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c2 "Companion plants"


2人はいつも手をつないで眠った。
眠ることはこわいことだから、いつでもそこにもう一人がいる必要があった。

2人のうちのひとり。
少し年上の少女は、並外れた共感力を持つ”エンパス”と呼ばれる能力者に分類されていた。

“共感”とは他者と感情を共有することを指す。
他者の気分に乗せられて同じ気分になる。それはどの人間にもよくあることなのだが、少女の共感能力は極めて鋭敏であり、アンテナの範囲が広く、常軌を逸していた。
目に見える場所はもちろんのこと、壁の向こう、建物の外、それから、少女の居る場所へ向かう者の感情や感覚を受信し、相手の鮮明な存在感を察知してしまう。
見えない場所に居る人間の存在を察知するだけならそれほど問題ではないのだが、子供に常に思考や感情の受信をされて、いちいちなにかしらの反応をされてしまう周囲の大人はたまったものではない。

少女はその能力のせいでこの部屋に閉じ込められた。
どこかから連れて来られたもう一人の小さな少年と一緒に。
毎日決まった時間にドアが開き、アンドロイドがお世話に来る。
ヒトは誰も来ない。窓もない。
それなのに常に観察されている気配が絶えない。

その日、少女はいつもと違う雰囲気を感じ、目を覚ました。
そこにあるのはいつものようにただ白いだけの部屋。

(だれかがくる)

その気配の感触は、知っているような知らない人。

(だれだろう?)

こわくないといい。
ドアの方を見た。

(…こっちじゃない。どこからくるの?すこしとおい。でもすごくはやい。)

少女は少しだけ集中して受信の精度を上げた。

(……つよいきもち……くるしい。くるしい。…かなしい。かなしい。………いとおしい…とてもいとおしい……。…はやく…もっとはやく…)

少女は受け取った感情の強さに引き込まれ、同化してしまいそうになった。
あわてて能力のほとんどを閉じて、まだよく眠っている幼い少年の手を放す。
自分から伝わる響きでこの感覚を共有してしまわないように。

壁の上のほうでランプがゆっくり点灯した。
モニターが何かを受信したようだ。

(…これなの?きたのは“ヒト”じゃないの?)

少女の直感が警告する。
へんなものがくる。
こわいものなのか、こわくないものなのか。
先ほど察知した感情の気配がまだ体に残り、遅れて皮膚感覚になり、全身をざわつかせた。

光を灯したモニターの中には、その気配の存在感があったが、何も映し出されなかった。
少女はぎゅっと自分の膝を抱いた。

平坦な光は凝縮され、人型をとり、モニターの前の3次元へと投影された。

「カモミイユ。」

光の人型は少女の名前をささやいた。
…男の子?…大人の声…?
聞き覚えはないけれど、その音の中には馴染みのある響きがあった。

これは
「…イオノ」

イオノ。そうだ。違う声だけど、これはイオノ。
でも。
これもイオノ。
少女は眠っている小さな少年を確認した。ここにいるのに。
そう。この気配にも声にも、奥底にこの小さなイオノが持っている響きがある。

「カモミイユ。ぼくは。ふたりを。むかえに。きた。」

「…おとなの…イオノ…?」

「まだ。おとなじゃ。ないよ。」

光のイオノが笑った気配。

「ちいさいぼくとふたりで。”ぼくたちのところ”へ。おいで。」

「ぼくたちのところ…。」
この音の中には自由と安心が含まれていて、少女はイオノの中からその場所の記憶をもっと拾いだしたいと思ったけれど

わたし、ここから外に出るの?

「ぼくは。”ぼくたちのところ”に行ったから、ぼくになれたよ。」

「でも、」

「きみとぼくは”ぼくたちのところ”に来れるよ。」

「…おそとにでたら、みんながこまるから、いかれないの。」

「…ぼくたちは…」

イオノの光る影の中に悲しみの泉が湧き、それが即座に器を満たしてあふれる。
あふれるがままの嗚咽が外に出てしまう事を自分に禁じ、唇を震わせて飲み込み鎮める。
それを少女は受信し。
嗚咽と涙が漏れ出してしまったのは少女の方だった。

「ごめんね…。カモミイユ。いつも。ごめん。」

少女はしゃくり上げながら答えた。
「イオノのはだいじょうぶ…。」

「ぼくたちは。こまらない。きみがきたからって、こまらない。ふたりで、おいで。」

「どうやって、おおきいイオノのところにいくの?」

「おしえてあげるから。しんぱいしないで。あいずしたら、ちいさいぼくをいつもみたいに起こして。」

少女はブランケットで涙をふいて、うなずいた。

「それから、走って。たくさん。走って。二人で手を離さないで。うまくいくから。」

少女がもう一度うなずくと、イオノが優しく笑った気配のまま、3Dの投影が消えた。

部屋の空気が変わった。

(イオノを)

少女は穏やかな寝息をたてる小さいイオノと手をつなぎ、いつものように優しく額で額に触れて、心の奥底をあたたかくする。
小さいイオノは目を開き、すぐに不思議そうな顔をした。
(いつもとちがうの)
短いそれだけを共有すると、イオノは何かが始まることを察し、起き上がってカモミイユを見つめた。

ドアが作動した。
アンドロイドが来る時間はもう少し後のはず。
外部からの通信でキーを解除する以外にこのドアを開ける方法はないのだが、ドアの外には誰も居ない。

守られること。連れていかれること。従うこと。
それらを正しく当たり前の事のように思っていたけれど、
「イオノ。」
カモミイユがお姉さんのようにイオノの手を引いて立たせると、彼女の中には生まれて初めて経験する種類の強い気持ちが生まれた。

私の足で走る。イオノを連れて行く。“ぼくたちのところ”に行く。私が。

今はこの意思がカモミイユの中で鋭く鮮やかな光を放ち、この上なく正しい事柄だった。



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アプリ"nana"へ発展。
サイバーパンクproject #フィードバック

この短編から、内容を立体化させてくれるような音を作ってくださいました。
深みにはまりました。
Companion plants   anzendokuさん 
https://nana-music.com/sounds/05632aca

音を聴いていたら、私の空想の中でカモミイユの存在感がリアルになってきたため、カモミイユの一人語りの、短い"Companion plants"を書きました。
Companion plants   asano tobari
https://nana-music.com/sounds/05643cd3


「声劇」と呼ばれるジャンルの台本として置いています。
短いラジオドラマです。
アプリ"nana"では自分の声で語って録音したものを手軽に聴いてもらうことができますので、よかったら語りにいらしてください。



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