スーパームーンラブストーリー【ショートショート】

目を覚ますと月夜だった。カーテンを閉め忘れている。圭吾は隣でぐっすり寝ている。白い月明かりが彼の顔を照らしていた。くしゅん。まだ夜は肌寒い。毛布をかけ直して再び眠りについた。

「きゃっ…」
別の部署に届け物に行く途中、出会い頭に誰かとぶつかった。私は弾みで尻餅をついた。
「ごめんね、大丈夫?」
手を差し出され、立ち上がる。
「ええ。すみません、私が前をよく見てなくて、本当にすみません……って、立川さん!」
「え?ああ…」
立川圭吾は驚いていた。それが私と圭吾の出会いだった。

その夜、圭吾がお詫びをしたいと言うので食事へ行った。その後、呆気なくそういう関係になった。だって私は圭吾に憧れていたから。
圭吾は社内でナンバーワンと言えるほどに、女子から人気があった。仕事ができて、爽やかで、整った容姿。しかもそれを気取らず誰にでも笑顔で接した。
かたや私は社内でも特に地味な方で、圭吾は私とぶつかるまで、私のことなど知らなかったはずだ。
だから、こんな関係が続いていても、私は何人かのうちの一人なんだろうと、けっして自惚れることはなかった。

ある日の会社からの帰り道、私はバッタリと圭吾に出会った。彼は女性と一緒だった。あの人知ってる、総務の中井さんだ。
「あ、美月、これは、いや、その…」
圭吾は慌てた。
「どうしたんですか?立川さん、中井さんとデートですか?」
私は屈託なく言ってみせた。どうってことない。だって元々大勢の中の一人で、私は彼女のわけじゃない。
「楽しんできてくださいね」
笑顔で去った。ズキン。胸が痛んだ。けれど私はそれを自分に隠した。どうってことない。彼は私のものじゃないんだから。

その晩、圭吾から連絡があった。
「どうしたの?今日はデートじゃないの?」
「彼女は、帰り道にバッタリ会っただけだよ。…今から迎えに行くから」

「どこへいくの?」
「いいから」
圭吾ははぐらかした。私もそれ以上聞かなかった。
車は都心をあっさり抜け、どんどん山の方へ向かっていく。夕飯でも食べに行くのかと思っていた。どこへ向かっているんだろう。
とうとう車はドライブコースのようなところに入った。暗い木のトンネルを通るときは、少し不気味だった。
「着いたよ。降りて」
圭吾は先に降りてしまった。私もしかたなく降りる。
「こんなところへ何しに…」
「見てごらん、美月」
彼の指差す方を見ると木の影から月が見える。
「わあー、すごい!」
「今日はスーパームーンなんだよ、これをここで見せたくて…」
圭吾は言い淀んだ。
「美月、ごめんな。けど、さっきも言ったとおり、たまたま中井さんと会って…」
「え?何?別に何も怒ってないわよ。だって私は大勢のうちの一人だって分かってるから」
ぐうの音を止めた、と思った。図星をついたから。けれど圭吾は違った。
圭吾は私をぐいっと引き寄せると抱き締めた。
「い…た……い、なんで?…なんで抱きしめるの?」
「美月が好きだからだよ。もう、離したくないから。誰のものにもしたくないから」
「なんで…なんでよ?あなたにはほかに女の子いっぱいいるんじゃ…」
「それは誤解だよ」
圭吾は一旦体を離すと、私の顔をじいっと見て言った。
「俺はずっと、美月のことだけを見てきた。初めて食事行った日も、とても嬉しかった」
「うそ…うそよ、そんなの」
圭吾は私をもう一度抱き締めて言った。
「俺は美月のことしか愛さないし、美月とずっとそばにいたいと思うよ」
圭吾はポケットから指輪を取り出した。
「美月、結婚してくれないか」
「え?そんな…」
そんな…そんなことありえるはずがないのに。なんでこんな…。私が動揺している間に指輪をはめられてしまっていた。
「よかったぁ。美月が寝てる間に測っておいたんだよ」
圭吾はニコッと笑って言った。
「じゃあ、結婚してくれるね?」
私はうなづいた。まだ夢を見てるようでピンと来ないけれど。
「俺、このスーパームーンに誓って、美月のこと幸せにするよ」
私もつりこまれて笑ってしまった。
「わかった。一緒に幸せになろう」

あの白い月明かりに照らされてた圭吾は、別の人のところへ帰るんだと思ってた。
けど、今、このスーパームーンは二人で見ている。
この月が勇気をくれたから、二人でやってみようと思う。

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