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桜の咲く頃【ショートショート】

「こいつが咲く頃には思い出すのう」
おじいが庭のソメイヨシノを見ながらポツリと言った。
「お前に怖い話をしてやろうか」
「怖い話?いいよ、怖い話なんて」
「それが本当だと思えば怖い話で、おとぎ話だと思えば美しい話になる」
おじいは話をやめる気はなさそうだった。仕方なく僕は聞くことにした。

「むかしむかしのことだった。この村に、それはもう美しい娘がおってな」
「おじいもその人のこと好きだったの?」
「馬鹿な。わしは…その…その頃から既におじいじゃったからな」
おじいは照れ隠しにめちゃくちゃなことを言っていた。
「その娘は庄屋さんとこの長女でな、庄屋さんはその器量もよく気立ての良い娘を、たいそうかわいがっておった」
「庄屋さんてことは、お金持ちの家だったんだね」
「そうなんじゃ、それが不幸を呼んだんじゃ」
おじいはそこで、なぜか大きくため息をついた。
「ある日庄屋さんのうちに古物商がやってきてな、なんでも唐渡の品じゃとて、その石を見せたのじゃ」
「石?」
「そうじゃ、石なんじゃ。その石は、おそらくは水晶なんじゃが、若く美しい男が閉じ込められとった」
「石に人が?」
「そうじゃ」
そこで言葉を切って何かを考えているようだった。後悔しているようにも見えた。
「その石は最初、玄関に飾られておったんじゃが、その娘が見入ってしまい、やがてそれを持って自室にこもるようになったんじゃ。今から思うと、娘のほうが石の中の男に魅入られとったんじゃな」
「え?でも、石の中の人じゃあ、どうにもならないんじゃない?」
「いや、そうならよかったんじゃ」
え?どういうことだ?おじいは辛そうだ。自ら話し始めたのに、口が重くなっている。
「石に入ってしまったんじゃよ」
「え?入る?入るってどういうこと?」
意味がわからない。石に入るってどういう意味だ。
「だから石に入ってしまったんじゃよ、その娘が、その体ごと魂ごと全部」
僕は絶句した。そんなことが…そんなことありえっこない。いや、だけど、おじいは冗談は言うけれど、とてもそんな顔には見えなかった。
「そんな…そんなことって…あ、おとぎ話だよね?最初に言ってたよね?そうだよね?」
おじいはコックリと頷いた。けれどその顔はあまりにも神妙で、逆にそれが事実であることを示していた。
「もう、踏ん切りがついたと思っとったんじゃがな」
ポツリとおじいが言った。
「ばあさんには内緒にな」
そう言ったときにはもう、いつものおじいに戻っていた。

人を閉じ込める水晶。そんなものがあるわけがない。そう思いながらも気になった。おじいの若い頃のことを、父が帰宅するやいなや聞いてみた。
おじいは庄屋さんの家で奉公していたらしい。そしてなんとその庄屋さんの家が、実は今僕達が住んでいる家なのらしい。
庄屋さんは、ひとり娘を難しい病気で亡くし、奥さんはそのショックで自殺したらしい。
庄屋さん自身も家族を亡くしたショックで病気になり、奥さんを追うように亡くなったそうだ。彼には家を継ぐものがなく、彼に尽していたおじいにこの家を託していったそうだ。
今聞いたこれだけのことを考え合わせると…?娘が病気になっているが、石の中に入っていなくなってしまったのだとしても、昔の話だしなんとなく辻褄が合いそうな気がする。
もしもおじいの話が本当ならば、その石はもしかするとこの家のどこかにあるのかもしれない。
父は石のことは知らないといった。普段目につくところにないということは、蔵の中かもしれない。

翌日、懐中電灯を持って蔵へ入っていった。日中でも日が入らない蔵の中は薄暗く、春先でもひんやりとしていた。
恐る恐る入る。手前の左手には…掛け軸らしき細長い箱が立てかけてある。その奥には絵画がはいっているらしき箱。真ん中に道がつけてあり、奥へ進んでいくと、最奥部には棚があった。僕はなんとなく勘が働き、棚のそばへ行ってみる。上から順に見ていくと、あった!木箱に「唐渡 水晶」と書いた箱があった。箱を開けてみると、驚いたことにうっすら光っている。
そうっと取りあげてみる。ひんやりと冷たい感覚が、石だと教えてくれる。水晶の結晶したもののようだった。ここでは暗いから、外へ…と思ったら、より一層水晶が輝き出した。
「なん…だ?これは…。どこからか光でも入ってるのか?」
光なんかどこからも、入りそうにない。
眩んだ目が光に慣れてくると、水晶の中に何かが見えた。そんな…まさか…。水晶の中には二人の人が見えたのだ。
「うわ」
驚いて後ろにさがろうとした僕は何かに足を取られ、水晶を取り落としてしまった。
それは、ごつっと鈍い音を立てて真っ二つに割れた。すると輝きは消え失せた。
持ち上げても、もう輝きはしないし、中に何かが見えることもなかった。
「ああ、そんな…」
しばらく、呆然とした。呆然とそれを眺めていたが、やがて僕は、それが入っていた箱にそっと入れると、後ろめたさから、身を潜めるように蔵から出た。

あれから数日たつが、まだ水晶のことを考えていた。
これで、おじいの話が事実なのか作り話なのかは、永遠に闇の中だ。
それでも僕は、おじいの大切な人を奪ってしまったであろうことを、どう伝えればいいのか、伝えないほうがいいのか迷っている。

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私もあやふやな記憶ですが、石に人が閉じ込められる話は、多分元ネタがあります(^_^;)
中国の話だったと思います。
今回はそれをネタに一つ書いてみようと思いました。
写真は今日撮った桜です🌸

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