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星色Tickets(ACT1)_SCENE1

※美少女ゲーム(恋愛シミュレーションゲーム)を想定したゲームシナリオとなります。

//ACT1は、すべて共通シナリオとなります。

//背景:演劇部(部室前)_夕方

恭司「だから藤沢ふじさわ、お前以外の誰かなんてありえないんだよ!」

準備に次ぐ準備を重ねて打ち明けた想いの丈。

瑠奈「だから嫌だって言ってるでしょ。これで何度目よ」

土下座までして紡ぐ俺の本気は、一向に相手の心の外側に触れられず。

恭司「そこをなんとか! 俺にはお前しかいないんだよ!」

それでも挫けず食い下がる俺に、大きなため息が降りかかる。

あげは「えー、あたかも浮気のバレた夫が、去り行く妻にあの手この手の手練手管を弄して必死に引き止めているかのような状況に見えますが、こちらはひとりの少年が、ひとりの気難しい少女を必死に勧誘する場面となります。キャストは――」

もっとも、ため息をついたのも、今ぺらぺら喋ってるのも、藤沢とはまったく無関係……ではないかもしれない第三者……かもしれない女の子なんだけど。

瑠奈「黙ってください那須なす先輩。今は忸怩くんの時間です」

そうそう、この冷淡で高慢で傍若無人な人柄を思わせる声音こそ、まさに藤沢って感じだ。

……悪口は言ってないよ? 客観的な事実を述べてるだけだよ?

あげは「おろろ。あわよくば、どさくさに紛れて藤沢瑠奈ふじさわるなという財宝を華麗に盗みとろうというあたしの計画は、これにて早くも頓挫してしまったのでした」
瑠奈「土台、実現不可能な話ね。あなたの飼い犬になるくらいなら、まだ矜持の欠片もない忸怩くんの泥船に乗る方がマシよ」 
恭司「忸怩じゃない。恭司きょうじだ」

瑠奈『易々と土下座する矜持の欠片もないあなたには、忸怩って名前の方がお似合いよ』

一年ぶりに顔を合わせた元クラスメイトが昨日つけたばかりのあだ名というか蔑称は、二日目にして早くも定着しつつあった。

……いや、終始俺はなにを恥じてんだって話だけどさ。

けど、由来はかなり筋が通っていて、一見支離滅裂なようで理に適ってるんだから、藤沢ってやつはやっぱりすごい。

だからこそ、彼女じゃなくちゃいけない。

あげは「岸本ー、もう土下座やめなよ。この部室が旧校舎と新校舎に挟まれた中庭にあって、今が下校時で、駐輪場に向かう生徒にその醜態が明け透けになってるって理解してる?」

ちなみにこっちは商売敵。またの名を泥棒猫ともいう。

俺が、藤沢という才能を見出すより早く彼女にアプローチを仕掛けて撃沈したらしいが、何故か今頃になってまた藤沢を狙いだした。

おそらくは俺と言う駆け出しのひよっこがいる今、基盤の確立された自分の方が交渉において優位に立てると思っているからだろう。

なんて狡猾な。

まぁ、いいひとなんだけどさ。

恭司「もちろん理解しています。理解した上で、俺は土下座に徹してるんです。俺にできるのは誠意を示すことくらいだから」
あげは「はぁ。わかってないなぁ岸本は」
恭司「なにがわかっていないんですか」
あげは「その場限りの関係ならそれでもいいんだろうけど、仮にも君はこれから藤沢さんと夢を叶えたいって思ってるんでしょ?」
あげは「だったら君が見せるのは誠意じゃなく、覚悟と情熱と気魄なんじゃないかな?」
恭司「……」

覚悟と情熱と気魄って、全部似たような意味合いでは? 

……と、そんなことはどうでもよくて。

恭司「……そうですね」

たしかにその通りかもしれない。少なくとも俺は、常にぺこぺこしてるやつについていきたいとは思わない。

あげは「ふふ、これであげはルート突入ですな」
恭司「露骨に好感度上昇アピールしなければ完璧だったのになぁ……」

まぁこの残念感こそが、あげは先輩のあげは先輩たる所以で、ある種安心感みたいなものがあるのも事実だけど。

と、今更だけど紹介しておこう。

――那須あげは。

俺よりひとつ年上にあたる三年生の先輩。風宮学園、演劇部部長。

常に春のひだまりみたいに柔らかい雰囲気を纏っているものだから、学園内では聖母とかなんとか言われていたりする。

そんなフランクでさばけていてとっつきやすい先輩と俺は去年から付き合いがあって、色々とお世話になっている。

主に演劇に関することで。

瑠奈「へぇ、やるじゃない忸怩くん。それで童貞卒業はいつ頃かしら?」

そんな耳を疑う発言をあっけらかんとするのは、俺と先輩の会話に黙って耳を傾けていたもうひとりの女の子。

恭司「してねぇよ……あと先輩はなんで満更でもなさそうな顔してるんですか」
あげは「いやぁ~いつだったかなぁって記憶を巡らせてて」
恭司「捏造しないでよ……」
瑠奈「忸怩くんの初体験の感想はおいおい聞くとして。今日はこの辺でお開きにしましょう」
恭司「今の会話をどう解釈すればその結論に至るの? あと、お前むっつりなの?」
瑠奈「あら知らないの? 女の子ってえっちなのよ」
恭司「……」

下ネタ発言も惜しまない強靭なメンタル。むしろ唖然とする俺のほうがおかしいとでも言うかのように首を傾げる彼女は……まぁ実際、風変わりなやつなんだよなぁ。

――藤沢瑠奈。

俺と同じ高校二年生にして、風宮学園きっての鬼才にして変人。

天才と変人は紙一重というが、彼女はまさにその典型。

毎年夏に、高校生文学コンクールと高校生文藝コンテストなるものが開催されるのだが、彼女は去年の夏、双方の大会において最優秀賞を獲得した。

これは異例の快挙のようで、しかし彼女は、市のインタビューを拒否し、受賞パーティにも顔を出さなかったらしい。

そんな彼女が全校集会で表彰された際に残した言葉は今や伝説となっていて……

瑠奈『上辺だけの讃辞なんて、誰も求めていませんから』

その場にいた誰もが凍りついた。

当然だろう。褒められて反感を抱くなんて普通はありえない。

以降、というか以前から、彼女が誰かと接している姿を見た生徒はいない。

そう――彼女は他人にまるで興味を示さないのだ。

瑠奈「子孫を残したいと思うのは、生物学的に当然のことでしょう?」

整った怜悧な顔立ちに、腰まで伸びた濡羽色の髪。やけに近い距離で俺に訊ねてくる切れ長の瞳には純粋な疑問が宿っていて……

恭司「……よし、藤沢。一旦話題を戻そう」

他人にはまるで興味を示さない……はずだった。

人間一年でここまで変わるもんなんだなぁ。

……いや、やっぱ藤沢が他の生徒と話してる場面なんて見たことないよ?

と、藤沢の成長(?)を実感したところで話は振り出しに戻る。

恭司「改めて藤沢。俺たち演劇サークルの脚本を書いてくれないか?」
瑠奈「〝俺たち〟じゃなくて〝俺〟でしょ? 忸怩くんの演劇サークル、まだひとりも役者集まっていないじゃないの」
恭司「うぐぅ」

痛いところをお突きになられる。

恭司「そ、それはおいおいでいいかなって。まずは脚本の確保かなって」
瑠奈「脚本ができていざ練習に励みはじめたはいいけど、痴情のもつれからサークルが空中分解して、結果脚本がボツになったっていう話は巷でよく聞くよねぇ~」
恭司「先輩は黙っててください」

それ絶対バンドの話だろ。理由はわかんないけど、バンドってよく空中分解するよね。

瑠奈「経験者がこう言ってるもの。まずは役者の補充を優先すべきじゃないの」

藤沢の言うことは正しい。

けれど、役者が集まったところで脚本がなければ物語は完成しない。

脚本はいわば、物語の核。

そんな大役の確保を後回しにできるはずがなくて……

恭司「……なら、役者を補充したら脚本を引き受けてくれるか?」

しつこいと自覚しながらも、俺はそれこそ未練たらたらの元彼のように食い下がる。

……あ、いや、実際に藤沢と過去になにかあったとかじゃないけどね? 去年、何回か会話した程度の仲だけどね? 

瑠奈「ええ、いいわよ」

と、脳内でひとり必死に弁明する俺の耳を、藤沢らしからぬ優しい声音が撫でる。

瑠奈「その代わり、ひとつだけ約束。私に隠しごとはしないこと」

それも信じられない言葉を引き連れて。

恭司「……今、いいって言ったのか?」
瑠奈「えぇ、言ったわよ」
瑠奈「あ、そういえば忸怩くんって私のことを理由もなく他人を跳ねのける傍若無人な性悪女だと思っていたものね。そりゃ驚いて当然か」
恭司「一言も言ってませんけど!?」

すげぇ、完璧な推理だよ。

瑠奈「で、どうなの? 私との約束守ってくれる?」
恭司「もし破ったら?」
瑠奈「那須先輩とあんなことこんなことそんなことしたことを全校生徒に言いふらすわ」
あげは「と、威勢だけは立派な藤沢さんなのでした」
瑠奈「忸怩くん、殺虫剤持ってないかしら? この蛾、鬱陶しいから駆除したいんだけど」
恭司「蛾ってお前……一応先輩だぞ。これでも」
あげは「いやこれでもってなんだよこれでもって。あんなことこんなことそんなことした仲なのに岸本はひどいなぁー」
恭司「誤解されそうな言い回しやめません?」

というかどんどん話が逸れてるよ。
元をたどれば脱線させたのは俺だけど。

恭司「わかった。藤沢に嘘はつかない。これでいいか?」
瑠奈「たしかに約束したからね? 嘘ついたらわかってるわよね?」

入念だなぁ。

恭司「お前、さてはヤンデレの素養があるんじゃないか」
瑠奈「失礼なこと言わないで。私は自他共に認める清楚系寡黙ヒロインよ」
恭司「清楚系寡黙ヒロインね……」

あんなことこんなことそんなこととか言っておきながらどの口が言うんだか……

瑠奈「まぁ、あなたについていこうなんて変わり者は、全国津々浦々探したっていないでしょうけど」
瑠奈「……それでももし、そんな奇蹟が万一起きたのならば、私はあなたに協力しましょう」

藤沢の顔がほころぶ。

俺をまっすぐ見据える瞳に、からかいの色は少しもなくて。

それはつまり、条件を満たせば本当に俺の誘いを受けてくれるってことで……

恭司「藤沢……あぁ、待ってろ。お前が脚本を書きたくてたまらなくなるような、刺激的なやつを見つけてやる!」

難攻不落の城塞を攻略した喜びが、遅れながらに湧き出てくる。

ようやくだ。

ようやく俺の夢がはじまる……!

瑠奈「刺激的な人物を連れてきてほしい、なんて私がいつ言ったかしら?」
恭司「……えっと、それはつまり、嬲っても嬲ってもへこたれない鋼のメンタルを持った子をご所望ということでよろしいでしょうか?」
瑠奈「あなたは私をなんだと思ってるのよ……」

ドSです(即答)。

瑠奈「条件なんて必要ないって言ってるの。どんな子でも文句は言わない。私の前に連れてきた時点で合格よ」
恭司「え……」

それって、今の段階でほぼ合格ってことじゃないか?

なんだよ藤沢。実は温情のあるいいや……

瑠奈「あ、言い忘れてたけど、制限時間は明日の十七時までだから」

……つ、とか一瞬でも思いかけた俺が甘かった。

さすがはドS界隈の女帝。上げてから落とす技法が天下一品だ。

恭司「……わかった。やってやるよ」

が、絶望に屈しないのが岸本恭司の岸本恭司たる所以。

諦めの悪さだけは立派だって、巷で定評があるんだ。

瑠奈「ふふ、この程度で日和るようなら契約を破棄していたところだけど、その可能性は潰えたみたいね」
瑠奈「さぁ狂奔なさい忸怩くん。そして、最高の人材を見つけてきなさい!」

ん? なんか藤沢の言葉に妙に熱がこもってるような……

恭司「おう! じゃ、明日十七時にこの場所で! じゃあな藤沢!」
瑠奈「ええ、さようなら忸怩くん。……期待してるからね」

演劇部の部室を飛び出し、俺は夕陽を背負う校舎めがけて駆け出す。

情報収集のために、あるいは偶然の出会いのために……

……あ、そいや、部室でひとり待たせてるんだった。

………。

……。

//背景:演劇部(部室)_夕方

あげは「部長の許可なく、部室を待ち合わせ場所にしないでほしいなぁ。明日は部活あるんだけど」
瑠奈「ふふっ。ふふふっ、ほんっとうに最高ね彼は。まったく、危うく空振りになるかと肝を冷やしちゃったじゃない」
あげは「って聞いてる? もしもーし、藤沢さん。こころの声が漏れてますよー」
瑠奈「こっぴどく振ったにもかかわらず決してめげない直向きな姿勢! あぁ、溜まらないわ! あの泥臭さ!」
瑠奈「えぇ、いいわよ忸怩くん。私があなたを夢の果てまで連れて行ってあげる。ふふふ、今日までがんばった甲斐があったなぁ……」
あげは「うわぁ……こっちがご執心なのかぁ」
恭司「すいません。自転車の鍵、落ちてません? 桃のストラップのついたやつなんですけど」
あげは「わーわー! 鍵、鍵ね! あーあー、あったぁ! そらっ、受け取れぃ岸本っ!」
恭司「っとぉ、ありがとう先輩。それじゃまた明日!」
あげは「うん! じゃあね! あ、ドアちゃんと閉めてってね!」

今更だけど、さっきまでの土下座もドアを閉めてればふたり以外にバレなかったな。

ドアを閉めながら部屋の様子を窺うと、先輩が微苦笑しながら手を振ってる。その背後に薄っすら見える人影は、まず間違いなく藤沢だろう。

恭司「あのふたり、仲良かったんだな」

気難しいともっぱら話題の藤沢まで懐柔してしまうなんて、先輩の大らかな性格には恐れ入る。

………。

……。

//背景:演劇部(部室)_夕方

あげは「……ふぅ、危ない危ない。それで藤沢さん、お菓子でも食べてく?」
瑠奈「どうして? 那須先輩と友達ごっこしてる暇はありません。では、さようなら」
あげは「恩人に対してご無体な……いいもん! ひとりで満喫しちゃうもんね!」

//背景:演劇部(部室前)_夕方

足を二歩進めると、演劇部の部室のドアが開く音が聞こえて、振り返ると藤沢が駐輪場に向かって粛々と歩いていた。

ん、机の上にお菓子が広がってたけど、長時間駄弁るんじゃないのか? 女の子ってやつは、よくわからんな。

夕陽に棚引く濡羽色の長い黒髪というのは、それだけで絵になる。藤沢は役者としても起用できそうだけど、当面は脚本家として起用する予定だ。

恭司「そのためにも、まずは役者を探さなきゃな」

背筋を伸ばしながら、茜色に染まる空を見上げてふと思う。

藤沢は何故、俺の演劇サークルの人員が不足していることを知っていたのだろう。

………。

……。

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