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【短編小説】DJシンジロー その4

 今週、シンジローはさわやかな思いでスタジオにいた。
「さて今日の相談です。大阪の美咲さん、二十四才の会社員の方からのメールです。私は三年ぐらいお付き合いをしている彼がいます。そろそろ彼と結婚したいと思っています。ただ彼の仕事が絵を描いたりするアーティストなので父が結婚を許してくれません。どうしたらいいでしょうか、というメールです」

シンジローは何かを思い出すかのようにゆっくりと目をスタジオの天井へと向けながら話し始めた。
 「まずここでシリウスの結婚式をイメージした曲『きっと』を聞いてください」 

 これから はじまる
 二人のストーリー
 これから 動き出す
 二人のハーモニー
 辛いときもある
 悲しいときもある
 イヤになることもある
 ダメになることもある
 だけど
 二人でいれば 
きっと
 しあわせになれる
 しあわせになれる
 さわやかな風が 吹いてくる

 シンジローは目を閉じてじっと考えながら話しはじめた。
「親父さんの娘を思う気持ちもわかるなぁ。参考として私の家族のことをお話しします」
とシンジローは静かに語り始めた

 シンジローが路上ライブをしていたころ、いつも一人で見にきてくれる神川幸代という女性がいた。
あの人気のないときに一人で聞いてくれていた女性である。
幸代は毎日路上ライブが始まる前からいつも一人で待ってくれていた。人気が出てからも各地のライブにも来てくれた。二人は毎日顔を合わせるようになり、仲良く話しをするようになった。
「今日のライブ、よかったよ」
といつも応援してくれた。

いつしかシンジローと幸代は付き合うようになった。
幸代は路上ライブの手伝いもしてくれるようになった。
幸代は第一号のファンであり、理解者であり、支援者だった。
幸代はシリウスと行動を共にするようになった。
そして一年経ち二年経ち、二人は結婚を約束する。

 ところが、幸代の両親にはシンジローは全く信頼されていなかった。
「幸代を養っていけるのか」
と会うたびごとに厳しく言われた。悩みぬいて二人は家を出て籍を入れることにした。

人気のないときも、
お金のないときも、
二人で暮らしていれば楽しかった。
デビューした後も幸代と一緒なら幸せだった。
そして二人の間に女の子が生まれた。
人気ミュージシャンの名前から「まりあ」と名付けた。
親子三人で楽しい日々が続いていた。

しかし、その頃からシリウスの人気が上昇し仕事が少しずつ忙しくなっていく。全国各地をライブでまわり、メディアの出演も増えていった。ⅭⅮの売れ行きも驚くほど上昇していった。
 皮肉なものでシリウスの人気が上がれば上がるほど家族との団らんの時間はとれなくなっていた。早朝に家を出て深夜に帰宅する毎日。まりあの寝顔しか見れない。幸代がまりあを一人で育てる。買い物にも公園にも行けない。まりあと遊んでもやれない。イライラが募っていく。幸代もガマンの日々が続いていた。

 そんな時、
「おい、幸代。あの書類の件、どうした?」
とシンジローが聞く。
「あれはパパがやるって言ってたでしょ。知らないよ」
と幸代が台所から料理をしながら応える。
「マズいよ。早くしないと期限がくる書類じゃないか」
といってシンジローが少し怒って言い返しイヤな空気がひろがる。
「もう、仕事行くから」
とシンジローが会話の途中で出かけていってしまう。度々、同じようなことが続き、シンジローと幸代の間が気まずくなっていく。
仕事は忙しい。家には帰れない。電話をしても続かない。メールの返事も味気ない。何をやってもダメ。会って話す時間もない。悪い事がループしてしまう。

重く苦しい日々が二年も続いてしまう。

 そして、ついに二人は別れる道を選ぶことになる。
幸代は、まりあと実家の北海道へ。
悲しさと淋しさの中、二人は飛行機に乗る。
「なぜ」という言葉を心の中に残したまま。
 シンジローは東京で一人暮らす。
一人で住む家は広すぎる。
より淋しさがこみ上げる。
それでも仕事を続けるしかない。

「いい例ではなかったかもしれません。夫婦や家族ってすごく大事なものです。美咲さんも一人の大人です。ですから、みんなに祝福される結婚を慌てずに考えてみてください」
とシンジローは、もの悲しい微笑みを浮かべながら話していた。

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