星色Tickets(ACT1)_SCENE11
//背景:住宅街_夜
車の走行音を聞きながら、静まり返った夜の街を歩く。
くたくたになって帰路を辿るこの時間は心地よくて好きだ。今日も頑張ったなぁ、前に進んでるなぁって、そう強く実感できる時間だから。
//背景:恭司の暮らすマンション_夜
五分ほどして家に到着する。
近くに小川があるからか、仄かに鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。
夏場になるとヒキガエルの鳴き声とセミの鳴き声が混ざってなかなかに混沌とした混声合唱になるが、この時期は鈴虫の独唱なので、耳ざわりのいい音色が響いている。
//SE:扉の開く音
//背景:恭司の自宅_夜
恭司「ただいま」
玄関の扉を開けてすぐリビングの扉が開き、湿った黒髪を無造作に下ろした女の子がてててとやってきた。
小波「おかえりお兄ちゃん。今日は迷子にならなかったんだね」
妹の小波だ。現在中学二年生である。
恭司「そう頻繁に迷子になるほど俺は方向音痴じゃないよ。プリン買ってきたけど食べる?」
小波「おっ、いいね。今日の夕飯はデザートつきだ」
小波「……ってこれ、高いやつじゃん。吝嗇家のお兄ちゃんがこんな嗜好品を買うなんてなにかいいことでもあったの?」
恭司「まぁな。そんなことより、俺は妹が吝嗇家なんて難しい言葉を知ってることに驚いたよ」
吝嗇家とはすなわち、けちということである。
別に出費に抵抗を覚えているわけではないんだけど、そういう環境で育ったからか、安いものを買っちゃう癖が俺にはある。恐るべし環境の人格形成能力。
小波「ちょうど本読んでたら吝嗇って言葉が出てきてね。それで意味を調べたら、お兄ちゃんの性分にぴったりな形容だなって思って」
小波は読書が大好きな文学少女だ。小説を書いていたりもする。
恭司「もっと前向きな言葉で形容してほしいなぁ」
忸怩くんとかカ○ジせんぱいとか、揃いも揃ってひどいよみんな……
恭司「母さんはまだ?」
小波「うん。今日も帰りが遅くなりそうだから、先にご飯食べててって」
恭司「そっか。小波も無理に俺の帰り待たなくていいんだからな」
小波「無理なんてしてないよ。ひとりでご飯食べてもおいしくないから、わたしはお兄ちゃんの帰りを待ってるんだよ」
恭司「そっか。なら仕方ないな」
恭司「うん。……むしろお兄ちゃんの方こそ、いつもわたしがいて邪魔じゃない?」
恭司「……」
……ほんと、恐るべし環境の人格形成能力だよな。
だってそうだろ。どうして今の会話の流れで、俺が小波を邪魔だと思ってるって発想に至るんだ?
……といけないな。悲観的思考にはもう陥らないって、あの日誓ったんだ。
恭司「そんな風に思ったことは一度もないよ」
恭司「いつもありがとな。小波といっしょにご飯を食べる時間が俺は好きだよ」
ぽんぽん頭を撫でると、小波は普通の女の子のように照れくさそうに微笑んだ。
小波「へへ、お兄ちゃんにそう言ってもらえると嬉しいなぁ」
って、小波が普通の女の子みたいに笑えるのは当然か。
恭司「……約束、絶対守るからな」
もっとも、普通の女の子みたいに泣くことはできないんだけどさ。
小波「ん、ごめんお兄ちゃん、聞き逃しちゃった」
恭司「今日の夕飯はなにかなって言ったんだよ。待った! まだ言うなよ? この匂いは……わかった! 肉じゃがだ!」
小波「惜しい。答えは筑前煮っ」
恭司「惜しい……のか? 確かに和食で煮物って部分は共通してるけど……」
小波「細かいことは気にしないの」
小波「さっ、お兄ちゃん、まずはお風呂済ませちゃって。その間に夕飯用意するからね」
恭司「ああ、ありがとな」
階段を登り、自室の扉を開ける。
鞄を下ろし、鞄の中から『ようせいさんのおはなし』と、表紙に丸っこい綺麗な字が書かれたノートを取り出し、俺は確かめるようにつぶやく。
恭司「約束、絶対守るからな」
それが、俺の叶えたい夢。
そのためなら俺は、矜持だって未来だって捨ててやる。
泣けない小波を俺の演劇で泣かせて、小波が普通の女の子だって証明してやるんだ。
―Act1終了―
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