【小説】fate 1/5
2014年頃に一気に書いた音楽連作集「Songbook 90's」からもう一作、私のお気に入りの作品を公開します。
L'Arc-en-Cielのアルバム曲「fate」からイメージを得て書いた物語です。
前作とはかなり作風が変わり、私の執筆歴のなかでも少し異色作の部類です。
fate
inspired by this song:L’Arc-en-Ciel『fate』
「うおおおおお」
郵便配達員から直接手渡しで届いた自分宛の封筒の差出人名を見て、濱田悟(はまださとる)は身悶えしながら、2階の自室に向かう階段を駆け上がった。部屋には、彼がギタリストでリーダーも務めるバンド『Helter-Shelter(ヘルター・シェルター)』のメンバー一同が集まっている。
悟はレディオヘッドとブランキー・ジェット・シティを聴いてギターを始めた。ジョニー・グリーンウッドのような、ギターをギターとも思わないフリーキーなプレイにも憧れるし、ベンジーこと浅井健一のように、ギターをねじ伏せるように思いのままに弾きまくってもみたい。テレキャスとグレッチを使い分け、彼はその両方へと歩み寄る。普段はちゃらちゃら振る舞っているが、本当はかなりの実力派プレイヤーで、サウンドの要を担う重要人物だ。ギターや音楽への愛情と熱意は誰もかなわない。だからこそ彼がリーダーになったのだ。
「なんだ、なんだ」
悟の奇声と階段を上る慌ただしい音を聞いて、ヴォーカリストの水野涼(みずのりょう)は、うっとうしそうに眉間に皺を寄せた。1日1冊ペースで分厚い本を読破する超文学青年。前髪が目にかかるくらい長く、8:2で横に分けた、レトロでインテリじみた髪型をしている。「知的で退廃的」と謳われる、このバンドの世界観を体現するフロントマンである。80年代のニューウェーヴ周辺と90年代のオルタナティヴ・ロックを愛聴し、とりわけ、ジョイ・ディヴィジョンのイアン・カーティスに共鳴する、気難しく、少々根暗な感性の持ち主だ。
「えっ、でも、ポストじゃなくて悟に直接届くってことは、今来たのって、もしかすると、もしかするのか・・・・・・!?」
ドラマーの速水透(はやみとおる)が期待に震えだした。8つ年上の兄・豊(ゆたか)がベースをやっていて、彼に影響されてロックを聴くようになった。豊と一緒に、邦楽・洋楽問わずあらゆる音楽を聴き、2人で頻繁にセッションもした。ビートルズやオアシスといった、シンプルでメロディアスなイギリスのロックが好きだが、基本的に音楽ができれば何でも構わない。どっしり野太くも、一転して繊細にもプレイできる、適応力の高いドラマーである。
ベーシストの日向潤(ひゅうがじゅん)が、待ちきれず、「何が来た!?」と部屋のドアを開けると、皆の見守る中、悟は戸口で封筒を開けて、声に出して文書を読みあげた。半分も読まないうちに部屋に飛び込んできて、首を絞めんばかりに潤に抱きついて叫んだ。
「いよっしゃああああああ!『バンド見本市』のオーディション、通ったぞーーー!!」
「うわあああ!!」
すかさず透もふたりに便乗する。
「本当かよ?」
猜疑心の強い涼は、3人のハグの輪に加わらず、まだ警戒が解けない。
「だってこれは、オムニバスCDに参加して音源を世に出せる企画だ。騙されてるんじゃないのか? 高校生バンドでオーディションまで行ったのって、僕らだけじゃ・・・・・・」
「ったく、てめえはじれったい奴だな。それが通ったから、こうして騒いでんだろー」
相変わらずノリと飲み込みの悪い涼に苛立ちを感じ始めた悟は文書を涼に投げつけた。そうしながら、悟が潤の両腕を、透が両足を持ち、ふたりがかりで潤をベッドに投げ出した。
合格通知を全部読み、やっと状況を把握した涼は、この奇跡に、大きくわなないた。
「うおおおおおお」
そして彼らしくもない、獣のような声をあげて、ようやく皆の輪に加わった。
いつもの流れで、皆で潤をベッドに押し倒す。3人の重みが少しずつ潤にのしかかる。
「ファック!!」
潤は腹筋の力だけで勢いよく起き上がり、そばにいた悟と透はベッドの隅まで押し出された。一番後ろでそれとなく佇んでいただけの涼は、ふたりが飛ばされてきたあおりを受け、ベッドから転げ落ちた。高さのないベッドで良かった。
潤は女扱いすんじゃねえよと言うかわりに、鍛え上げた右腕に大きな力こぶを作って、これでもかと見せつけた。が、悟の両手が、ガードの緩くなった潤の腹部を捉え、今度はくすぐり作戦が始まる。たちまち笑い転げながら腹をかばう潤と、悟と透の連合軍との闘いの火ぶたが切って落とされた。
涼は彼らに呆れ果ててそっぽを向いた。悟の本棚のエロ雑誌やエロ漫画がギター関係の書籍や楽譜よりもはるかに多いのに改めて気づき、もう一度呆れて、深いため息をついた。
「ほらほら、潤ちゃん、そろそろ機嫌を直してよ」
闘いののち、悟は女の子を慰めるのと同じ口調で、潤にへこへこ頭を下げてへつらった。
「うっせ」
潤はスネたまま、悟の部屋に置かれたギターの1本を占領すると、6弦をピックでガリガリと削りながら「腕力にもの言わせ、今からこれ切るぞ」と悟を睨みつけて、彼を焦らせた。
潤は、姉、姉、姉、妹に囲まれた、徹底した女系家族で生まれ育ち、中性的な顔立ちをしている。子どもの頃は姉の服を着せられていた。小学校からの幼なじみである悟は、そういった経緯で潤を女の子扱いしてからかうのだが、潤本人としては当然本意ではなく、男らしく見えるように気を遣っている。ベリーショートをワックスとスプレーでツンツンに立てたり、黒いタンクトップにクラッシュジーンズを普段着にしたり、毎日筋トレに励んだり。
ステージ上での暴れ回りぶりに定評がある。跳ねる、駆ける、ぐるぐる回る、頭を激しく振る、最後にはベースを壊す。メンバーの中で最も同性ウケの良い男である。レコーディングよりもライヴが好き。潤にとってライヴは、呼吸と同じくらい自然な営みなのである。
「性格もすっかり色気がなくなって」
悟がぼやいた。彼はお坊ちゃんの生まれ育ちの上に一人っ子で、甘やかされ放題だ。だから楽器もアンプも高校生のくせに幾つも持っている。
彼らを困った顔で見守る透は、実際のリーダーである悟よりも、リーダー然として見える。
涼は3人に目もくれず、早速オムニバスCD用の曲を作ろうと、傍らにある悟の家用のストラトを手に取り、幾つかのコード進行を試し始めた。
「ベース貸せ」
潤が悟の隣をすり抜け、彼のベースへと手を伸ばした。それは丁度、涼の右隣にあった。涼はギターをアンプに繋いで、飄々と曲作りに打ち込んでいた。
潤が両手で悟のベースを掴まえた瞬間、潤の左手は側にあった涼の右手を掠めた。
ふたつの手の僅かな隙間に、突然、稲妻のような静電気が走った。
衝撃で、双方共に後方へのけぞった。
「バリッときたー」
潤が眉も目も額に届きそうなほど上げて、心底驚いた様子で言った。
涼も「ごめん」と反射的に謝った。
このときから、涼は不可思議な現象に悩まされることになる。先程ぶつかった潤の左手の感触が、涼の右手の甲を離れなくなった。骨張って、夏の暑さに汗ばみ、細身だと言われる涼よりもっと華奢な骨格をしていて、3歳下の妹のそれよりもきめ細かな、潤の左手。
感触を頭の中で反復するたびにイメージは膨張し、ひとり歩きした。
いつしか涼は潤自身に対して、慕情や欲情のような気持ちを抱くようになっている自分に気づいた。
2/5に続く
この新機軸を好きになっていただけるか・・・・・・私の作品のなかではだいぶポップな部類の作品です。
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2014年頃に、90年代のロックやポップスに触発されて12作の短編小説を書きました。そのいくつかをここに掲載します。しばらくしたら、数百円…
いつの日か小説や文章で食べていくことを夢見て毎日頑張っています。いただいたサポートを執筆に活かします。