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星色Tickets(ACT1)_SCENE10

//背景:喜多川書店_夜

志那「時間ですよ、先輩」
恭司「ん、もうそんな時間か」

週五日のアルバイトの内、三日はここ、喜多川きたがわ書店で働いている。

恭司「さ~て、ここからはアルバイトとして掃除に精を出すとしますかねぇ」
志那「羨ましいもんですね。実労働十分で時給換算三時間分の給料を稼げてしまうなんて」

ここは、時給が飛びぬけて高いわけでもべらぼうに低いわけでもない都内平均やや上くらいの、稼ぐのに恰好とはいいがたい小規模な個人経営の書店。

しかし、この店は客足が少ない……というより皆無で、十分間の書物整理と十分間の清掃作業さえすれば残りの時間は読書に充てることができるので、知識を欲する俺にとっては夢のようなバイト先であると言える。

恭司「それは違うよ志那しなちゃん。俺はちゃんと二十分働いてる」
志那「社会舐めてんですか?」

ちなみに残りの二日は家電量販店でアルバイトしていて、こちらの店はタイムカードを切ってから退勤するまで必死こいて働かなきゃいけないけど、おかげで家電機材に関する知識が身につくから、こちらもまた一石二鳥のバイト先と言える。

このバイトのおかげで、演劇サークルの部室を作ることができたからな。

志那「ずっと演劇指南書読んでますけど、読んでておもしろいんですかそれ?」

と、俺の隣に並び、ちょっとだけ背伸びして本の中身を覗き込んでくるのは、前途有望な喜多川書店の未来の店長候補筆頭株。

――喜多川志那。

この区域では一番レベルが高いと言われている千秋せんしゅう高校に通うひとつ年下の後輩。

名字から察しがつくように、この店のひとり娘であり、放浪癖のある父親が不在の日は、彼女がこの店の店長を務めている。

……俺、初日の採用面接以来、この子の父親を見た覚えがないけど。

恭司「おもしろいよ。……と、昨日まではそこで完結してたけど今日は違う。明日からは俺の血肉となった演劇にまつわる知識がようやく日の目を浴びそうなんだ」
志那「というとあれですか。ようやく演劇サークルが始動しそうな感じですか?」
恭司「そうそう、ようやく部員が集まってさ。ものすごい文才に恵まれた脚本家に、ものすごい演劇の才能に恵まれた役者に、人付き合いのよすぎる幼なじみ。負ける気がしないよな」
志那「個性が強すぎるキャストが集まった映画って大抵足を引きずりあって爆死しますよね」
恭司「なんて不穏なこと言うんだよ……」

けどなんでだろう。すごい腑に落ちる。

志那「べっつに。ただの一般論です」

ふんっとそっぽを向いてしまう高校生店長。こんなにエプロンの似合うポニーテールの可愛い女の子がいるのに、どうしてこの店はこんなに過疎ってるんだろ?

……なんて疑問は湧き上がらない。だって交差点を挟んだ先に○ックオフがあるんだもん。それも超大型の。

志那「……バイト、辞めちゃうんですか?」

顔を背けたまま、ぼそっと小声で問いかけてくる。

恭司「ううん、当面は続けるつもりだよ。言っちゃなんだけど、すごい穴場だからねここ」
志那「っ! そ、そうですか!」
恭司「それにひとりじゃ志那ちゃん寂しいだろ? 俺でも話し相手くらいにはなれるからさ」
志那「……べつに寂しくなんかないし」
恭司「またまた~」

じゃあなんで十分置きに話しかけてくるんだって話だよ。

志那ちゃんは、ぷくっと頬を膨らませて俺を睨みつけてくる。

志那「先輩ウザい」
恭司「ウザくて結構。じゃ、いっしょに掃除しようか」
志那「なんで私まで……まぁ先輩がもう少し丁寧に頼んでくれたら考えてあげなくもないですけど」

ちらちら視線を送ってくる。素直になれないお年頃なんだろうなぁ。

恭司「早く帰りたいので手伝ってください」
志那「ふふ。素直なのは先輩の数少ない長所です」
恭司「数少ないって……あ、そういえば俺、GW明けの現文のテスト唯一の赤点でさ――」

話して、笑って。そんなことをしているから当然だけど清掃作業は雑になって。

けどまぁ、志那ちゃんが楽しそうだからよしとしよう。

寂しがり屋な娘の側にいてやってほしいってのが、店長からのオーダーだからな。

恭司「志那ちゃんさ、いつもバイトばっかしてるけど誰かと遊びたいとか思わないの?」
志那「ん~特には。……いや嘘。います。ひとりだけ」
恭司「じゃあ、たまには息抜きしてきなよ。店番は俺がしとくからさ」
志那「……先輩、よく女の子にウザいって言われません?」

いいや、面と向かってウザいウザい連呼してくるのは君だけだよ。

………。

……。


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