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雨の日とウイスキー【ショートショート】

ごうっと風の吹き付けるような音がした。最近大風が多いから、それが耳に残っていただけかと思った。そのうち土の匂いが運ばれてきて雨なのに気づき、窓を閉めてエアコンをつけた。こんな雨の日はスムースジャズを聴くと、心が穏やかになる気がする。

梅雨明けはしたんだっけ。ぼんやりとニュースで聞いた気がする。昨年もこんなことを言っていた気がすると思い出して、ひとり苦笑いする。
昼から外出しようかと思っていたがどうでもよくなって、ロックグラスに氷を入れる。そこへウイスキーを注ぐ。とっておきのやつだ。こんな日は家での時間を楽しむ。

実は酒なんか滅多に飲まない。弱いからだ。会社の飲み会もウーロンハイに見せかけたウーロン茶を飲んでいるが、誰も知らない。
すぐに酔っ払って気持ちよくなる。酔うと楽しかった過去ばかり思い出す。学生の頃、好きな子の消しゴムと自分のをこっそり取り替えたこと。その子に学祭の後のキャンプファイヤーで告白したら、あっさりOKをもらえ、消しゴムの話は言い出せないまま卒業したこと。
楽しかったことなんて学生時代のことしか思いつかないけれど、酔うとタイムスリップしたようでいい気分になる。
けれどなんとも薄っぺらい楽しみだと言うこともわかっている。だから酔いながら、人は心のどこかに虚しさを持つのだろう。
氷がカランと音を立てる。少し嫌なことがあったから、ハイペースで飲んでしまった。

不意にその薄っぺらい楽しみを破りたくなった。気づくと私はジャズを無視してイングヴェイマルムスティーンの曲を大声で唄っていた。隣人から壁を叩かれ、ウイスキーをもう1杯あおった。

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