~その不思議に満ちた姿は一獲千金を夢見る様々な冒険家を呼び寄せた〉

〈大穴には魔力があった~大穴の底を見た者はまだ誰もいない。貴重かつ危険な原生生物たち、理を越えた不可思議な遺物、奈落の果てに眠るという黄金郷……それらすべてが1900年もの昔から今に至るまで人々を誘い駆り立ててきた。未知へのロマンと数多の伝説を餌に、その名にふさわしい数の人々を呑み込んできた大穴……大穴の名は『アビス』という。全て踏み明かされたこの世界の、唯一最後の深淵である〉

                      ――原作第1巻より引用


『深き魂の黎明』の話をする前に、まずは『メイドインアビス』とはいかなる作品かという解説から入りましょうか。
 この手の『謎のダンジョンと、そこに挑む者たちによって築かれた街』というシチュエーションは、ゲーム『Wizardry』をはじめとする様々な創作物の定番ネタですね。もう、好きな人なら無条件でワクワクするヤツです。
 んで、そのワクワク=作中でたびたび繰り返される「憧れ」を原動力に、主人公である少女リコと、アビスの底からやってきたと思しき少年型ロボット・レグのコンビが大穴に潜っていくというのが大まかなストーリー。
 いくら片方が丈夫なロボットとはいえ、子供だけで大丈夫か? とは誰しも思うところ。
 何しろ補給もままならないダンジョンで、危険な生物がわんさといますし、本作と類似の設定を持つ他作品とをわかつ重要設定、「アビスの呪い」なんかもありますしね。
 アビスの呪いとは、ようするに穴を上に昇ると人体にかかる負荷で、深層にいくほど大きくなります。
 具体的には、浅い層では嘔吐や吐き気程度、さらに潜ると激痛や出血、果ては肉体や精神が変容したり死んだりします。
 気軽にいってもどってこれないとか、普通のRPGだったらクソゲー要素でしかありません。
 本作がトラウマ作品たる所以は、そういう場所に踏み込んだときに起こり得るアレやコレやらを逃げずに描いているからなんですね(作者の趣味だろといわれれば、まあたぶんそうなんですけど……)。
 よくパッケージ詐欺といわれるかわいい絵柄も、残酷描写を引き立たせる露悪的な要素というより、それらを中和させているんだというのもよく聞く話(これもまた作者の趣味と以下略)。その通りだと思います。
 本来そういうパッケージではないルックで残酷描写をやる作品は一時期流行しましたし、割とコンスタントな需要もあるのでふれる機会も多く、本作がそこに含まれるのも、まあわかるのですが、実はその源流はもうちょっと昔にあるのではないかと私は考えています。
『アビス』の主要な要素として、ざっくり「かわいい絵柄」で「ガチの冒険」を抜き出してみると――はい、結論いきます。
 それって『ガンバの冒険』ですよね?
 昭和アニメファンに名作は何かと訊ねれば、ほぼ間違いなく挙がってくるタイトルです。
 要はネズミたちがイタチと戦う話で、ラスボスである白イタチ・ノロイは「みんなのトラウマ」としてもおなじみだったりします。
 主人公がネズミですから、ただのネコですらめちゃくちゃ怖いですし、人間はコミュニケーション不可能な“動く山”みたいな扱いで、そういう描写もしびれるんですよね。

 とはいえ、『ガンバ』も原作は児童文学であり(斎藤惇夫『冒険者たち ガンバと15ひきの仲間』)、あくまでキモはワクワクする冒険です(仲間が八つ裂きにされたりもしますけど)。
 基本的に主人公の対決する悪や乗り越えるべき障害とは外にあるもの。汚い大人に対し、子供はその純粋さでもって対抗する図式といってもいいでしょう。
 しかし『アビス』は児童向けではありませんから、悪は外だけにあるわけではない。
 それは、主人公リコを含めた心の内。
 人間だれしもが持っており、また探窟家であればそのために死んでも惜しくない「あるもの」なのだという部分に切り込んでくるのが原作4・5巻のエピソード――すなわち今回の劇場版『深き魂の黎明』というわけです。


 というわけで『深き魂の黎明』の話に入ります。
 映像、アニメーション、音楽とどれをとっても一級品なのはテレビシリーズで証明済み。そこはまったく心配いりません。
 旅の仲間にナナチが加わり、いよいよ三人での冒険がスタート!
 そしてナナチにとっては因縁のあるボンドルドとの対決が描かれます。
 ナナチとボンドルドといえば、『アビス』を語る上で絶対に外せない二大キャラクターといってもいいでしょう。
 かたやケモナー大歓喜、これまで自分はノンケだと固く信じてきた真人間さえも性癖を歪ませかねない「かわいさの権化」。
 かたや探窟家の最高峰である白笛。温厚な性格で誰にでも敬語で話し、人類への貢献度だけなら現時点でぶっちぎりのトップ。しかし彼を形容する言葉として「腐れ外道」すら生ぬるいという、悪役中の悪役。
 いや、ホントすげェですよ、この造形。
 この二人がメインともなれば当然観客のテンションは爆上げですし、ようやくあのクソ野郎がブン殴られるところが見られるのかと期待してたところへ、まさかのボンドルドの愛娘、プルシュカの投入ですよ!
 原作のその先を知らない観客からすれば、

「え、どゆこと?」
「この子も敵なの?」
「あいつに父親とかできんのかよ」
「なんか無邪気にパパとかいって抱きついたりしてるけど、どう見てもその絵面不穏なんですけど!?」

 と困惑必至。
 そのままあれよあれよという間に地獄への直行便に乗せられるわけですから、いろんな意味でたまりません。
 一方原作既読の私なぞは、プルシュカが出てきた瞬間に画面が歪み、彼女が笑うたびに胸を抉られ、「一緒に冒険行きたいんだ!」では謎の装置を装着されたレグの股間よろしく目から液体を噴き出していました。
 余談ですが、本作に関しては鑑賞後、原作でもアニメでも構わないので頭からおさらいすることを強くオススメします。なんとなく流していたシーンやセリフもぜんぜん印象が変わったりしますから。
 ラストではいちおうボンドルドを退け、一行はアビスのさらに深奥へと進むわけですが、そのときの彼のセリフには絶句しましたね。ちょっと『ガン×ソード』の鉤爪の男を思わせるというか。主人公たちとは見ているもの、立っているステージが違いすぎて、真の意味で打倒することが不可能な敵、ということですね。
 しかし、あくまでこれは第一印象。いまでは、これは半分正しく、半分まちがっていると考えています。
 直前のシーンで、彼はリコにこういいました。

「…君は私が思っているより、ずっとこちら側なのかもしれませんね」

 これは単に、目的のためならあらゆるものを犠牲にできる、狂気に片足を突っ込んでいる、というだけの意味ではありません。
 主人公サイドとボンドルドが、根源的な動機の部分で通じているということが示されているのです。
 すべての探窟家の行動動機にして、作中で常に輝きに満ちていた「それ」。
 そう――「憧れ」です。
 この単語には、好奇心、想像力、夢、信念といった、本来であれば肯定すべきものが集約されています。
 それらは皆、人類がここまで繁栄するに至った要因にして最大の武器。
 しかし、同時に人類史の愚かさといわれるものの源泉でもあります。

 まさしく、人の抱える「業」とでも呼ぶべきもの。

『アビス』という作品は、そこを描いているのだなあと、6巻以降の展開を追うごとに、その思いを強くしています。
 そもそも、アビスという大穴を下っていくこと自体が、人の心の闇を覗く行為そのものなのでしょう。
 そう考えれば、本作の名ゼリフのひとつ、ナナチの「憧れは止められねえんだ」さえ恐ろしく思えてきます。
 ちょうど、リコの衝撃的な出生が明らかにされ、そのマイナス要素が母ライザの一言で意味合いを反転させたように。


 最後に、原作未読の方向けに『アビス』の魅力のひとつをご紹介。
 各話の合間などにあるおまけページで、アビスに住む原生生物を紹介しているのですが、これがとてもよく練られていて読んでいるととても愉しい。
 架空生物の生態を作り込んでいくといえば、古くは『鼻行類』から続く知的遊戯で、この手の創作物が好きな人にはおススメ。
 この系統の他作品なら、最近では架空種族の言語学を扱った『ヘテロゲニア・リンギスティゴ』や、性風俗を扱った『異種族レビュアーズ』といったマンガ作品も面白かったです。

                             ★★★★★

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