日記107 50年代後半の安部公房

 安部公房の作品を、新潮文庫の番号順に読んでいる。いまは『第四間氷期』の初めのほうだが、作風に少し傾向が見える。
 新潮文庫に収められている、5までの作品は以下の通り。

 1. 『他人の顔』
 2. 『壁』
 3. 『けものたちは故郷をめざす』
 4. 『飢餓同盟』
 5. 『第四間氷期』

 このうち、『他人の顔』は60年代に書かれたもので、3〜5の3長編はいずれも50年代後半に書かれたものである。
 この3編を読んで感じたのは、他の年代のものと比べて、かなり読みやすさを意識しているということである。それはすなわち、大衆小説の側に接近している、ということである。
 『けものたち〜』に関しては、いくらかその色は薄いものの、『飢餓同盟』及び『第四間氷期』にしてみればそれは顕著である。金石範『万徳幽霊奇譚』が芥川賞候補になった際、その語りが直木賞的と言われていたのを聞いてへーと思ったものだが、まさにその『万徳幽霊奇譚』的な語りが、50年代後半の安部公房の長編には見られる。物語が、作者の展開するテンポの良い文体に載せられて進み、しばしば回想が挿しこまれ、一個の完成した語り・・のなかにすべての出来事が閉じこめられる。そこから現実を揺るがしては来ないので、読者は安心して読むことができるが、安部が特に初期によく書いた寓話的な作品というのも、ここに含まれるように思われる。
 『他人の顔』や『砂の女』以降の、内省的かつ実存的な語りや、淡々と論理を重ね、端的に綴る語りはここには見出し難い。鳥羽耕史らがおそらくすでに指摘しているだろうが、この後、60年前後に安部の転回点があることはほぼ疑いないと思われる。

(2024.1.4)

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