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星色Tickets(ACT1)_SCENE6

//背景:中庭_夕方

少女「それでおおかみせんぱい、仲間ってなんですか?」

いや自己紹介の意義……

ま、当面はおおかみ先輩として過ごしますか。

恭司「これから演劇サークルの一員として、一緒に全国最優秀賞をめざす仲間を探してるんだ」
恭司「といっても、部員はまだふたりしかいないんだけどね」

脚本も役者もいなくてまだ正式な部とも認められていないのに、なに夢物語ほざいてんだって罵倒されそうだけど、人間、夢見る姿勢が大切だと思うんだ。

少年よ、大志を抱け! って、北海道に銅像がある有名な人も言ってたし。

……誰だっけ? ク……クローディアス? あ、それはハムレットのお父さんか。

少女「ほんとうに演劇部員集めてたんだ……」
少女「毎朝がんばって勧誘しているのでせんぱいのことは知っていましたけど、てっきりそういう口実で口説いてるのかと」
恭司「マジで噂広めたやつ誰だよ……」

そりゃ誰も入部しようとしないわけだよ。

少女「ということは、今の風宮高校には、演劇部と演劇サークルという安心安全なふたつの演劇コミュニティが存在してるんですね」
恭司「安心安全って……ところで君は演劇部員じゃないの?」
少女「まさか。わたしに演劇なんて不相応です」
恭司「不相応?」

夜の小さな公演会で燦然と輝き、観客(俺)が涙を流すほどの鬼気迫る演技をした当人が、自分に演劇は不相応だって言ってるのか?

少女「だってそうじゃないですか」
少女「わたし、普段はこんななんです。自信がなくて、いつもおどおどしてて、友だちも少なくて……」

謙遜。

一時はそう思ったけど、寂しげに微笑む彼女から、そんな気配はまるで感じなくて。

少女「こんなわたしが演劇なんて、みんな笑うに決まってます」

自虐的な笑みを浮かべる姿は、既に現状を受け入れているように見える。
 
つまり、現状を改善しようという気持ちは一切ないということだ。

自信がない。おどおどしている。友だちが少ない。

けどそれが自分なんだって、この子は納得してる。

少女「演劇は好きです。けど、人付き合いがうまくできないと思うんです」少女「だから、演劇部には入部しませんでした。……わたしななんか、いても邪魔なだけだから」

なにか過去にあったのか。あるいは家庭環境が原因か。

恭司「そうだな。邪魔だろうな」
少女「っ!」

まぁ、なんだっていいさ。

少女「うぅ、自覚はあるけど。……そういうストレートなところがおおかみせんぱいなんですよ」
恭司「君みたいな眩しすぎる星が紛れ込んだら、他の部員は霞んじゃうだろうからな」
少女「え?」

俺が、これからこの小さな希望を輝かせればいいだけの話なんだから。

恭司「君は演劇に不相応なんかじゃない。少なくとも俺は、昨日の君の演技に感動したし、もっと言えば、今まで見たどの役者よりも輝いて見えた」
恭司「ちなみに俺、結構はっきり言うタイプだからな。これは忖度なしの本音だ」

ぱちぱち瞬きして面食らう少女は、今はもう、俺から目を逸らそうとしない。

ちょっと呆然として、少し俯いて、また顔をあげて。

胸の前で拳を軽く握りしめ、少女はおもむろに口を開く。

少女「……ほんと、ですか?」
恭司「言ったろ。俺は思ったことをそのまま口に出す人間だ。嘘は言っていないよ」
少女「わたしの演劇に、おおかみせんぱいは心を打たれたんですか?」
恭司「うん。今でもあのときの光景を鮮明に思い出せるくらいにね」

うらぶれた公園にぽつんと灯る小さな光。記憶の中にいる少女は、俺の頭上で燃える夕陽に負けないくらいに眩しく輝いてる。

少女「……ははは」

力なく笑う少女の瞳が、徐々に薄いしずくに覆われていく。

少女「そんなこと言われたのはじめてです」
少女「……へへ、嬉しいなぁ」

演劇に不相応。褒められたのがはじめて。

それはつまり、この子は今、演劇の世界とは無縁なのに演劇を褒められたことに感動して涙を流しているわけで。

けど、それだけで涙を流すほどの強い感動を覚えるはずがない。それに、あそこまで洗練された演技が、一朝一夕でできるようになるとは思えない。

きっとこの子は誰にも見えない場所で……あの公園で。何回も、あるいは何年も、練習を重ねていたんだろう。

恭司「ずっとあの場所で練習してたの?」
少女「はい。小学五年生の頃から」
恭司「小五!?」

思っていた以上に歴史が深い。

少女「幼い頃に、両親がよくミュージカルに連れて行ってくれたんです。まぁ、それは手を引いた後も演劇の世界に縋ろうとするおかあさんの悪あがきだったんですけどそれはともかく」
恭司「そこ、ともかくしちゃうの?」
少女「だって嫌じゃないですか。自分の母親を悪く言うなんて」

なんとなく察していたけど、この子はすごくいい子だ。

少女「おかあさんは演劇の世界で一時輝いたのちに、一般企業に就職しました。夢を諦めて現実を見たんです」
少女「わたしはおかあさんが舞台で活躍している姿を見たことがありません。テレビの中でしか、おかあさんの輝く姿を見たことがありません」
少女「けど、その姿がすごく眩しくて、楽しそうで、胸がときめいて」
少女「幼いながらに、わたしは舞台で輝くおかあさんに、万雷の拍手を浴びる役者という職業に、憧れを抱いてしまったんです」

恋い焦がれるように少女は夕陽を見つめる。

喜びに悲しみに憧憬に。輝く瞳には様々な思いが込められているのだろう。

恭司「それで小学五年生の頃から練習に励みはじめたと」
少女「はい。おかあさんには内緒で練習をはじめました」
少女「成長するに連れて役者なんて夢は現実的じゃないし、内向的な自分には向いてないなって気づいたんですけど、それでも練習をやめられなくて……」
少女「えへへ、おかしな話ですよね。目的もなく無駄な練習をするなんて」

それはきっと、この子の中で演劇練習が習慣化されたからだろう。

習慣化された物事はやることがあたりまえになり、逆にやらないことに気持ち悪さを覚えるようになるという。この子は、その域に到達するほどに演劇練習に打ち込んだのだ。

恭司「無駄なんかじゃないよ。だってその努力が、これからたくさんの人を感動させるんだから」

ますます理想的な子だ。技量、性格、なにからなにまで文句のつけようがない。

この子なら、間違いなく藤沢の理想に沿った演技ができる。

少女「……わ、わたし今、おおかみせんぱいの誘いを受けてもいいかなって思っています」
恭司「え?」

この子、今、誘いを受けてもいいって言わなかったか?

少女「せんぱい、噂と違っていいひとですし」
少女「けど、こわくもあります。わたしなんかが期待に応えられるのかなって」

それはどうやら俺の聞き間違いではなかったみたいで。

少女「……せんぱい、わたしはお星さまみたいに輝けますか?」

俺をまっすぐに見つめる瞳から迷いは感じられない。

少女「わたしはお星さまみたいに輝きたい。こんなわたしだけど、誰かを笑顔にしたい」

瞳はすっかり決意の色に染まり、けれども縮こまった身体は頼りなくて。

少女「わたしの演技で、たくさんのひとを感動させたい」
少女「……わたしに、できると思いますか?」

けど、そんな矛盾した姿が、この子本来の姿なんだろう。

恭司「うん。できるよ」

演劇以外の場面では気弱な少女。演劇になれば誰よりも輝ける少女。

輝けるかどうかじゃない。

この子はもう、既に輝いている。

恭司「君が一番星よりもきらっきらに輝いてるってことを、俺がみんなに証明してやる」
恭司「だからおほしちゃん。俺と……いや、俺たちといっしょに高校演劇の頂点を目指さないか?」

なんてのはお為ごかしに過ぎなくて。

だってこの子は、既に望んだことを叶える実力を備えている。

星は自分が輝いてるって自覚がない。万物は輝くものだと思っているからだ。

認識する世界が狭いために、特別が常識に成り果てることは往々にしてある。この子はまさしくその典型だ。無自覚に輝く、一番星よりも眩しい光だ。

だから、俺がこの子の世界を広げて、君は眩しいんだって証明する。既に輝いてるんだって間接的に伝える。

少女「頂点ですか」
恭司「あぁ。俺たちの演劇で全国最優秀賞を獲るんだ」
少女「全国最優秀賞……不思議です。わたし、何故だかすごくワクワクしています」

闘争本能も問題なし。

恭司「おほしちゃんならできるよ」
少女「ところでせんぱい、そのおほしちゃんってなんですか?」
恭司「即興でつけたあだ名だよ。まだ名前聞いてないから」
少女「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。てっきりせんぱいに名前を明かしたら危ない場所に連れて行かれると思っていたので」
恭司「外道すぎだろ噂の俺……」

まぁ、特定の大切なひとが正しく認識してくれてればいいんだけどさ。

しょんぼりする俺に苦笑すると、少女は姿勢を正し、まっすぐ俺を見つめて口を開いた。

星「一年C組、雛鳥星ひなどりせいです。雛祭りの雛に、小鳥の鳥。星って名前は、お星さまの星の当て字です」
星「今は不釣り合いだけど、いつかは名前に似合う人物になりたいなって思ってます」
恭司「雛鳥星……」

星と縁が深いというか、もはや名前が星だったのかこの子……

星「あ、変な名前だって思ってます」

少し剥れて見上げてくる雛鳥から、さっきまでの怯えた気配は感じられない。思うにこの子、単に人見知りが激しいだけではないだろうか。

恭司「いや、いい名前だなって。君は金の雛鳥だし、俺の星だし」

ま、なんにせよ警戒されなくなったのはいいことだ。何しろ、これから同じ時間に同じ場所で過ごすことが増えるんだから、ずっと怯えられては困る。

演劇が個人ではできない種目である以上、絆という基盤は言わずもがな必須だ。

星「俺の星……」

とかなんとか他事を考えていたから、つい歯が浮くようなことを言ってしまった。

星「……え、えっと」

雛鳥の顔がみるみる赤みを帯びていき、ついには耳まで真っ赤に染まってしまう。

なんだろ……ひざびさにまとも女の子と対話しているような気がする。

あ、いや、別に藤沢とかあげは先輩とかすももが変わり者って言ってるわけじゃないよ?

……前言撤回。全員、頭のネジが数本外れていました。

恭司「そういう意味で言ったんじゃないからな?」
恭司「それで雛鳥。まだはっきり聞いてないけど、入部してくれるってことでいいのか?」
星「あ、はい。……わたしは貴方の希望です。常に寄り添い、貴方の未来を照らし出しますよ」

これまでの弱々しい態度とは一転、凛然とした微笑みを俺に向ける雛鳥は、体格も服装も変わっていないのに、何故だか妙に大人びて見えて……

恭司「……先輩をからかうな」
星「へけっ」

思わず軽く手刀を見舞ってしまう。

これだから天才は……
 
なんだかプロポーズされてるみたいでドギマギしちゃったよ。

星「うぅ~、やっぱりおおかみせんぱいですぅ~」

と、涙目で見上げてくる雛鳥は平素のポンコツ雛鳥だ。

よし、実はドSとかいう設定もなさそうで安心安心。そのキャラは藤沢で足りてるからな。

恭司「婀娜めいた仕草をする雛鳥が悪い」
星「あだめいたってなんですか。難しい言葉使って後輩から雑学マウント取ろうとしてるんですか。そういうのよくないと思います」
恭司「そうやって勝手に決めつけるのもよくないと思います」

うん、だいぶ砕けてきた感じがする。

恭司「つまり、誘惑するなってことだ。ま、その気があるなら別だけどな?」
星「なっ!? そ、そそそそんな破廉恥なことしないですわたしっ!」

顔を真っ赤にして抗議してくる雛鳥は、まさしく等身大の女子高生である。

うんうん、これが普通の女の子。下ネタを平然と放つキャラも藤沢で足りてるからな。

……キャラ濃すぎかよ藤沢さん。

瑠奈「驚いた。先輩のみならず後輩まで口説くなんてさすがは忸怩くん。恥を知りなさい」

と、背後から冷ややかな声が聞こえると同時に、『からすの歌』が夕空に響きはじめる。……十七時ちょうどか。

こういうところは変に真面目な彼女こそ、普通じゃない系女子高生代表。

恭司「来てくれたんだな藤沢」
瑠奈「そりゃ約束だもの」

毒舌で奇才で変わり者で。そのくせ案外お人好しだったりもする彼女は、約束の時間に約束の場所にきてくれた。

もしも、雛鳥と別の場所で出逢っていたら間違いなく約束をすっぽかしてたけど、結果、約束の場所で落ち合えたのでよしとしよう。

計画通り計画通り。

………。

……。

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