奇跡の32歳 を自ら名乗りはじめるまで

朝木ちひろ(asaki chihiro)


2022年2月18日、わたくし朝木ちひろは32歳になりました。


32歳って、特に何も思わないというか、、

やっぱり一番焦っていたのは29歳→30歳のときで、多分来年も「ほう33歳か」みたいな感じで誕生日を迎えると思います。

でもぼーっと歳を重ねるということはしたくなくて。

昨年末から思っていました。 

「このままでは終われないぞ」って。

終わりなんて考えないけど、でも今の自分には満足しているはずなんかなく。

何度も「私のことを思い出して」って思いました。世の中の人みんなに。

朝木ちひろを消さないで。貴方の記憶に残りたい。貴方が「朝木ちひろ頑張ってるかな」と思いました時に、私はどこかで頑張っているから。

「私は良くも悪くも、頑張り続けなきゃ、走り続けなきゃって人間なんです」


昨年末、色んな人に不安な気持ちを吐露しました。ただただ話を聞いてくれる人もいたり、具体的にアドバイスをくださった方もいました。

私が私に許された媒体で、環境で自分でできること。私が挑戦してみたい色んなこと。

ブラッシュアップして考えてみました。


このnoteでも触れたことがあるんですが、私は本来「自分最高!自分を見て!」って性格ではなく、自分のことがどちらかと言うと嫌いなタイプの人間なのですが、

「人の作品になった自分」が好きなんです。

役としての自分、写真での作品になった自分。だからもっともっとお仕事をしてもっともっと自分の愛してあげられる部分を増やしていきたい。


32歳、私はちょっとワガママになります。

それから、色んな人の作品になって、作品の自分を好きになって、自意識過剰くらいの気持ちでSNSにあげます。

とりあえず企画としては「月刊朝木ちひろ」というので、毎月TwitterとInstagramに今までの朝木ちひろとちょっと違うコンセプトの作品をあげます。

作品を一緒に作ってくださる方、いらっしゃったらお声がけくださると嬉しいです。

初号となる「月刊朝木ちひろ 2月号」はミスi D2020でご一緒した平手ユウさん、藤井愛稀さんに作品作りを手伝っていただきました。

ほぼ初絡みです。ほぼ初絡みで「ちょっと攻めた写真撮ってほしいです」って頼みました。なぜそう思ったかも、自分のやるせない気持ちも話しました。

私はミスi D選考期間中、他のエントリーの子たちを「ライバル」だと思っていました。だからミスi Dが終わった後もコミュニティに入る…きっかけは特になく……

でもそんな私の話を聞いてくれました。

そして、「よしやろう!」って言ってくれました。

めちゃくちゃ重い照明機材とカメラを持ってきてくれて、2人でライティング確認して、2人…本当にすごい体勢でひたすら撮ってくれて……

なんか、この空間にいる3人は「絶対このままじゃ終われない、終わらさせない」って感情がリンクしてると思いました。

平手さんがそのあとnoteをサラッとあげていて、私はビックリしました…

いや私のワガママ……!

ワガママをそんな風に!?


未だに私の悩みはつきないし、悔し涙を流すこともあるけど、

でもみんな頑張ってて、みんな自分の壁を乗り越えてて、そういう人がわたしの周りにいて

あと全然違う話だけど…去年、自分の趣味を通してなんか変わった友達が数人できて、世界が広がったり、くだらないLINEがたまらなく楽しくなったり、平成のノリでウェーイってできたり…ポジティブになれる場所がちょっと増えて。


夢に向って進む、茨の道を歩いていく。

変わらないこと。だから私は今もなおボロボロで笑

でも孤高のドリームファイターは仲間であり良き理解者が増えたので完全なる孤高ではなくなりました笑

素晴らしい!私の財産です。


そして、「奇跡の32歳」について

ミスi D実行委員長小林司さんから「自分から言っていきなよ、もう、奇跡の32歳くらい言っちゃいなよ、そんでキャッチコピーにしなよ」ってアドバイスいただいて。

でもギリギリまで「奇跡を諦めない32歳」にしようと思ってました。

往生際が悪いぞ〜笑

でも、誕生日に謎のアドレナリンがでて、もういいや!奇跡の32歳で!Twitterは文字数制限があるんだ!まどろっこしい言い方はやめやめ〜!!!

ってなりました笑


こんなご時世だけど、色んな人に出会って作品作れるといいな、月刊朝木ちひろ、反響あるといいな。

沢山お仕事したいな。いろんなことにトライしたいな。

そして、奇跡の32歳 を魅せていきたいな。


大丈夫、きっと大丈夫。

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朝木ちひろ

Twitter @as_chr218

Instagram @asaki_chihiro