ミコノス
あるボーカリストの曲に憧れて、ミコノス島へやって来た。
エメラルドグリーンの海。青い屋根、真っ白な壁。その間に続く小路。何度通っても迷子になりそうに入り組んでいる。でも大丈夫。島はそんなに大きくないから、すぐに海に出ることができる。海に出たら道を間違ったことが分かるから、引き返せばいい。
波打ち際になぜかいるペリカンを見ながら、海辺の食堂でムサカを食べた。じゃがいもやナスの入ったグラタンのような料理だ。
この島は猫が多い。人よりも猫のほうが多いのではないか。茶色い猫、白い猫、毛の長い猫。様々な猫がいる。猫はミコノスの風景にすっかり溶け込んでいた。
しかし、違和感のある猫を発見した。黒猫なのだが、魔法使いのとんがり帽子をかぶり、二足歩行で走っていく。
僕はムサカのお題を払うと、急いで帽子の黒猫を追いかけた。なんとか角を曲がる前で追いついた。
猫は、トテトテと走っていく。どこまでいくんだ?と思ったとき、ひょいと裏路地へ曲がり、危うく見失いそうになった僕は、急いで後を追ってその角を曲がった。
「わっ」
驚いて声を上げたのは、僕だけでなく猫の方もだった。
「え!しゃべった?」
曲がった途端に現れた、黒い建物にも驚いたが、それ以上に猫の喋ることに驚いた。
「見つかったか…」
猫は罰が悪そうに言ったが、観念したように
「まあよい、そこへ座れ」
と部屋の奥にあるソファをすすめた。
「私は忙しいから、そこで見ておるが良い」
何が始まるんだろう?白い町並みの中の黒い不気味な建物。喋る猫。気味悪さはあったが好奇心のほうが勝ち、僕はソファに腰を下ろした。
猫は大鍋の前に立ち、うんにゃかにゃかにゃかと、何やら唱えはじめた。それから、テーブルの上に置いてある、草やイモリの乾したのや、見ても分けのわからないものなど様々なものを鍋に入れ始めた。鍋はものすごい熱さで煮えくり返っているようで、ぶくぶく言っていた。
猫は熱さに耐えながら鍋をかき混ぜ、ある程度煮えると「よしできた」と言った。
「お主この辺のものじゃないな」
一段落ついた猫が話しかけてきた。
「そうです。日本からきました」
「ほう、日本とはまた遠くから。東の果にあると聞いたことがある」
とてもかわいがる雰囲気の猫ではなかったから、思わず敬語で話してしまった。
「わしの姿が見えるとは、お主、なかなかの力の持ち主じゃのう」
猫は本当に感心している様子だった。
「遠い国からやってきた記念に、これをやろうか」
引き出しからペンダントを出してきた。ガラスのような石のような、この島の海のようなエメラルドグリーンのものがついている。
「わぁ…きれいだ…」
受け取って日に透かして見てみた。
「お守りじゃよ。持っていくといい」
僕は猫に礼を言い、その建物から出ると、すぐ目の前にはペリカンのいた浜辺が広がっているのだった。振り返っても、黒い館も猫の姿もなかった。
その夜海辺のバーへ行った。ペンダントのことは誰にも話していなかった。なんとなく話してはいけない雰囲気を感じたからだ。テラスのテーブルで、眼前の海を前にペンダントをしげしげと眺めた。
そのときすぐ近くで魚がはねた。と思ったらイルカだった。こんな岸辺までイルカが?と思った瞬間、ペンダントが引き寄せられていき、イルカの首にかかってしまった。あっという間もなく、イルカは海へと沈んでいった。
きっとあのペンダントは、海へ還るものだったんだろう。だってあの石ともガラスともつかないものは、海の色をしていたから。
そのとき、暗い海の一点が、エメラルドクリーンにピカッと光った気がした。
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