日記73 デイダラボッチ

 弥縫策の掌編です。

 いつもの時間に目が覚めたのに寝室がなんだか薄暗かったので、どうかしたんだろうかと思って寝ぼけ眼のまま体を起こして窓の外を見てみると、南東にある小丘陵の連なっているあたりに、デイダラボッチが立ちあがって山々をどうにかしようとしていた。上体をこごめ、山の上で両手を浮かせ、子どもが駄菓子の詰まった箱から1個だけ選ぼうとしているみたいに迷っている。ははん、あいつ、また何か企んでいるな。このあいだは、大量の水を小丘陵のあいだに溜めて水遊びをし、あたり一面を水浸しにしてしまったし、10年ちょっと前にはごみ処理場の煙突を折ってタバコの真似事をし、その復旧まで市のゴミ回収は支障を来てしていた。
 当分迷っていそうなので顔を洗い、お茶をもって寝室に戻ると、何かを決めたようでデイダラボッチは小丘陵のひとつに大きな両腕を伸ばした。ところで何をするつもりだろうと思っていると、デイダラボッチは山をむんずと摑み、ぐらぐら揺さぶって引っこ抜いてしまった。山って抜けるものなんだと驚いて、私はつい「あっ」と声を出した。デイダラボッチは引き抜いた山の裏を見たりこつこつ叩くなどして検分したのち、隣にあった山の上に載せた。山はゆらゆら不安定でありつつも、崩れることなくやじろべえのように座った。デイダラボッチはもうひとつ山を積もうと、こんどは手刀で底を切り取る動きも交えて山を地面から分離させ、さっき積んだ山の上に載せた。いちだんと揺れは大きくなったがまだ崩れない。その山の足元には、打ち捨てられた広大な資材置き場があった。放棄されたユンボやトラック、ブルドーザーなどが錆びついていた。
 気分を良くしてもうひとつ山を引き抜いてきたデイダラボッチは、さらに山を重ねた。だがいよいよバランスを取れなくなり、せっかく積んだ山の山が崩れ、ぼろぼろと大きな土塊になってあたりに散らばった。そのうちのいくつかは住宅のほうにまで転がり、屋根や壁を壊していった。崩れた山に立腹し、デイダラボッチは土にまみれたユンボ等を投げはじめた。危ない!
 小学校のグラウンドや菖蒲池、病院の奥の雑木林や図書館脇の田んぼなどにそれらは落ち、大きな音を立てて土などをまき散らした。近隣の幼稚園からは悲鳴が聞こえる。避難を始めることだろう。
 私も逃げたほうがいいかな、と思いはじめた。そのとき、デイダラボッチが投げたトラックが、私のほうに飛んできた。さっきまでの呑気さはすぐに固まって、トラックがやってくるのを待つしかできない。ぶつかる――
 しかしトラックはわが家の頭上を越え、背後のどこかに落ちた遠くはない。家に落ちたか、雑木林に落ちたかわからない。だが私のもとには落ちなかった。それしか考えられなかった。
 デイダラボッチは飽きたようで、そのまま小丘陵の(だった)あいだに寝転がってすねてしまった。いままでは小丘陵で隠れていた尻が見えるようになっていた。4階建てのマンションを摑めるくらい大きな手で、野球のダイヤモンドほどもある右の尻を搔いていた。

(2023.11.2)

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