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あの子は今…【ショートショート】

幼い頃の彼女のことは知っていた。
と言っても同じクラスだっただけだが。
僕は子供の頃名前に興味があった。彼女はもちろん可愛かったので気になったのもあるが、名前が好きだった。僕は貴いという字が好きだった。

小学校高学年になり、彼女は転校して行った。芸能人になる為に東京へ行ったのだった。
彼女くらい綺麗な子ならさもありなんと思っていた。

しかし彼女は中学の時帰ってきた。都会っぽく垢抜けて、更にかわいくなっていた。
今なら夢破れたのだろうと想像が着くが、その頃の僕は事情をあまり理解していなかった。
しばらくして彼女は学校へ来なくなった。
僕は心配して彼女に電話をかけた。昔はクラスメイト全ての電話番号が載った名簿なんかがあったのだ。
心配半分、彼女と話したいの半分で電話をかけた。
ほとんど学校で話したことがなかったが、彼女の母はそんなこと知らないから、同じクラスの竹腰だと言うとすんなり取り次いでくれた。
彼女と何を話したかは覚えていない。何かあまり学校のことを話すのも悪い気がして、何気ない会話を30分くらいしたと思う。
後で知ったのだが、彼女は女子から嫌がらせを受けていたのらしかった。それを知ったのは卒業後何年かたっての同窓会だった。

今日の昼休み、あれからどうしているだろうとふと思い出したのだ。今日という日に特に何かあった訳では無い。
感慨深く、彼女の美しさ儚さを思い出していた。

「あれ?竹腰くん?」
帰り道、会社の最寄り駅で電車を待っていると、声をかけられた。小柄な女性だ。
「ひろ!あぶないからここにいて!たつ兄もちゃんとひろ見といてよね!あ、ごめんごめん、声かけといて」
僕はぽかーんとしていた。それに気づいたその女性はからから笑う。
「やだー、竹腰くん、私わからん?鈴木貴子よ、今は佐藤だけど」
ん?鈴木…貴子、聞いたことのある…。
「あ!」
「やっと思い出した?もうー」
彼女は大笑いしているが…20年経っていて、しかもこれだけ風体が変わっていたら…分からないだろう。確かに身長は変わっていない。けれど、中学の頃と比べると…なんというか、かなりがっしりしていた。第一、雰囲気が違った。あの頃のクールで儚い印象は影も形もない。
「私ね、結局中学いけなかったでしょ。それで通信制の高校に通いながら、芸能界入りたくて東京行ったの。そこで知り合った人の子供できちゃって、夜のお店で働きながら子供育ててたんだけど離婚して。で、10年前に再婚して、その人の子なの、この子達。お兄ちゃんはもう社会人」
波乱万丈な経歴を語りながら、彼女は笑い飛ばしている。僕はなんと言っていいか分からず、静かに聞いていた。
「やだー、しんみりしないでよー。私ね、あの電話嬉しかったんだ、だから竹腰くんのことはすぐ分かったのよ」
「え?」
「中学の時の!あれが結構励みになったんだよ?」

僕は人気者の彼女にとって、大多数の中の1人に過ぎないと思っていた。だから僕を覚えていて、ましてあの電話のことを覚えていてくれたなんて思いもよらなかった。
ふふふ。彼女と別れてから、僕は少し笑っていた。憧れの女性は儚くはなかった。僕が心配するようなか弱い人ではなかった。僕の初恋のイメージ…初恋なんてあてにならないなあ、そう思いながら笑った。
彼女が元気にたくましく生きていて良かったと思った。僕もかわり映えのしない毎日だけど、コツコツと頑張っていこうと思った。ふふふ。たくましくも幸せそうな彼女を思い出して、僕はもう一度笑った。

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