『馬賊戦記』 作者: 朽木 寒三
誰からだったかはすっかりポンっと忘れてしまっているが、薦められるまま読んでみたら、これがやたらめったらとんでもなく面白い冒険活劇一大浪漫小説だった。嘘だと思ったら読んでみてちょーだい。
戦前の満州を舞台に、日本人でありながら馬賊の攬把(ランバ・頭目のこと)として、ある時は単身拳銃を取って敵と戦い、ある時は百千の配下部隊を率いて山野を進軍した実在の人物、それが小日向白朗である。
馬賊、少なくとも正統的な遊撃隊の精神は仁狭の一語であると小日向氏は言う。仁は人をたすけ、狭は、命を捨てて人をたすけることであると言われたのだと。
仁侠の徒としての馬賊とは、馬に乗った泥棒の群ではなく、官の権力に対抗して武装せる農民たちの姿である。
小日向氏は、部分的な要約でしかなかった、これまで度々発表されてきた自らに関する書物とは異なり、忠実に網羅的にかつての冒険について書き起こされた本書によって、農民運動の一形態としての馬賊というものが周知されるであろうことを望んだ。
“大正五年。冬もさかりの十二月。小日向白朗はひどいすきっ腹をかかえて奉天停車場のホームにおり立った。年齢より二つ三つはふけて見えるものの、満で数えて十六歳。まだ紅顔の少年である。”
これが、本作の出だしである。
一体何故、そんな日本人の少年が満州などへ独りやって来たのか。
目的は、どこでもいいから、大陸横断の冒険旅行をすることであった。ロマンチックな夢想家が行動力に恵まれると、決定的に彼の人生は泰平無事と訣別させられる。
漠然たる野望を抱いて中国に渡った彼は、或る高級日本軍人の世話になり、北京で生活をしていたが、二十歳を迎えた頃、どうせ蒙古の奥地へ入るのならお国の為に働いてみる気はないかと誘われる。
陸軍機関員、つまり軍事探偵こそ、大陸冒険の王者ではないか。
白朗の胸は躍った。
生まれついての楽天家は、天涯孤独の一人旅に就く馬上の人となった。
旅に出て程なくして白朗は馬賊の一団に捕らえられた。
白朗にとって幸運と言えたのは、山賊、流賊の類いとは一線を画す「正当馬族」の捕虜となったことだった。
「馬族」とは、そもそも日本人によって名付けられたもので、正しくは「遊撃隊」と言うのが名称であり、住民の唯一の保護者たるものであったのだ。
馬族の大攬把に言われるまま、囚われの身から一転、白朗は馬族の一員となった。
畜生以下の扱いである下っぱ暮らしから始まった馬族での生活だったが、性質が元来明朗で人懐っこく、良く働いた白朗は次第に小隊長格の者たちと馴染んでいった。
こんな薄汚いコジキ暮らしより、戦闘に出て恩賞にありついてやる。死んだらなおいいや。
自ら戦に身を投じる道を選んだ白朗は、腕と度胸、それと天運を武器に草原を駆け始めた。
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