エディンバラ暮らし|スープ日記
カフェで見かけるSoup of the Day(今日のスープ)というメニュー。
野菜系のどろっとしたスープにパンの付け合わせといったシンプルな一皿で、派手ではないけど温かく、物価高の英国でそれでも安く、味も失敗が少ない。1人暮らしを支えた安心の存在の一つであった。
今日はそんなスープを取り巻く暮らしの話。
気を取り直してのカレンスキンク(スモーク魚のスープ) - スコットランド海鳥センター
5月末。英国に着いて1週間くらいがたち、この頃は毎日家探しに奔走し、そうじゃない時は鳥を探して歩き回っていた。この日も海鳥を見に、隣町のNorth Berwickに電車で出かけた。
North Berwickにはスコットランド海鳥センターがある。ここでボランティアできたらいいなあと思っていたので、このおでかけには下見の意味もあった。
働いている人たちのやりとりを観察し、自分にあれができるだろうかと考える。なんか、ロンドンからスコットランドに来て、英語が途端に聞こえなくなった気がする…。
まあいいや、と併設のカフェに座った。最近、気を取りなおすのが上手になったと思う。
ここで食べたのは、カレンスキンクというスコットランドの郷土料理。ジャガイモとスモークした魚のスープで、シチューのような味わい。Soup of the Dayよりワンランク上のスペシャルメニューとして提供されていた。温かくて香ばしい。ホテルホッピングでレンジ不要のお惣菜に頼ってきた、冷えた体に染みわたる味だった。
素朴すぎる野菜スープとオートケーキ - National Library of Scotland
6月。ロイヤルマイルの近くにある国立図書館(National Library of Scotland)にはたびたびお世話になった。貸し出しをしていないレファレンス専用の図書館で、鈍器のような分厚い資料がずらっと並び、老若男女が仕事や勉強に没頭している。観光客で賑わう大通りにあって、外の世界から隔絶された静粛な空間。
その併設カフェのメニューに、Soup of the dayがあった。付け合わせのパンは売り切れていて、代わりにオートケーキが選べた。これもスコットランドの郷土料理だと後で知った(他にもウェールズ風、北イングランド風とかあるみたいだけど)。スコットランドのは大麦のぼそぼそしたクラッカーのようなもので、たいへん素朴。
スープのほうはトマトの酸味が若干ある(気がする)シンプルな野菜系で、オートケーキと合わせて、必要最低限の栄養素という感じがした。
ヒュッゲなスープ - ニュータウンのカフェ
7月。これが何のスープなのか、何という店で食べたのか、思い出せない。ひよこ豆だったかもしれないし、色的にセサミだったかもしれない。ただ、寒かったので温かいものが嬉しかったこと、量がたっぷりだったこと、店員さんが親切だったことは覚えている。パンをフォカッチャにグレードアップしたのとモカも頼んだので値段はそれなりにしたのだけど、お金ってこういうもののために使うんだと思う。
いろんな本が置いてあって、読んでいいですかと"Hygge"の本を手に取った。ヒュッゲ:居心地の良い空間や楽しい時間のことらしい。お料理とのコンビネーションが素敵じゃない?と写真を撮ってインスタグラムに投稿したら、日本の友達が何人か反応してくれた。ヒュッゲを求める人が海の向こうにもいる。
"Is everything all right?"
店員さんがニコニコと聞いてくれた。"Perfect!" 当たり前じゃないか。
迷惑をかけた日のグリーンピースとフェタのスープ - Archipelago Bakery
これも7月。ニュータウンで版画のレッスンを受けたある日、家の鍵を教室に置き忘れて帰宅してしまったことがある。取りに戻るにもすでに閉館していて入ることができず、先生にもすぐには繋がらず、途方に暮れた。2人いたフラットメイトのうち1人はイングランドに帰省中、もう1人は近所の別のフラットに引っ越していて、家には私1人だった。運よく近所に引っ越した子がまだ同じ鍵を保持していて、開けてもらってその日は家に帰ることができた。翌日、スクールが開くと同時に電話して鍵を迎えに行った。こういうとき、台風のように周りを巻き込んで迷惑をかけてしまうの、やめたい。
この緑のスープは、鍵が無事に戻ってきて安心したときの一杯。これもニュータウンにある、Archipelago Bakeryというベーカリー兼カフェでいただいた。そこのパンがaward受賞!とあったので気になって入ってみたのだけど、なるほど美味しい。ところでaward受賞!winner!と書いてあるカフェやアイス屋さんをやたらと見るけど、日本でも「〇〇百名店」とあれば入ってみたくなるのはイギリス人も同じなのだろうか。
このグリーンピースとフェタが大変美味しかったので、後日別のフラットに引っ越した後に、自分でも作ってみた。フェタチーズ、生クリーム、グリーンピースの大袋、ディルのような香草やスパイス系が安く手に入るのは嬉しい。スープの素は日本から持ってきた鶏がらスープで代用した。鶏がらスープは今まで中華な味付けにしかならないと思っていたけど、意外と万能なことをこの英国生活で知った。
このときキッチンにあったハンドブレンダーを使わせてもらったのだけど、コツがわからず中途半端にスマッシュした豆が綺麗好きな同居人と共有しているコンロの上に散らかってしまい、こっそり片付けた。
ネギとポテトのスープと「シェフ、レシピください」 - Aberdourのカフェ
8月。ぼっちスープ飯のプロだった私にも、ようやく誰かと一緒にスープを食べる日が来た。65歳のイギリス人ご夫婦。一緒に古城や農園に行ったり美術館に行ったり、家にお呼ばれしてブラックベリーを摘んだり、もしかして彼らの家にホームステイしていたのかというくらい、親切にしてくれたお二人である。
そんな二人が、エディンバラよりフォース湾を挟んで北にあるアバーダーというところに車で連れて行ってくれた。娘さんのパートナーのご家族が住んでいてゆかりの地ということで、だけど訪れたのは久しぶりだったらしく、「このポスト懐かしい」「あのお店はもうないんだね」と懐かしんでいた。
この日はネギとポテトのスープを選んだ。私が店員さんを「すみませーん」と呼ぶより早く、ご夫婦の奥さんのほうが"We are ready, whenever you are"と呼びかけた。素敵な呼びかけ方だと思った。
ほっくりしたポテトにネギの辛味が絶妙に効いている。私が「こんなスープを作れるようになりたい」というと夫婦は「たぶんオーソドックスな作り方だと思う。レシピを聞いたら?」という。
「いやいや、そんな大事な情報を渡してくれるかなあ」
「レシピを聞かれるくらい美味しいなんて、悪い気持ちはしないはずだよ」そう言うが早いか、「彼女がこのスープを気に入ったんだって。よかったらレシピを教えてくださらない?」と躊躇う私に代わって聞いてくれた。
店員さんが私たち3人の顔をにこやかに見回して「ちょっと待ってて」と厨房に去っていった。
しばらくして厨房から料理長らしき人が出てきて、「レシピが必要なのは、あなたかな?」と手書きのメモを渡してくれた。
まさか、「シェフを呼んで」をスコットランドの小さなカフェでやるとは思わなかった。
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