見出し画像

25.原作者と脚本家、二人のクリエイターの葛藤とダイアローグ(後編)

【推しの子】の東京ブレイドでは、49話で原作者のアビコ先生が脚本家のGOAとオンライン上で「対話」することができたからこそ、東京ブレイドの劇が日の目を見ることができました。そこにはさらなる悩みのタネが出てきましたが…

対話とファシリテーター

色んな意味でギリギリの状態での対話だったため、雷田が「鬼が出るか蛇が出るか」という一か八かの状況になり、有馬かな曰く「役者の演技に全投げのとんでもないキラーパス脚本」ができあがりました。もしここで、その二人のクリエイターの間に、二人の邪魔にならないような存在、つまりファシリテーター*がいれば、またそれも変わっていたかもしれません。

*ファシリテーターとは、リーダーとして場をリードするのではなく、参加者が自由に発言できるように、その場を守り参加者の発言を促す役割。不適切な行動や発言がなされた時にのみ介入する。

オープンダイアローグという対話の方法

筆者がフィンランドで学んできた「オープンダイアローグ」という対話のアプローチがあります。オープンダイアローグでは、1980年代からフィンランドの西ラップランドという地域で「地域精神医療」として行われてきた取り組みです。従来の医師をトップとして、他の医療従事者や福祉従事者がそれにただ従うだけになるのではなく、医師も含めた支援者や患者さん、そのご家族が一同に会して、自分の持っている考えをI message(「私は〜と思う」という話し方。「あなたは〜だ」とは言わない)で安全で安心できる場で対話をします。

その対話はおよそ90分程度行われますが、それぞれが納得できるようなところまでたどり着いてなければ、翌日や翌々日など近い日付で対話の続きが行われます。このような対話が行われていくことで、精神科病院の病床数やお薬の量は減り、住民は地域で暮らしていきやすくなりました。そのような1980年代から行われてきた実践が、2010年代になって国際的に注目されるようになり、日本にもその波が押し寄せてきたというわけです。

アンティシペーション・ダイアローグという方法

伝言ゲームということは、色んな場において生じうることです。福祉や教育、精神医療の場でも同じようなことは起きています。

推しの子45話より

フィンランドでオープンダイアローグとともに生まれた「アンティシペーション・ダイアローグ」では、同じ対象者(被支援者)を支援するために、いろんな立場からの意見が衝突したり、伝言ゲームになってしまったりすることで、肝心の支援が進まなくなってしまうことを防ぐために、特殊な対話形式を用いています。

上記で紹介した「オープンダイアローグ」でもそうですが、「話すこと(話している時間)」と「聞くこと(他者の話を聴いている時間)」を明確に分けることで、それぞれの立場からの意見をしっかり聴ける(聴いてもらえる)安全で安心できる場を作ります。

その上で、アンティシペーション・ダイアローグでは、まず間にファシリテーターが入り、それぞれの支援者たちは「I message(私は〜で始まる話し方)」で、「take up one's worry(自分自身の心配事を取り上げる)」ということを行っていきます。「(対象者(被支援者)の)ここが問題だ」「ここが困る」と言うのではなくて、あくまで「私が」心配しているという形式で、皆がその対象者(被支援者)に関する心配事を語っていきます。

つまり心配しているのは支援者の側で、その心配を持つ支援者を支えるために、他の支援者たちが一緒に話し合うといういつもと違った話し合い方を行うのです。そのことによって、互いの考えを否定し合ったり揉めたりすることが少なくなり、本当に対象者(被支援者)にとってどうするべきかという点について、支援者同士が手を取り合いやすくなります。

クリエイター同士の対話

さて、話を【推しの子】に戻しましょう。
誰か偉い人がトップダウンで決めていくのではなく、このようなクリエイター同士の対等な関係性の中で対話が行われることは、さらにクリエイティヴになり得ます。クリエイティヴというものには正解はなく、また時代や場所によっても評価されるものは大きく違いますので、「正解が導き出せる」とか「必ず売れる」というものではありません。
ですが、少なくともクリエイター同士が互いに恐れを抱かずに話し合って創り出せるということは、民主的で創造的な形であることは間違いないでしょう。

第3者が入ることで生まれるクリエイティヴィティ

対話はいつも当事者同士でうまくいくものとは限りません。そのために、全く利害関係のない第3者が、当事者やその家族等関係者(ここではクリエイター)の間にいて、見守ってくれることは、新たなクリエイティヴを生み出すことになるかもしれません。

【推しの子】では、東京ブレイドという演劇だけでなく、アイドル活動でもドラマや映画の制作においても、多数のクリエイターやアーティストが関わって一つのものを創り出す喜びが描かれています。今後、さらにクリエイターやアーティスト、そしてその関係者が安心して素敵なものを生み出していけるような、そんな現場が増えていけばと願っています。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?