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星色Tickets(ACT1)_SCENE8

//背景:演劇サークル部室_夕方

恭司「ここが俺たち演劇サークルの部室。まだ正式な部とは認められてないけど、手続きが済み次第正式な部になる予定だよ」

最終下校時間までまだ一時間近くあり、ふたりともこの後に用事が詰まってるわけでもないみたいだから、部室の場所を教えるとか入部手続きを済ませるとか、そういう事務的な用事は今日の内に片づけてしまうことにした。

時間は有限だからな。一秒だって無駄にはできない。

星「椅子や机だけじゃなく、冷蔵庫にケトルにテレビまで……すごい。まるで私室です」

部室を見回しながら、雛鳥はきらきらと目を輝かせている。

うむ、この日のためにバイトして家具を揃えた甲斐があったってもんだ。

すもも「あの子が役者ちゃんなのかな? ほうほう、かわいらしい子ですなぁ~」
瑠奈「旧校舎二階の、それも空き教室に挟まれたこの教室で、テレビを見ながらなにをしていたのかはわかりきっているから聞かないけれど……うん、居心地の面では申し分ないわね」

当然のように斜向かいの先客を無視して椅子に腰かけると、藤沢は鞄から数学の教科書とノートを取り出し、耳にイヤフォンをつけて、しゃっしゃとペンを走らせはじめた。

いや、フリーダムすぎだろ。

恭司「今の前半部分いらないよね? あと、なにも後ろめたいことしてないからね?」
すもも「ほぇ~。清楚系の雰囲気を装いながら、なかなか刺激が強いこと言うんだなぁ。というか、藤沢さんが誰かと話してる姿はじめて見たかも」
恭司「それじゃあ早速、この部申請用紙にふたりの名前を書いてもらって――」
すもも「ところでみんな、モモさん見えてる? 大丈夫? 幽霊になってたりしない?」
恭司「すももの名前はだいぶ前に書いてもらったからいいよ。じゃあまずは雛鳥から――」
すもも「え、まさかの空気扱い続行? さすがにそれは冷たくない?」
恭司「まさか。大切な副部長を空気扱いするわけないだろ? えっと、ここに日付――」
すもも「ひどいよきーくんっ! いくら幼なじみだからってこの扱いはひどすぎるよっ!」
恭司「ああもう、わかった。わかったから。だからとりあえず机叩くのやめよう。な?」
すもも「もう辞める! きーくんがひどいから、モモさん部活辞めちゃうもんねっ!」
恭司「誠に申し訳ありませんでした」

俺が土下座しても、すももの机ばんばん攻撃は収束する気配を見せない。

雛鳥の字が乱れる、机の脚が劣化する、藤沢がキレる、の三大弊害が懸念されるからマジで勘弁してくれよ。特に最後。

瑠奈「……青海さん。タンジェント三十度が、ルート三分の一ってことは知っているでしょう?」
恭司「あ……」

イヤフォンを外しながら紡がれたその声はいやに涼やかで。それが反って不気味で。

俺は、最も忌避したかった懸念事項その三が現在進行形で発生したのだとすぐに悟った。

恭司「さよならすもも。お前はいいやつだったよ」
星「急にどうしたんですかせんぱい?」

首を傾げる雛鳥の目も憚らず、俺は目尻にちょっぴり浮かんだ涙を拭う。

だってそうだろ? あの藤沢が口舌戦で負けるわけがないし、手加減するわけがない。

すもも「あ。……えっと、その……」
すもも「は、はは……。藤沢さん、モモさんのこと知ってたんだー」

どうやらすももも自身が犯した過ちに気づいたらしいが、時すでに遅し。

瑠奈「ええ、もちろん。掴みどころがなくて、いつも忸怩くんに気丈に振る舞っているあなたは、前々から私の計画の不穏因子でしかなかったもの」
すもも「へ、へぇ~」
すもも「藤沢さんからやっかみを買うようなことしたかなぁ……」
瑠奈「ええ。それはもう、ひねもす五寸釘を打ち込みたいくらいに苛立ちを覚えているわ」
恭司「こえぇよ!?」

真顔でなんてこと言い出すんだよ。おかげで雛鳥があわあわしか言えない不良品ロボットみたいになっちゃったよ。

瑠奈「なんて、九割は本音だけど一割は冗談だからさておき」
すもも「えっと、聞き間違いかな? 割合逆なんじゃないかな?」
瑠奈「目下の問題は、三角関数の途中式を私に書き直させるという大罪をどのように贖罪するかについてよ」

大罪とか贖罪とか三角関数の設問ひとつから生まれるワードじゃないだろそれ。

すもも「しょ、贖罪……も、モモさんが桃みたいな名前してるってことかなー?」
瑠奈「は?」
すもも「ごめんなさいでしたっ!」

迷うことなく土下座という選択を選んだすももだが、数時間前に簡単に土下座するのは云々とか言ってなかったか? まぁ、俺も今のすももの状況なら同じ選択をするけどさ。

ここから藤沢の罵詈雑言タイム突入、かと思いきや、藤沢はなにやらこめかみを押さえていて、まずはどう嬲るか計画を立てるところからはじめるみたいだ。本格的だなぁ。

瑠奈「はぁ、ほんとみんな私をなんだと思ってるのかしら」

ところが、当惑した藤沢の表情がサディスティックな笑みに変わることはなく、みるみる内に寂しげな微笑みに変わっていく。

瑠奈「顔を上げなさい青海さん。私、別に怒ってないから」
すもも「嘘だッ!」
瑠奈「ほんとよ」

藤沢は微笑んでいた。

すもも「……でもさ、三角関数の途中式の書き直しってめんどくさくない?」
瑠奈「確かに面倒だけれど、それくらいで土下座させようなんて思わないわよ」
瑠奈「……はぁ、あなたが私をどんな人間だと認識しているのかよくわかったわ」
星「聞いてた話と全然違う……」
すもも「藤沢さんって一卵性双生児だったっけ?」
恭司「お前、手遅れなのに今更キャラ作りはじめたのか?」

つまり、さっき雛鳥を追い詰めた藤沢も、机を揺らされて怒った藤沢も、今の怖いくらいに優しい藤沢も、すべて藤沢瑠奈という女の子ってわけだ。

大多数が知らない藤沢の一面を知っているつもりでいたけど、まさかこんな一面があるとは知らなかったな。

瑠奈「まぁ、不快だったのは事実だし、吐いた言葉に嘘はないけれど、これから仲間になる以上、無理に土下座させたりしないわよ。忸怩くんを除いて」
恭司「なんで俺だけ例外なの?」
すもも「え、モモさん、ガチでひねもす五寸釘を打ち込みたいくらいに恨まれてるの?」
星「あわわ、ほんわかサークルかと思ったら既に空中分解寸前の修羅場サークルだよぅ……」
恭司「いや、分解しないからな?」

というか、まだ結合も結束もしていない。

と、藤沢のやや気にかかる発言があったものの、とりあえず嵐は去った。

恭司「さて、じゃあ気を取り直して、まずは雛鳥から名前を――」
すもも「はいはい! モモさんの自己紹介がまだです部長!」

いやお前、藤沢と俺の呼称で名字も名前も公になったようなもんだろと思ったけど、雛鳥が俺に視線で知りたいと訴えてくるので、今度は無視するわけにはいかない。

恭司「よし、副部長。二十秒以内に自分をとことんプレゼンしたまえ」
すもも「らじゃー! しかし部長さんや、あっしの魅力を二十秒で語るなど酷やないかのう?」
恭司「安心せい。昨今は端的かつ印象に残る自己PRが重宝されてるんだそうじゃぞ」
瑠奈「あなたたち、ほんとうに仲がいいのね」
すもも「なるほどなるほど」

こくこく頷くと、最後にひときわ大きく頷いて、すももは雛鳥をじっと見据えた。

すもも「青海すももです。きーくんのお隣さんです。よろしくお願いします」

なんとシンプルな自己紹介。

しかし、いいのかすももよ。ふたつ目の情報はもっと自分に関わるものにすべきなんじゃないか? どうでもよくないかその情報?

星「お、お隣さん? それって教室で席が隣ってことですか?」

いや食いつくんかい。

すもも「いやいや、そんな偶然、マンガでしか起こりえないよ。今年は同じクラスだけど、席が隣になったことはないなぁ。ただ家がお隣さんってだけ」
瑠奈「幼なじみで家が隣でクラスも同じだなんて、その前提条件は少々やりすぎだと前々から思ってるのよね」

気づけば藤沢は手を止めて、しれっと会話に参加している。他人に興味がないって噂はやっぱり嘘っぱちだったんだな。

……ところで、やりすぎってなにがやりすぎなんだ?

すもも「時に雛ちゃんや、名はなんというのかね?」
星「あ、はい。えと、雛鳥……っていう名字はわかっていますよね。名前はお星さまの星で『星』です」
星「よろしくお願いします、青海せんぱいっ」
すもも「先輩……ああ、なんて甘美な響き。きーくんがこんなまともな子を連れてくるなんてなぁ」
すもも「モモさん以外、全員変人サークルになるんじゃないかって懸念してたぜ」
瑠奈「どの口が言うのよ」
恭司「どの口が言うんだ」

やや俺の方が遅れて、藤沢とまったく同じツッコミをしてしまった。

まさか藤沢にツッコませるとは。すもも、お前すげぇよ。

星「ははは、わたしは青海せんぱいが一番変わった方だと思いますよ」

薄々感じてたけど、雛鳥って結構はっきり言うよな。気弱を自称してる割に。

すもも「へ? いやいや、冗談はよしなさいな。藤ちゃんは学校きっての変態で、きーくんは学校きってのヘタレくんだよ? モモさんなんか足元にも及ばないって~」

謙遜するように苦笑するすももだが、たぶん今の発言は地雷踏み抜いてるぞ。

瑠奈「聞き捨てならないわね青海さん」

ほらやっぱり。

瑠奈「私がどのように変態なのか、仔細漏らさず懇切丁寧に説明してくれる?」

おもむろに立ち上がり、藤沢は腕を組んでずんずんふたりに押し迫る。

余談だが、腕を組むって行為は図らずも相手を警戒、または拒絶していることを意味しているらしい。

仏の顔も三度までというが、どうやら二度目にして限界みたいだ。

すもも「あ、あー、あぁ~~……雛ちゃんもそう思うよね?」

すもものやつ、後輩を売ろうとしてやがる……

星「へ? ま、まぁ……うん、風変わりなひとだな、とは思いますけど」
瑠奈「はぁ、ふたりとも私を誰だと思っているのよ」
瑠奈「せっかく無駄に豊富な性知識をひけらかす天機が訪れて浮立っていたのに……」
恭司「そっちかよ!?」

変人を否定しないで肯定する方かよ!? ……まぁ、昨日もむっつりだって指摘したら肯定してたからなぁ。

危ない。雛鳥がそっち系に精通してたら俺の立場がなくなってたぞ。

女の子のその手の話を個室で聞くとか、それってもはや拷問だろ。

恭司「さて、アイスブレイクも終えたところで。ふたりとも名前書いてくれる?」
星「あ、せんぱい。わたし、もう書いときましたよ」
恭司「……雛鳥、お前と出逢えて俺はほんとうに幸せだよ」
星「ふぇ? し、幸せってせんぱい、それはいったいどういう意味で……」

すももと藤沢が仲睦まじく話す姿が視界の端に映ったせいか、夕風が凶兆を孕んでいるように感じた。

やはり変わり者同士、どこか似通う部分があるのかな。

そして雛鳥はどうしてそんな間抜けな顔をしてるんだ。

………。

……。


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