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植物から映画『運び屋』を観る

クリント・イーストウッド監督の『運び屋』(2018)という映画。
この作品は、家族をないがしろにして仕事一筋で生きてきた老人・アールが主人公だ。
ところが、彼は事業で失敗してしまい、麻薬の運び屋としての仕事を持ちかけられる。そこから、運び屋としての新たな人生をスタートさせる。

この主人公・アールが今まで人生をささげてきた事業というのが、”ユリの生産”であった。

(これらの設定はすべて、実話が元になっている。実話を元に映画にするのがイーストウッド監督の手法だ)

劇中ではこの、アールの栽培する”ユリ”がようしょようしょに登場する。

映画では、たまたまそれがうつってしまうということはドキュメンタリーでもない限りありえない。
したがって、ユリの花ひとつとっても、意思をもって美術として飾り付けをしたか、あるいは、そこまでつよく無くとも、それがそのようにうつるということを撮影現場あるいは編集の現場でよしとしたか、しかないのである。

そこで、この”ユリ”にフォーカスして、『運び屋』という映画を紹介したい。

(※時系列を追っていくためネタバレもあります。気になる方は閲覧を控えてください)

はじめに

舞台:2005年イリノイ州 ピオリア

アールの育てているユリは、”デイ・リリー”または”へメロカリス”と呼ばれる種類である。東アジア原産で、16世紀ごろに日本や中国の原種がヨーロッパへ行き、そこから品種改良が重ねられてきた。北アメリカでの改良はとくにさかんで、毎年新しい種類が発表されている。
寒さにもつよく育てやすい植物である。

デイ・リリーにはいくつかの分類がある。
このサイトの分類表をお借りして、①花の形と②模様を分類、③色を表記し、この映画に出てくる花を分析したい。

サニーサイド花農場

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①フリル弁(縁がフリル状になり、可愛らしい印象の花弁)
②水滴(花弁の中心部に他の色が入る。周囲よりも明るく白や黄色に色抜けしている)
③真ん中黄色に紫

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①広弁(野生種から、改良を進めたふくよかな幅広の花弁)
②グリーンスロート(花弁中心の喉元に明るく冴えた緑色がはいる)
③紫色

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①スパイダー咲き(通常の花に比べ細長く伸びた花弁)
②模様なし
②黄色

冒頭ではまず、光と水を浴びた、農園に咲き誇るデイー・リリーが、ロングショット、単独ショットと様々なショットでうつされる。

デイ・リリー品評会へ持っていく新種

農場では温室で育てられていたデイ・リリー。

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アールは、2005年デイ・リリー品評会で女性にプレゼントする。
女性は「見事な新種ね」と伝える。

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①ツイスティング(花弁がねじれたりカーブしたり、花弁とガクの形や大きさが極端に違うものや、 スパイダー咲きと通常花の中間的な細弁のもの)
②水滴
③真ん中が黄色で、外側が紫色

この時期のアールは、花弁は、広く柔らかいものか、反対に、細くシャープなものか、というどちらかが好みのようである。
また、花の模様は黄色と紫の組み合わせで統一されている。

アールはこの品評会で金メダルを受賞する。しかし、実はこの日は娘の結婚式だった。

孫の結婚パーティ

成功をおさめたアールだったが、2017年に「インターネット販売にやられた」という言葉の通り、時代の流れについていけなかったようで農場を差し押さえされてしまう。
この後、アールは麻薬の運び屋としての仕事をスタートする。

そこで手にした大金で、農場を買い戻し、孫の結婚パーティに資金援助をする。もちろんデイ・リリーの花もプレゼントする。

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①フリル弁
②バイカラー?(花弁とガクが違う色)
③オレンジ、黄色、ピンク

結婚式の雰囲気にあわせたフリルの花弁に、柔らかいパステルカラーの色の品種で揃えられている。

今まで家族に見向きもしなかったアールが、孫の結婚パーティにあらわれたことに娘や妻は戸惑っている。

ここで、アールは「デイ・リリーはたった1日だけ花を咲かせて枯れていく。だから時間や苦労の甲斐があるのだ」と妻に告げる。
デイ・リリーの名前の由来は、この、1日しか咲かないという特徴からきている。別名のヘメロカリスはギリシャ語で”一日の美”という意味だ。

体調をくずした妻の元へ

運び屋をはじめ、新しい生きがいを感じていくアール。しかし、アールの妻が体調を崩してしまう。アールは悩むが、運び屋の仕事を中断し、家へと駆けつける。
庭のデイリリーを見ながら、アールは娘に、自分のことを「遅咲きだ」と言う。

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①広弁(野生種から、改良を進めたふくよかな幅広の花弁)
②いろいろ
③薄いピンク、赤、オレンジなど

花は少ししおれかけている。デイ・リリーは1日だけの花なので、このまま枯れてしまうのだ。

ここでのデイ・リリーの登場には
・妻が元気な頃にアールは家にいなかった。とはいえ、なんとか花に間に合った
・遅咲きであるアール(という花)をなんとか家族に見つけてもらえた

など、様々な意味を想像することができる。

お葬式

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①広弁、フリル弁がメイン
②単色か、蛇の目(花弁の中心部に他の色が入る)など
③白、ピンク、黄色、オレンジ等。最初の頃に出てきた黄色&紫の組み合わせもポイントになっている。

最初の頃に出てきた、細い花びらのデイ・リリーはほとんど見つけられない。
協会の表には、デイ・リリーのリースも置かれていた。

最後のシーンへ

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①広弁、フリル弁
②グリーンスロート
③薄いピンク、黄色

最後のシーンでは、もはやデイ・リリーがきちんとうつることはない。
これは冒頭の、デイ・リリーをこれでもか!とみせるシーンとは対照的である。
花の種類も、冒頭が、品種をかさねてきた花びらや力強い色使いであるのに対して、最後は、シンプルで色も柔らかい

淡いピンク色は、家の庭、お葬式でも見受けられたので、後年のアールの好みなのかもしれない。あるいは奥さんの好みだったのだろうか。

おわりに

アールが作り出した結晶・家族をかえりみず仕事をした成果として、デイ・リリーの個性は、どうみても前半の方が強い。

しかし、この映画の過程で、デイ・リリーは農園や温室から遠くなり、庭に植えられている、より野生的なものに近づいていく。

このデイ・リリーこそ、イーストウッド監督が、主人公・アールにたどり着いて欲しかった、”花の姿”なのかもしれない。
映画を鑑賞していると、つい登場人物ばかりに目が行きがちだが、その画面にうつっているあらゆるものに是非目をむけてみて欲しい。
そこでみつけたものに、作り手の意思は宿っていたりするのだから。

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