便利すぎる世の中【ショートショート】

午前7時半。ベッドに揺さぶられながら起床。オキテクダサイ。キショウノジカンデスヨ。オキテクダサイ。ベッドの枕元から流れるアナウンスを止める。
昨晩、疲れてそのまま寝てしまったので、風呂に入る。裸になって、部屋の隅の小部屋に入る。昔あった、部屋置きのシャワーのような大きさだ。パジャマは脱ぎ捨てておいても良い。自動洗濯機が拾い上げて洗っておいてくれるからだ。バスルームに入りボタンを押す。すると化学分解が起きて汗も垢も落としてくれる。すぐに全身ピカピカだ。
濡れることはないので、そのまま服を着る。今日はこれとこれを着よう。タッチパネルで登録済みの服を選ぶと、クローゼットから自動で運ばれてくる。あれ?履こうと思ったズボンが欠品になっている。どうやら自動洗濯機に洗われてしまったらしい。
自動洗濯機は、ロボットが汚れ物を検知し自動的に洗濯機へ持っていき、洗ってくれる仕組みだ。時々、今日のように勝手に洗われてしまって着られないということがある。新品同様にピカピカにしてくれるが、少し時間がかかるのがたまにキズである。自動入浴機が一瞬で終わるのだから、こちらももっと早く洗濯できてもいいのに。
昔流行った自動掃除機は、今では棚やテーブルの上までキレイにしてくれるようになった。
朝食は、好みをタッチパネルに入力すると、自動で出てくる。今日は洋食にしようか。卵はスクランブルエッグ、ベーコンはカリカリで。食材は、予算と好みに合わせて、最安値の店から自動調達しておいてくれる。
食事をしたら歯磨きだ。自動歯磨き機は、優しく歯を磨き、フッ素塗布をし、最後に虫歯チェックまでしてくれる。キョウハ、イッポンノムシバガミツカリマシタ。ハイシャノヨヤクヲシマショウカ。明日の夕方の歯科の予約までばっちりだ。
エレベーターで地下駐車場へ降り、自動車に乗る。職場にセットして、と。これで職場まで安全に自動運転してくれる。事故も煽り運転もなしだ。着くまで少し休もうか。
ピピーピピー。到着しました。もう着いたのか。今日はすいていたのかな。
私の職場は病院だ。院内へ入るためには、ボディチェックを受ける。体温、脈拍、心電図、脳波まで…。ただし一瞬で終わるので、苦ではない。オワリマシタ。モンダイアリマセン。
今日は第一診察室か。診察室に入ると、白衣が飛んできて装着される。聴診器や血圧計なども準備されている。
ソロソロ、シンサツカイシデス。もう9時か。促されて我にかえる。
1バンノカタ、ドウゾー。ロボナースが患者を順番に呼んでくる。マズハネツヲハカリマショウ。患者に体温計を渡す。その間血圧を測る。血圧は平常、脈が少し早い。あとは念のために聴診。熱は37度7分ある。オクデ、サイケツヲオコナイマス。採血の内容もロボナースの判断で十分だ。
私は必要なんだろうかと思う。カルテもロボナースがクラークロボと協力してつけてくれる。昔はナースもクラークも人間だったが、ロボで十分だとのことで、いつからか変わった。
医者の仕事もそろそろなくなる。手術なんかはダヴィンチ候優秀なロボが揃っている。私のような見立ても、十分できるほどデータを集積している機械があるらしい。その機械は高いので、なかなか入ってこないが、そいつがきたら私は用無しになるのだ。
何しろロボットのほうが、手術にせよ見立てにせよ失敗が少ないのだから、人間の立つ瀬はない。
事務処理や予約の受付なんかもお手の物だ。病院の受付からは人がいなくなってしまった。よその会社でも、機会を動かす数人のオペレーターだけになり、事務所も小さなところへ移転しているパターンが多い。
仕事が終わり、帰りもゲートで体温等を測られながら、ふと映画でも見に行こうかと思う。
自動車に乗り、いつも行く映画館の名前をセットすると、住所等を示し、コチラデヨロシイデスカ?と聞いてくるのでOKを押す。
エイガカンヘイクマエニ、コチラハイカガデショウカ?とCMが入るが無視をする。自分のよく行く場所や購入履歴でリコメンドが出るのは昔からだったが、監視されているような気がしてならない。
映画館についた。自動発券機でチケットを買った。ポップコーンでも買っていこうか。タッチパネルで、ポップコーンを選ぶと、機械がスコップでよそいシーズニングもかけてくれる。ジュースも買った。
よそは分からないが、ここは無人の映画館だ。もぎりも無人、映写も機械が行っている。
映画はVRゴーグルをつけて360度の風景を楽しむこともできるが、私は酔いやすいため、昔ながらの映像で見ていた。そのため、映画を見ている間は、まるで何十年も昔に戻ったかのような気分になっていた。
映画が終わり車に乗り込む。ついつい運転席に乗ろうとしていた。もうそんな必要ないのに。
タッチパネルで自宅へセットする。
街明かりをぼんやりと眺めながら、便利すぎる世の中に対して、少しだけセンチメンタルになっていた。

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