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20年後のエキスパートを目指して。

「一万時間の法則」というのをご存じだろうか。何かのエキスパートになるには10000時間の努力が必要だというものである。

ふとこの一万時間の法則を思い出したとき、私がたくさんの時間を費やしているものは何だろう?と考えた。そしてピアノに思い至ったのである。

私は現在、ピアノを習っている。
子どもの頃に習い始め、就職して忙しくなってやめた。その後我が子が習い始めたのを機に、習うのを再開したのだ。

ざっくり計算してみたところ、今までに約6100時間ほどピアノを弾いてきたことになった。

なるほど、どうりで素人の域を出ないわけである。才能とかセンスとかはもちろんだが、そもそも努力の量が圧倒的に足りない。

では10000時間を達成するために、残りの3900時間を消化できる日が来るのはいつなのか。

これまた計算してみたら約20年後だった。その頃私は、おばあちゃんだ。
しかも、病気もケガもせず、健康で暮らし続けられると仮定してのことである。

ピアノというのはよく「優雅に弾いている」と勘違いされる。曲はたしかに優雅なものも多い。しかし弾いてる本人は、意外と体力を使うのだ。
鍵盤を叩くような弾き方はしないし、脱力に気をつけてはいる。それでも「体力」が要る。
これは私が教わっている先生も同じ見解だった。ピアノには「ピアノ体力」が要る、と。

だから病気の時は弾けないのだ。

インフルエンザで数日寝込んだ後、熱が下がったので喜んでさっそくピアノを弾いた。熱こそ上がらなかったものの体調は悪化して、布団に舞い戻る羽目になった。
中毒だ。

疲れている時もキツイ。

たとえば子どもの学校行事などで一日中屋外で作業をし、めちゃくちゃ疲れて帰宅する。あまりにも疲れているので夕食は作れないと思い、帰り道でおかずを買って来ている。あとは冷凍ご飯をチンして食べよう。

こんな時にピアノを弾くなんて、無理だ、無理、無理。

…と言いつつ弾く。
好きだからつい弾いてしまう。

このあたりは明日の朝早いのに夜更かしをする心境と似ているかもしれない。あとで自分が困るのは分かっているのに、ついやってしまう。

もちろん疲れているのにピアノを弾いた後は、さらに疲労困憊。
やっぱり中毒だ。

ケガをしていたら、やはりピアノは弾けない。手をケガしたらもう一巻の終わりだ。他の部位なら場合によってはいけるかな。

しかしだ。両手を一度にケガするとは考えにくい。
右手をケガしたなら左手の練習を。左手をケガしたなら右手の練習を。いくらでもやることはある。

万一、両手をケガしても楽譜を読んだり、CDを聴いたりとやることはいくらでもある。
どう考えたって中毒だ。

これだけ中毒なら、あと20年弾き続けることも夢ではないかもしれない。私はピアノのエキスパートおばあちゃんになれるのだろうか。

たぶんなれる、と思いたい。
少なくとも「趣味でピアノを弾くおばあちゃん」としてはエキスパートになれるはずだ。

そう考えるとこの先がめちゃくちゃ楽しみで仕方がない。

ここでちょっと欲が芽生えた。エキスパートになる日をもう少し前倒しできないものか、と。

計算上、一日に弾く時間を今の2倍にすれば、10年で済むことになる。
しかしこれはあまり現実的ではない。そこまでの時間を毎日ピアノに費やすためには、他の何かを犠牲にしなければならないからだ。

となるとやはり、私は20年後を目指すことにしよう。

20年後のエキスパートな私よ。待っててくれ。着実に弾き続けるから。



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