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[推し本]理不尽ゲーム・赤い十字/ベラルーシのおばあちゃんは忘れない

理不尽ゲーム

ベラルーシの作家、サーシャ・フィリペンコのデビュー作です。

自伝的要素も強いですが、事故で10年昏睡して目覚めた主人公の設定を入れることで、10年寝ていても変わらない大統領、街並、むしろ悪化している弾圧、理不尽さをフィクションに仕立てます。

作家本人の祖母がモデルであろうおばあちゃんが逞しく、まあよく喋ります。昏睡している孫の回復を信じて、ベッド脇で日々の出来事を喋りまくります。聞いているのは、わかっているかどうかもわからない孫と病室の壁。
おばあちゃんにかかると、欧州最後の独裁者と言われる大統領も“あたしたちが雇い主のはずなのに、どうがんばってもいまだに解雇できない従業員”です。

後の「赤い十字」でも、おばあちゃんは欠かせない役回りですが、人生残り少ないおばあちゃんに怖いものなど今更ありません。
何の権力もないおばあちゃんが政治批判をしても、まともに相手にされることもないでしょう。
言論の自由が抑圧されている国の中で、言いたいことを言うために、一矢報いる作家の知恵という気がします。

ベラルーシで現在進行中のディストピアをかなり風刺的に描いたのに、ロシアで文学賞を受賞したのが上梓すぐの2014年。その頃はロシアもまだ寛容だったのですね。
“じゃがいも畑に身を潜める”が“もうおしまいだ”を意味する慣用句という話が出て来ます。そういえばベ大統領、露大統領にじゃがいもをどかんとプレゼントしてなかったっけ。

赤い十字

作者はこう語る-「『赤い十字』を読む人には、一晩か、長くても二晩くらいで読んで、思い切り作品世界に入り込んでほしかった。」(訳者解説より)
ページをめくる手が止められなくなるのが平日は危険なので三晩かかってしまいましたが、一気に小説世界に引き込まれるのは、訳者奈倉有里さんの翻訳力もあるでしょう。

時は21世紀になろうとする頃、ロシアからベラルーシのミンスクで暮らすことになったサーシャは、アパートの隣の部屋のばあさんのおしゃべりに早速つかまります。
この91歳のタチヤーナばあさんが逞しくも凄まじい。どこまで本当にアルツハイマーなのかふりなのか、来る日も来る日も孫ほど年が違うサーシャに自分の人生を聞かせるのですが、それはまさしくソ連の20世紀の歴史そのものです。独ソ戦下のソ連では本当に恐ろしいのはドイツのファシストよりも、隣人の密告、秘密警察、愚鈍でも権力を振りかざす役人。何をしても何をしなくても、連行され刑務所に入れられ、あるいは粛清される。それを生き延びて来たタチヤーナばあさんは、アルツハイマーは人生の恐ろしい瞬間を忘れるための神様の寛大さだとか言われても「そうはいかない。神様がいくらがんばったって、あたしは何も忘れやしないよ、絶対にね」

ソ連がなくなっても、ソ連的思考が逆にピュアに残っているベラルーシの指導層による統制シーンがあり、20世紀の歴史が文字通り地続きであることを浮かび上がらせます。

生き証人が減っていっても忘れてはいけないものがある、墓碑銘すらない地を掘り起こしてでも語り継がねばという、現代を生きる著者サーシャフィリペンコのペンでの戦いでもあります。著者はベラルーシを離れ実質亡命中とのこと。

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