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生雲隧道5 旧県道捜索編[完]

Asatteca

生雲隧道へと続く旧県道の未探索区間を確かめるため、再び阿東の生雲地区にやってきた。
今回の計画は次のマップのとおり。

水色の破線が旧県道擬定ルートである。だいたいの位置だが、バツ印が前回現地で確認済みの途絶地点。
今回はP地点駐車場に車を置き、現道を通って紫点線で示した動線に従って⑦地点に向かう。ここで前回途絶地点方向の確認と、今回探索区間の偵察を行う。現道は既に何度か通っているので、⑦地点の向かい側、現県道から直接入れる場所に旧県道への入り口がないことは一応分かっている。旧県道は、現道より高い位置を通っているはずだ。その見え方はどうか、じっくり観察してみたい。
その後、⑧方面へ進み、旧県道への入り口を探す。
⑧方向の道は、現道との接続部を除き、旧県道そのものであるので、今回探索区間へつながる部分があるはずだと期待する。
それではスタート。

約1ヶ月ぶりにこの場所に戻ってきた。前回は雨だったが今回は快晴ですこぶる気持ちがいい。まずはこの歩道をまっすぐ進み、旧県道途絶地点の確認を目指す。

左に分岐していく道が、前回探索時に旧道と勘違いした道である。やはり何も知らないと旧道にしか見えないよ。
今回はこのまま現道の歩道を行く。

私がいるのが現道の歩道で、ガードパイプを隔てて高度を上げていくのが、偽旧道。すごく近い。こうして見るとやはり旧道にしか(以下略

さらに進んで、生雲トンネルの標識の裏から途絶地点方向を見上げる。

あそこだ。3mほど上、あの矢印の先に進んだ所が途絶地点に間違いないだろう。
しかし今私がいる現道からあの途絶地点に辿り着く道は皆無だ。旧県道は現道開削時に分断され、斜面の上に取り残されてしまった。この途絶地点へ向かう旧道のルートは、現道の工事によって徹底的に破壊され消滅しているのだ。
南無三。

ところで、なぜ下から見上げてあの箇所が途絶地点だと断定したか。ヒントは電線にあった。

参考画像

レポート2で示したこの写真でも分かるように、旧県道に沿って電柱があり、電線が延びている。したがって、この電線を辿れば、高い確度でそこは旧県道跡なのだ。

今、この電線が現道の空を渡り…

対岸へ!
見るべき場所は電線が潜り込んで行ったあそこだ。

おお、よく見える見える。電線とそれを支える電柱。そうと意識して観察しないとなかなか気づかない部分。あそこが生き別れになった旧県道のもう一つの途絶地点に違いない。
こうも予想通り事が運ぶと、俄然気分が乗ってくるぞ。
それではこれから⑧方向に回り込んで旧県道入り口を探そう。

現道から旧道を見る。右奥に向かう道は旧道だが、こちらは現役。ずっと進むと珍しいループがあって楽しいので、ドライブの際は立ち寄られてみてもいいだろう。古い道だが危険はない。
問題は現役を退いた旧道だ。ここでも電線が私を導いてくれる。見るべき場所はここ。

旧道入り口から⑧地点方向を撮影。電線が多くて分かりにくいと思うが、ピンクで印をつけた電線がナビ電線である。その電線が出てくる矢印辺りに、旧道への入口があるだろう。
ちなみに右手側、黄色いガードレールが途絶えた所は工事現場の入り口になっている。この探索中も工事車両が頻繁に出入りしており、その近くで撮影に勤しむ私は明らかに不審者だったぞ。
さあ、さっそく旧道に入って分岐を探そう。

あ。

これは、探すとかいう以前の話だ。当たり前のようにそこにある。目立ちすぎている。

ぬるっと。

紛れもなく道。これはもう間違いないと思う。旧県道ゲット。
どんどん進もう。

ゆるい登り勾配を進んでいく。
右側の山肌から勢力を伸ばしてくる藪に犯されて狭まってはいたが、二車線幅の車道だ。普通に歩ける程度の藪で収まっているのは、電柱電線の保守管理のために、現在でも最低限の人通りがあるのだろうか。廃道然としているが、完全に死した道路ではないようだ。
さらに少し進むと、、、

ぬわー!!
この景色!デジャブ!
さきほど参考画像として掲載した生雲隧道側の道を以下に再掲する。
これは明らかに同じ道だ。参考画像とこの道と見比べてみれば明らかだ。あの隧道側の道の続きを、私は今歩いているのだと確信した瞬間。

参考画像

この景色を見られただけで私は満足だ。気持ち的には、生雲隧道の旅はこれで終了したと言っても過言ではない。
だが、せっかくなので、行ける所まで行ってみよう。

二車線幅の道が続く。藪もほとんどは膝丈以下なので歩きやすい。時折現れる背高で棘のある蔓だか枝だかに気をつければ、子供でも歩ける道である。いや、元県道なのだから、それが本来の姿だ。
かつてはこの電線の下の道を子供達も歩いたのだ。父母に手を引かれて歩く幼い子供や小太りの中年、杖をついた老人もいただろう。車も多く行き交ったはず。道が現役であった頃、この場所から見る風景はどんなだっただろう。
廃道を歩くことは、時を超えた共感を探すことだ。

電柱に寄ってみた。柱に[NTT西幹40S55]と書かれたプレートがある。S55は恐らく昭和55年。電電公社が解散してNTTとなったのが昭和55年だから、まさにNTTなりたての時に設置されたプレートだ。電柱自体が昭和55年に設置されたのかは不明。
その下にはステッカーが貼ってある。拡大写真を撮るのを失念していたが、たしか[電柱2022山口県]と書いてあったと思う。これはまさに電柱が現役であり、この道も最低限の管理を受けていることを示す証拠であろう。

この写真の電柱が、こちら側の最後の電柱である。電線は木の隙間を縫うように対岸に向かって延びている。

ここが終点。ガードパイプから先は現道へと落ちていく斜面である。
なお、1車線幅で右奥に伸びていく道らしい平場もあるのだが…

完全に藪に封鎖されており突破は不能。いずれにせよ、これ以降の細くなった部分は、航空写真の検討と電線の伸びていく方向から判断して、旧県道ではないだろう。

以上で、生雲隧道周りの残された未探索区間の探索は終了とする。
大団円。

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