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中学生の私がクラスのいじめを無くした話

私の通う中学校は地域でも一番大きなマンモス校で、校舎は東西に広がる4階建てのものが2棟建っていた。
学年におよそ300人もの生徒がおり、8クラスもあった。
それだけ人数がいて、さらに地域でも有名な治安の悪い学校でもあった。

まず各クラス約40人の中に、不登校が平均して3人。内二人はグレて学校にこないか、来ても教室に入らないタイプ、内一人は消極的理由で不登校といった内訳だ。
更に登校はしているものの、いじめの標的になるような生徒が各クラス一人か二人配置されていた。上手い事分けたもんだ。

"いじめ"の内容は様々だった。○○菌がつくとか、臭いから寄るなとか、机を水浸しにしたり、モノをかくしたり、ゴミをなげたり。大体は無視するような精神的な暴力で、体への暴力は見たことがないのでわからない。

私は曲がったことが大嫌いだった。
状況を客観的にとらえることには長けていたと思う。

まずいじめられているA子は大地主の孫で、豪邸に住んでいる。
なのになぜか毎日風呂に入らない。風呂に入らないし、歯も磨いてない。
だからいつも頭にはフケが浮いており、歯が汚かった。ついでに人前でハナクソをほじり、机の裏に擦り付けているのをみたことがある。
そう。A子は普通に自ら汚い子だった。
それが加害者達が被害者であるA子をいじめる一番の原因、[A子菌]の正体だ。
第二の要因として、A子は甘やかされて育ったらしく(実際に目にした)、非常に気が強かった。そのうえで卑屈だった。

小学校の時、やっぱりいじめられていたが、A子の家が比較的うちから近かったことと、「偏見いくない、A子にもいい所はあるはず」と、私はA子の家に行くことにした。
「さぞかし汚い家なんだろう」と思っていたが、古いは古いが、意外にも掃除が行き届いていて広々としていた。
なので私は率直に「なんで風呂毎日風呂に入らんの?」と聞いた。

「めんどくさいから!」と汚い歯をニカっとさせて笑った。
私「A子が風呂入らんで頭テカテカだから皆嫌がってA子菌ていうんじゃん」
A子「おじいちゃんが毎日入らなくていいっていうんだよね」
私「歯みがき、私もサボることあるけど、もうちょっと磨きなよ」
A子「うるさい!」ワーオ

それでも距離をとるほど嫌いでもなく、近所に子供も少なく、かつ打算的だった私は「金持ちの家のA子と仲良くしといても損はあるまい」と何度かA子の家に遊びに行っていたし、A子がうちに来ることもあった。庭に生えてるタケノコもらったりした。

中学に上がってからクラスが一緒になったのは中3の時だ。
そのクラスは問題児クラスと裏で呼ばれていて、「なんでワシが問題児なんじゃ」と思った。

A子のいじめは、影で行われていた。
教師の見ていない掃除の時間にそれは起こった。
「ちょっと誰かA子の机運んでよー」
二人組の女子が嫌そうに言う。
A子はその状況を、教室の外で下を向いて耐えていた。
めんどくさいこと(掃除)はとっとと終わらせたい私はブチ切れてしまった。
が、もう15歳なので顔にしか出さない。(15歳なので顔にはでちゃう)
二人組女子を45度の角度で死ぬほどにらんでからA子の机を運び
「ほうき」
と女子からほうきを奪って掃除を終わらせた。
「あさやよく触れるね~~~」「ハナクソつくよwww」
たしかにハナクソつくのは嫌だけど、あからさまな嫌がらせを黙って見ていられるほど気の長い方ではなかった。
「てめぇらがダラダラしてっから掃除がおわらねえんだろうが!」バーンとほうきをぶんなげた。
「は?いみわかんないんだけど」「こっわ」
「おまえらがサボってる事のほうがA子菌より迷惑」と教室をでたら、顔を洗ってきたA子が「ありがとう」と言ったが「お前のためじゃね~~~~し!!」とブチ切れながら職員室に向かった。

担任もなかなかだった。私にとっては恩師だが、「あさやが解決したんならそれでいい、問題が起こったら言え、俺も気を付けて見る。手だけは出すなよ。手だけは」とぶん投げてきた。
「よかろうが!」受けて立ってしまう。

席替えでA子の席の前になった女子が嫌がったので「変われや」とキレて私がA子の席の前に座った。
それから休み時間は、用がなければA子と、A子ほどではないがクラスで浮いているB男と3人でしゃべるようになった。
3人ともオタクだったのでアニメの話とかしてた気がする。
その話が通じそうな近くの男子に話を振ったりして、私がいなくても、少なくとも孤立せず、会話できる相手ができるように図らった。

教師から信頼を得ておりかつ、不登校ヤンキーと小学校時代からの中で気兼ねなく悪態をつく間柄だった私は、ほぼ無敵の存在だった。
かといってその力を振りかざすつもりは毛頭なかったが、少なくともいじめ主犯格女子二人は見えるところでヒソヒソする以外は逆らわず、いじめも消えた。
他のクラスだがA子と共に幼馴染で、実際強くて粗暴なところがある友人女Dにも「こういう経緯があったからなんか見たら教えて」と目を光らせてもらった。ちなみにD、小学校のころはA子の事バチバチにいじめてた。

教師から主犯格の親に連絡行ってたのもあるかもしれない。
主犯格二人からは嫌われていたが、「小学生の私がキレちらかす同級生を泣かせた話」で書いたように、私はそれでも距離をとらない。
主犯格が楽しそうに喋っているところに「有益な情報」をもって乗り込み、「話が分かるヤツ」ポジションを得、その子の習い事の大会を本気で応援し、恋愛相談を受けた。懐柔。(打算的で嫌なガキだな~)

いじめが視界に入らない生活は気持ちよかった。私が清掃してやったんだぞ、と思っていた。
とはいえ不登校ヤンキーが教室の窓に生卵ぶつけまくって生臭い掃除をしなければならなかったときは盗んだ原チャリでミッキーマウスマーチのリズムを蒸かしながら近くを走るグレを追いかけて「おめ~がやれよ!!つーかなんで自分の教室にやんだよ!!」と雑巾をなげつけキレたし、

放課後部活から返ろうとおもったら誰もいないはずの教室から他クラスのいじめられ男子が「助けて……」と前後逆に着せられた制服で出てきてビジュアルの面白さに爆笑しながらシャツのボタンをはずしてあげたりした。
「かわいそうだけどおもしろいよ」「ずっと人が来るの待ってたんか?!」「かわいそう」「でもおもしろくて笑ってしまう」「頭と体が前後逆なのずるい」「一生語れるネタできたと思え」「やった奴にも言っとくけど、次なんかされたら言え」

この男子、なにをされてもニコニコしちゃうからいじられが過激化していじめに発展していた。
「どうやって帰ればいいか途方に暮れていたけど、助けてもらえてよかった~」とニコニコしていた。
そういうとこ見てて楽しくないけど、学校楽しいならいっか。

放送委員長だったので静かな放送室は私の城で、昼時と夕方はいつもピカピカに掃除をしては読書に励んでいたいた。
だったのだが、ある日は教師から逃げてきたヤンキーが特攻してきて「かくまって!!」という。
「おい土足で入るな!バカだな~ここ逃げ場ないんだぞ、窓(2F)からでな」とドアに鍵をかけて逃がし
教師に「開けなさい!」とドアを叩かれても逃げるまで開けず、その後追いかけてきた教師には「窓からにげました~」と掌を返す。
この事件のせいで「放課後用もないのに放送室に居座るな」と怒られるので、「先代から置きっぱなしの、大量の壊れたラジカセを直したり捨てたりしま~す」と居座った(分解して直したりもしたけどだいたい捨てた)

ヤンキーからもそこそこ信頼を得つつ教師からも信頼される私、つえ~と思っていた。実際強かったと思う。後学年は全員私の事皆知ってた。
お昼と帰りの放送とかしてたからだと思うけど、全く知らん後輩に「カルパッチョ先輩さようなら~」と声を掛けられるの謎すぎてビビる。

そんな感じで、中学の時そういう意味で強かった。
問題はうまくかくし、目の前の事を上手く対処できたのだ。

クソみたいな学校だったが、なんでもできたので楽しかった。
卒業式の日、若い教師に声をかけたら
「あさやさんが居なくなるのさみし過ぎるからもう一年居て」と私が泣いてないのにガチ泣きされて慰めたり、
私が委員長をしていた委員会の顧問でもあった学年主任(次年から教頭)は
「あさやが居なくなったらどうやってこの学校をまとめればいいんだ…」と頭を抱えた。

とにかく、学校にとって『便利な潤滑剤』としての役割を果たしていたと思う。

余談だけど、クラスの不登校で保健室登校していた子は、小学校の時クラスが違ったのに休み時間いつも一緒にすごしていた子だった。
詳しくは知らないが「特別な家庭環境」だったらしい。
偶然会ったとき「せっかく同じクラスなのに」と言ったら、私と同じクラスであることも知らなかった。
「あさやがいるなら、教室行こうかな」というから、当時は何も考えずに「きなよ!C美が来るのうれしいよ!」と言ってしまった。

C美が教室のドアをくぐったのは卒業式の後だけだった。

あのとき、「迎えに行くから一緒に行こう」って言えばよかったなって、ずっと思ってる。
私が悪いわけじゃないけど、もっと気づけてたら、あの時こうしてたらって考えて、できなかった事でたまにへこむ。

私はいじめを無くした。それは褒められていいと思う。
だけど私は絶対にスーパーヒーローではない。
立ち回りが器用だっただけ。
なにより、出来事には配慮してるけど、人格に配慮してない。
中学生でそこまでできてれば上出来じゃない?えらいえらい。

成績はがんばってせいぜい中くらいでした。勉強嫌い。(国語と理科は学年トップで社会と数学はドベ、みたいな成績だった)

A子とは卒業後も連絡をとっていたが、大した事だとは思われてない。感謝されたこともあったのに、いじめてた側だと思われてた(「汚いから風呂入れ・歯を磨け」とか言ったのは本人的にいじめにあたったらしい。A子…………)

中学生の私がクラスのいじめを無くした話 終わり



おまけ

小学生の時虐められていたことがある。
ごく近所に同じ年の子がいなかったとはいえ、すこし行けば住んでる。
そこの女の子M奈だ。M奈はU佳と仲が良かった。そこに私が加わる形で遊んでいたが、U佳は私の事をあからさまに嫌っていた。
M奈を独り占めしたかったのだろう。嫌われたところで他に遊び相手もいないので、M奈が居る限りその子とも遊ばなければならない。
U佳は私を無視し、M奈を挟んで遊んでいた。

M奈も問題のある子だった。妹が二人いて、親からほっとかれ気味だったM奈は「いじめを自作自演」したり、欲しい物を盗む癖があった。

ペンケースから買ったばかりのペンが亡くなったと思うとM奈のカバンから出てくる。
名前かいてないしどこにでもあるペンだからそうだという証拠はない。だけどそういう事が何回も重なれば察する。
あるとき目の前においてあった粗品のカラーペンを「あ、これほしいからもらっちゃお」と盗ろうとした。
目と耳をうたがった。今まで頑なに盗みを否定しておいてそれ!?と
で、私。許せないので「盗るな」と怒る。
M奈はキレて「だってほしいんだもん!みてないんだからあさやが黙ってればバレないじゃん!」
あきれてため息がでた。同じ粗品カラーペンを持っていたのでランドセルから出して「これあげるからもの盗るのもうやめて」
でもその後もクラスの子の物がごっそり盗まれる事が止むことはなかった。

M奈が「下駄箱に不幸の手紙が入ってた」と周りと大騒ぎしている。手紙を見せてもらうとM奈の字だった。
純粋な同級生は「こんなことするなんてひどい」「犯人をさがそう」と女子の群れそのものだった。
辟易として「これM奈の字じゃん」と言ったが、「なんでそういう事言えるの!?」と批難されたのは私だった。なんで!?逆になんでみんな騙されるのだ!?
担任は察していたらしく、この事件は幕を引いた、用に見えた。
M奈は「あの事ゆるしてほしかったら下敷き貸して」と私が一番大事にしていた、姉からもらったナウシカの下敷きを持っていき、コンクリート製の滑り台にひいて快適な滑りを楽しんだ。
下敷きはズタズタになった。
M奈を責めても無駄なことが分かっていたので、一人で黙って泣いた。
それでも家が一番近いM奈とはどうあがいても関わる。中学卒業とともに縁を切ったが、それまで「暇だから来て」「それちょうだい」が止むことはなかった。

中学に上がるころには親友もできて、開き直っていたので「暇じゃね~」「あげる筋合いね~」で断れるようになっていたがM奈から無視されたり、無い悪事をウワサされることもあった。
「信じたい奴にはそう思わせとけば?」で消えたし、M奈もそんな私の態度に距離をとるようになったものの、逆に執着されるようになる。
私が運営していたホームページを共同運営にしたり(これは楽しかった)
それまでは少なくとも人前で絵を描かなかったのに、描いたイラストを見せてくれるようになったり。

でもされたこと忘れないし。

連絡が来てものらりくらりと全部かわして、あるとき連絡先もサイレントに変えて関係を断っていた。
なのに、20歳の時の同窓会で「連絡先交換しよ❤」といわれ「いいよ❤またあそぼうね❤」と連絡先を交換し、その帰り道でブロックした。

面の皮があつううううううううううい!!!!!

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