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かけ違ったボタンの世界【ショートショート SF】

アラームで目が覚める。
ん!?たしかに8時にかけたはずなのに8時15分を指している。これは急がないと間に合わないぞ。
慌てて着替え駅へ走る。
「いたっ 」
歩行者信号が点滅していたので止まったら後ろから押された。みんなどどっと渡っていく。え、誰も止まらないのか。私も訝しみながらも合わせた。
改札が開いたままになっている。壊れているのかと別の所へ行こうとしたらまた押され、そのまま進むと入れた。
いつもの電車には間に合わないな、遅刻だ、どうしようと言い訳を考えていたら電車が来た。ダイヤが乱れているのかな。ラッキーと思い乗り込む。座れるところあるかなと見渡すと、席などひとつもなく、皆体操座りをしていた。さすがにおかしいと感じながらも、右へならえで同じように座る。
いつもの駅で降りると…景色が違う。似て非なるのだ。いつもなら右へ行って左手にしている景色が、眼前の左手に広がっている。私の記憶はどうかしてしまったのだろうか。けれど迷っている時間もなく、躊躇いながら左へ進む。見慣れた風景がいつもと反対側に続く。
結果として会社へ辿り着いてしまった。ちなみにいつもと反対側にある。いや私がおかしいだけで、そんな気がしているだけかもしれない。

オフィスへ入るとあるはずの場所にデスクがなく、線対称の位置にあった。時計を見ると10時を過ぎていた。遅刻だと思い、上司へ説明しようと思うがどう言ったものかわからない。逡巡していると、同じ島の女性から声をかけられる。
「原さん、早いですね、まだ10時半にもなってないのに」
私は驚いて、どもりながら返事をした。
「そ、そうかね」
するとその女性は近寄ってきて言いながら、私の服装を直し始めた。
「やだあ、急いで来られたんですか?全然間に合うのに。ネクタイ逆さまですよ。それにボタンもかけ違ってるし」
そう言って直されたネクタイは、まるでサスペンスで後ろから首を締められるかのようだったし、ボタンは全部1つずつずらされて、窮屈で着づらい。
直してくれた彼女を見ても、同じようにブラウスのボタンがかけ違っているし、靴も左右逆にはいている。
混乱しながら聞く。
「私のいつもの出勤時間は何時だったかな」
彼女は変な顔をしながら教えてくれる。
「11時15分からですよ」
「すまないがそれまで休むよ」
そこで彼女はすまなそうな顔をする。
「ご体調悪かったんですね。起こしますからゆっくりしててください」
私は机に突っ伏して休んだ。

体感としては1時間ほど経った頃だろうか。
「原くん、原くん」
誰かにゆり起こされる。
「は、もう11時くらいかな…」
ぼんやり時計を見ていると、上司からどやされる。
「そうだ11時だ。勤務中に突っ伏して寝るなんていい度胸をしているじゃないか」
ぼんやりとした頭で辺りを見渡すと、席はいつもの場所にあった。
「あれ、デスクが勝手に…」
「勝手に動くわけがないだろう、さっさと目を覚ましたまえ」
そしてさっき服装を治してくれた女性社員が、同僚とともにくすくす笑っている。
ネクタイとボタンを触ってみる。あ、元に戻っている。
「よかったー」
安堵の声を上げると、ますます周りがバカにしたように笑った。


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