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fate(4)


 3日目、合宿の最終日。朝食を食べたら、荷物をスタジオに運び、一同は豊夫妻のもとを去ることになる。この場所で食べる最後の朝食。そう考えると涼は少々センチメンタルな気分になった。
 朝帰りの潤は、やたらと機嫌がよく、朝食を平らげるのもあっという間だ。一方で、彼の直後に帰ってきた悟と透のコンビは、粋がってみても所詮未成年だった。専門学校生と同じ勢いで呑んで、すっかり酔いつぶれてしまった。2人ともまるで食欲がなく、ぐったりしている。悟は頭が痛いと言いながらも何とか食事を平らげたが、透はほんの少し食べただけで残し、「少し寝るわ」と、足取りも頼りなく、雑魚寝部屋に戻っていってしまった。

 透が元気を取り戻すのを待ってから、4人は豊夫妻に別れを告げ、スタジオに向かった。
 そこで涼は早速、昨晩書き上げた歌詞をメンバーに見せた。反応は上々だった。
 潤が調子に乗って「だれへの想いを込めたのかな~?」と、涼の顔を覗き込みながら、ニヤニヤして訊ねてきた。ここは早速仕返しとばかりに、涼は「そういう潤は、昨日からどこをほっつき歩いているのかな~?」と、痛いところを突いてやった。
 女々しくもじもじと照れている潤を見るのが辛い。涼は昨晩を思い出した。

 詞を書き上げて、推敲まで終えたのは、日付が変わる少し前だった。雑魚寝部屋の中はずっと涼ひとりで、他の面々は帰ってくる気配もない。
 海から早めに引き上げた昼間、涼はスタジオに立ち寄り、ゴミ箱の中から、以前に利用した客の誰かが捨てた、グラビア雑誌を丸めた束と、その中に入っていた新宿二丁目発行のフリーペーパーを引っ張り出して、コンビニの袋に突っ込み、密かに持って帰ってきた。
 フリーペーパーを開き、涼はそこに載っている男たちを眺めた。ギャル男タイプ、ヴィジュアル系タイプ、マッチョタイプ、オタクタイプ・・・・・・多種多様な男たちの中に、自分が興味をもつ男がいるかどうかを確かめたかった。どこかで、自分の正体を知ろう、自分をカテゴライズしようとでも思っていたのだろう。しかし駄目だった。悟や透が浴衣から手足を出して寝ていようと、風呂で裸を晒していようと、何とも思わないのと同じだった。
 グラビア雑誌に載っていた水着姿やショーツ1枚の女たちのほうが、涼の欲情を誘った。涼は髪が長くて年上で大人っぽい女性が好きだった。だから礼名にもある程度の好意を持った。
 でも、それだけだ。潤に対して抱くようになった、鳥肌が立つようなときめき、堪えがたいほどの欲情、もっと話していたい、見つめていたい、一緒にいたいといった気持ち。そこまでの、切実な想いではないのだ。
 涼は不安になった。こんなこと、誰にも話せない。他の男に興味がないのでは、ゲイでもバイでもないのではないか。異性愛者のほんの気まぐれ。しかし、深刻すぎる気まぐれ。
 まして、バンドはプロを目指しているのだから、これからもずっと全員と顔を合わせる。潤本人とくっついても離れても、悟や透が涼の感情を知って遠のいていってもいけない。
 この感情は、完全に自分だけの中に隠し通さなければならない。バンドを守るためにも。


 歌詞が出来れば、後は各自が、歌詞に合わせてアレンジを調整し、全員で演奏を確認して、出来上がりだ。
 昼にそれを録音した。このデモは、バンド見本市を主催するスタッフに直接聞いてもらい、OKか否か、話し合いの材料として持って行く、重要なものだ。場合によってはそのままCDに収録されるかもしれない。
 以前ライヴで共演して仲良くなった、この街で暮らすバンドマンに録音を依頼し、4人は何十回も、歌い、弾き、叩いた。
 皆汗だくで、必死だった。たった1曲のために、全員が鬼の形相をしていたかもしれない。

いつの日か小説や文章で食べていくことを夢見て毎日頑張っています。いただいたサポートを執筆に活かします。