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さぁ気負わずに再開だ。。。

朝出社すると怒号が飛び交っている。。正確に言うと社長の怒号だけがせまい会議室に響き渡っている。。ギュウギュウに押し込められた従業員はなすすべもなく「早く終わらねえかなぁ。。」と誰もが感じている。
そんな職場に見切りをつけたのが2021年の夏でした。。

会社の総務に辞めると告げた時の緊張感と高揚感。。その後、会社を後にして懇意にしている取引先の社長さんから「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる状態では前に進まない。今はアクセルだけ踏み込むべきだ。」と池袋のインド料理をごちそうになりながら激励されました。。

あの夏の日から時が巡り、2023年の夏が過ぎさろうとしています。暑さ寒さも彼岸までとはいいますが、お彼岸過ぎても今年は暑さは続きそうです。
私は現在55歳ですが、あの夏の日時点では53歳でした。50代の転職は厳しい事はわかっていましたが、自分がここまで追い込まれる事がわかっていたなばら自分を曲げてでも会社にしがみつき時を待ったと思います。
転職活動はしていたので良いオファーが来るのを静かに息をひそめて待ったと思います。

その点では私の行動は浅はかでした。。もしもタイムマシンで過去に戻れるならば「ちょっと待て」と声を大にしていいたいです。
それを言ってしまうと家を買うときも「ちょっと待て」だし、結婚するときも「ちょっと待て」なんです。人生の大きな決断は全て「ちょっと待て」です。

現実にそんなことはないはずですが、同時並行世界ではもう一つのアナザーストーリーがある。。と思い描かずにはおれません。。。

以前にあるコーチの方に自身の置かれたパワハラ禍の現状を相談したところ「どこでもいいから空いている扉に入るしかないね」と言われ、目の前の扉を叩き続けました。おそらく150くらいのドアを(^^)。。再就職の扉は固く閉ざされ、まるで聖書の中の一節?「他で通用するキャリアのない50代が転職をするよりも、らくだが針の穴を通るほうがやさしい」を地で行くようでした。

退職の猶予は2021年末まで、その間に次の扉を開けねばなりません。本当だったら2021年の夏の扉をフレッシュに開けたら良かったのですが

残念ながらいつの間にか秋風が吹くようになり冬も近づいてくると、ひたひたと迫る無職の影に怯えるようになります。
この頃から精神の病みが始まります。。起死回生を狙って縋った出雲大社の参拝ツアーでしたが、当然ながらそのようなものですぐに現状が打開されるはずもなく参拝ツアー直前に面接をした会社からお断りのメールが届きました。

年末も近くなるといよいよ心配が心を支配するようになり、思い悩み首から肩のコリが取れません。。この時に遠隔で受けたヒーリングの恩恵を今も忘れられないのですが寝ていると不思議と安堵感に包まれ首の緊張が取れるのがわかりました。。今もこの施術者の方とは接点があります。。

退職日を1月伸ばしてもらい晴れて?2022年の1月15日にトータル17年お世話になった会社を離職しました。良い時も悪い時もあり、社名変更や合併もあり、まさかのパワハラに見舞われたのは合併後の事でした。辞めるまでの3年間は本当に地獄でした。
しかしながら、サラリーマンは残るも地獄。辞めるも地獄なのである。。次回はその地獄にハルマサと付き合ってもらう。





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