正義の果て【ショートショート】
正義の味方は、便利なものをもらった。
切り替えスイッチのようなものだ。
気に入らない‥おっと、悪事を働くものは、消すなりミュートするなりしてしまえばいい。
む!タバコのポイ捨てか!こいつは即消しだな!私がボタンを押すと、その男は一瞬にして消えた。
電車に乗った。女子高生たちが同級生の悪口を大声で話しているのが耳障りだ。よし、ミュートしてやる。これで彼女たちは私の視界には入ってこない。
電車の座席に靴のまま子供を登らせて平気な顔をしている親は、削除!あ、親が消えて子供は不安がって泣いている。しかしこれは私のせいではない、子供はミュート!これで静かになった。
エスカレーターを駆け下りるサラリーマンにドンとぶつかられた。謝りもせず駆け降りていく。これは消去だな。パッとそのサラリーマンが消えた。
街から沢山の人が消え、騒ぎになった。テレビでもネット上でもパニックだ。消えた人を泣き叫びながら探している人もいる。残った人は、自分がどうしたら消えないのか怯えている。専門家たちは、ああでもないこうでないと意見を述べるが、解決への糸口は見つからない。それはそうだろう、一人の男の持つスイッチが、まさかそんな現象を引き起こしているなんて思い至るわけがない。
私は得意になって、次の日も街の正義にそぐわないものを消していった。
あおり運転、飛び出し自転車、行列の割り込み、パワハラ、マウント‥エンドレスで消していった。
一週間後、その県の人口は私一人になっていた。
ちなみに削除された人は別の星で快適な暮らしを始めているらしい。ミュート中の人もそちらへ移住始めているらしい。その星は地球よりも潤沢な資源があって住みやすいらしい。
私は‥インフラも何もかもなくなったこの星から脱出するか、せめて他の県への転入をと思って届けを出しているのだが、それがなぜか通らない。
食糧はいつまで持つだろう。私はそんな不安と孤独と戦いながら生きている。