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星色Tickets(ACT1)_SCENE5
//背景:演劇サークル部室_夕方
すもも「で、どうしまっせ部長さん」
東にあった太陽が南中高度の最高点をすぎたのは、たぶん五時間くらい前のこと。
南中高度なんて中学以来耳にした覚えがないのによく覚えてんなぁ……
とか、思いのほか優れてる記憶力に感心してる場合じゃない。
恭司「……土下座しかないよな」
約束の十七時まで、残すところ一時間。
俺とすももは、部室で頭を悩ませていた。
すもも「迷わず土下座って発想になるあたり、さすが忸怩くんなだけあるねぇ」
朝から校舎を駆け巡り、友人に頼り、頭を下げ、できる限りのことはしたけど、努力と結果が必ずしも釣り合わないのが現実の残酷なところで。
ついに俺たちの誘いに乗っかろうという変わりものが現れることはなく、まぁ土下座しかないのかなって、俺は早くも諦めモードになりつつあった。
恭司「仕方ないだろ。プライドを保守したからって、夢が叶うわけじゃあるまいし」
すもも「そうだけどさ……男の子なんだからもうちょい、土下座に抵抗あってもいいじゃん?」
恭司「最初はあった。けど慣れた」
すもも「慣れか~。……慣れって恐ろしいですなぁ」
椅子を前後にぎこぎこ揺らすすももは、口には出していないが万策尽きているのだろう。
すももは能動的な性格だから、もしなにか案があるのなら、こんな場所でじっととどまっているはずがない。
かと言って、俺に絶望的な状況を覆す妙案があるはずもなく……
//SE:秒針の音
カチカチといやに大きく室内に響く秒針の音が、俺の焦燥を駆り立てていく。
すもも「でもさ、きーくん」
恭司「ん?」
すもも「仮に藤沢さんが脚本を書いてくれたとして。藤沢さんの薫り高い文章に釣り合う演技のできる役者さんなんているの?」
恭司「まぁその辺は練習次第でなんとかなるだろ」
すもも「いや根性論かい」
すもも「……聞きかじりの噂なんだけどさ、演劇部員は誰も理想に沿わないからって理由で、藤沢さんは演劇部の脚本を断ったらしいよ」
恭司「……」
この状況でどうしてさらに不安を煽るようなことを言うのかなこやつは。
すもも「ま、噂だから実際はわかんないけどね。でも、藤沢さんならそれくらい言いそう」
恭司「言うだろうなぁ……」
孤高にして気分屋の文才。……今にして思えば、よくあいつを口説けたよなぁ。
そんな奇跡が起きたというのに、このまま役者が見つからず頓挫……なんて事態は絶対に避けたい。
けど、すももが言うようにその先のことも考えなきゃいけない。
となれば、役者にもそれなりの技量が求められるわけで……
恭司「あぁっ! なんで今日なんだよ藤沢ぁ~!」
すもも「まぁまぁ、お茶でも飲んで落ち着きなさいな」
すももがコップに注いだ麦茶を飲みながらオーバーヒート寸前の頭を冷ましていると、眼下に異様な光景が映った。
恭司「……なぁ、すもも」
すもも「どしたよきーくん」
恭司「あの子、演劇部の部室覗いてないか?」
ここは旧校舎二階。窓から中庭にある演劇部の部室を望むことができる。
だから、その女生徒の奇行はこの場所から明け透けだった。
すもも「ん~、どの子?」
正面からこっそり中を覗いたかと思えば、右手に回って小窓から中を覗き、窓のない背面をそそくさ歩いて左手から窓を覗き……
それはまるで、誰かを探しているかのような動きに見える。
すもも「ネクタイの柄を見るに一年生だね。どうしたんだろ?」
不意に女生徒の亜麻色の髪が不自然に輝いた。
――星形の髪留めが夕陽を反射していた。
恭司「……え?」
身を乗り出して女生徒を凝視する。
すもも「きーくん?」
恭司「……見つけた」
間違いない。
纏う雰囲気は、昨日見たものとまるで違う。
けれど、顔も、髪色も、装飾品も、すべてが一致している。
恭司「高校生だったのか」
それも同じ高校の、年下の後輩。
すもも「さっきからきーくん、なに言ってるの?」
恭司「ちょっといってくる」
すもも「あ、きーくん! ……もう、お人好しもほどほどにしないとイタイ目見るよ~」
にっちもさっちもいかなくなった俺の空想だと思っていた。
偶然出会った希望。弱々しくも輝くことを諦めない小さな光。
だってそうだろ? 昨日公園で出会った彼女がたまたま同じ学校にいるなんてあまりに出来すぎてる。
でも、もしも。
もしもそんな出来すぎた運命に惹かれ合って再び出逢えたのなら……
………。
……。
//背景:中庭(夕方)
階段を飛び降り、外靴に履き替えることなく、中靴のまま中庭に飛び出す。
教師に見られたら説教待ったなしだけど、そんなことはどうだっていい。
だってこの瞬間は、俺の運命の分岐点なんだから。
恭司「どんなに暗い夜でもいつかは終わる。そして太陽が昇るんだ」
レ・ミゼラブルの作者。ヴィクトル・ユーゴーの残した名言のひとつ。
どんな暗い闇夜にいても、必ず朝は訪れて眩しい太陽が世界を照らす。
そんな自然の摂理を説いた至言。
少女「ユーゴー……」
知らない人が聞けばなに言ってんだこいつってなるだろうけど、知っている人からすれば聞き逃せない至言に、少女は俺が期待していた通りの反応を示した。
少女「……おおかみせんぱい」
おずおずと俺を振り返った少女は、やはり昨日出逢った少女だった。
改めて真正面から対峙すると、星形の髪留めよりも、星々を散りばめたような瞳が印象に残る。
何故だかわからないが、少女の瞳から目が離せない。まるで強い引力にでも引かれるかのような……そんな不思議な感覚。
少女「あ、あの……」
蚊の鳴くような声に我に返ると、不安に満ちた少女の顔が映った。
宝石のように美しい瞳が、少女が俯くに連れて睫毛の下に隠されていく。
少女「……み、見ないで」
恭司「え?」
小柄な体つきの少女が、片腕で両胸を隠すようにしながら、消え入りそうな声を漏らす様子は、ここが公園なら間違いなく補導コースだっただろうなぁと思わずにはいられないほどの桃色の雰囲気を醸し出していて……
少女「わたし……わたしは、おいしくない、です……」
潤んだ瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで……
いや、待って待って。
恭司「食べないよ!?」
なんでそんな警戒されてんの俺?
てか、おおかみ先輩ってなんだよ。忸怩くんと印象が真逆になってるじゃねぇか。
少女「ひっ、ご、ごめんなさ……っ」
凄んでもいないのに、少女はがくがくぶるぶる子鹿のように震えている。
なんとなく、普段は気弱だけど演劇になるとキャラが変わるパターンなのかなって目途はついてきたけど、にしても気弱すぎないか?
まぁ、サディスティック藤沢が喜びそうな性格ではあるけどさ。
恭司「っと、自己紹介がまだだったな。俺は岸本恭司。岸本はありふれた岸本で、恭司は恭しいに司るで恭司だ」
少女「恭しいなんて嘘ばっかり……」
恭司「結構、謙虚だと自負してるんだが?」
土下座界のリーサルウェポンの称号は伊達じゃない。
恭司「それで君の名前は?」
少女「……忘れました」
目を逸らしてぼそぼそ呟かれても信憑性がなぁ。
恭司「残念ながら君が思ってるほどこの世界はメルヘンじゃないよ」
少女「そ、そうじゃない、です」
恭司「そうじゃないと言いますと?」
少女「だっておおかみせんぱい、そうやって優しいふりして痛いことするんでしょ?」
恭司「……」
おかしいな。さっきから会話が成立していない気がするんだ。
上目づかいに俺を見上げてくる少女の顔つきにからかいの気配はなく、その顔つきから感じられるのは、戸惑いと恐怖の悪感情。
恭司「……そのおおかみ先輩ってどういう意味なのかな?」
少女「……お、女の人とあんなことやそんなことやこんなことしてるって噂が絶えないから、化けの皮を被ったおおかみみたいだなって思って……」
恭司「なんだよその噂!?」
ただのヤリチンやろうじゃねぇかそれって……!
あと、あんなことそんなことこんなことってぼかし方流行ってんの?
恭司「なるほど、偏見とドクサが相まって既成事実に仕立て上げられたってわけか」
少女「偏見と独裁……」
恭司「安心しなよ。その噂は嘘っぱちだ。俺はただ、君を懐柔して仲間に引き入れたいだけだよ」
少女「怪獣……仲間……」
恭司「よし、一旦落ち着こうか」
妄想逞しいな、おい。
………。
……。
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