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【こだわり農家見聞録~其の参~】イカリファーム(滋賀県近江八幡市)

皆さんこんにちは、
アサヒパック広報の小林です!

こちらは、日ごろ弊社製品をご愛顧いただく農家様の”想い”や”こだわり”を取材し、まとめた記事です。題して「こだわり農家見聞録」。

今回はその第三弾。お話を伺ったのはこちらのお客様です。

取材に快く応じてくださり、ありがとうございます!

株式会社イカリファーム
琵琶湖のほとり滋賀県近江八幡市で、米・麦・大豆を栽培する大型農業法人。200ヘクタールを超える経営面積を有し、ICT管理ツールやドローンなどの最新技術に加え、組織マネジメントを駆使して「人・地域・環境に優しい農業」を展開している。

日本の穀物事情改善を目指して


『僕の国、まだ餓死者いるよ。』

20年ほど前のこと、当時北京大学へ留学していた現イカリファーム代表の井狩篤士さんに同世代の留学生たちはそう話したそうだ。

井狩 口を揃えてみんな日本人に対してこう言うんですね『お前らは工業と農業をトレードオフしたんだ』って。『食料自給率40%台ってお前ら馬鹿なんじゃないのか、兵糧攻めで死ぬよ』って。貧しい国の子らもたくさんいたんで、言うことに重みがあるんですね。『屍を越えて国から学費もらって留学しているんだ』って…。


彼らの言葉が背中を押し、曰く「とても貧しい農家」だった実家を継ぐ形で農業の世界へとやってきた。ご自身は『本当は公務員になりたかったんです』と笑うが、それが俄には信じられないほどのスピードで事業拡大を続けている。
既存の価値観にとらわれず現状に「なぜ?」と問いかけ続ける井狩さんの戦略的思考は、日本の穀物事情改善の大きなヒントとなることだろう。

〜日本の米を守るために〜


米の消費が落ち込んでいる。

以前からの様々な要因が重なった結果ではあるが、2021年は特にコロナ禍による外食産業での消費減少がそれに拍車をかけたと言える。需要に対して供給過多のいわゆる「米あまり」状態で、それに伴う米価の下落は今後も続くと予想されている。

井狩 米が高く売れた時はほんとに米だけでよかったと思います。昔は今の2倍以上食べてましたからね。でも市場のニーズも変わってパン食が増えてきて、放っておいたらね、みんな小麦製品食べてるんですよ(笑)。


米から小麦へ…。これは特に若い世代で顕著に表れている傾向だろう。「炊飯の準備に手間がかかる」と感じる人が増えているなど理由は様々だが、食文化の多様化、選択肢の増加はそのまま「米の消費減少」へと繋がっている(※1)。だが反面、忙しい中でも手軽に準備できる麺類や菓子パンなどの小麦製品は消費を伸ばしており、こういった現状を踏まえた上で井狩さんはこう続ける。

※1:農林水産省 2020年米の消費動向に関する調査

井狩 お客さんが欲しいものに対して、こちらが供給するものを変える、バリアブルに変化し続けていくっていうのが大切だと思ってます。

日本においての米の適正価格に持っていきたいから、僕はあえてそう言ってる、というところもありますね。


米以外の作物の栽培量を増やす…。

これがイカリファーム流「日本の米を守る」ための取り組みだ。相反しているように聞こえるかもしれないが、そうすることで米専業農家の方々との競合を避け、少しでも米価を適正価格へ引き上げるという狙いがある。詳しくは後述するがイカリファームでは近年、実際に小麦の売り上げに占める割合が少しずつ増えているそうで、確かに世の中のニーズ、そして利益的な面からみてもこれは適切な判断だったと言って差し支えないだろう。

とはいえ、現在でも全体の半数以上の面積で米の栽培を続けており『こだわりのお米を美味しく食べて欲しい』という思いは昔から変わっていない。

インスタグラムのイカリファーム公式アカウントを覗いてみると、美味しそうな“ご飯のお供”が数多く投稿されており、この記事を執筆中の筆者も涎を抑えるのが大変なほどだった。


また、自慢の銘柄である「みずかがみ」「しきゆたか」は近江八幡市のふるさと納税返礼品としても大人気で、お米の消費拡大のため、こうした取り組みを日々続けている。

その時、その時代のニーズや需要を感じながら、生産者側がそれに合わせて栽培作物を少しずつ柔軟に変えていく…。早急に、というのはなかなかに難しいことだが、お米も需要に合わせて供給量を変化させることができれば、「日本の米を守る」、またひいては「米農家を守る」ということにも繋がっていくはずだ。

〜安全な国産小麦の安定供給を目指して〜


農林水産省が発表した2020年度のカロリーベース食料自給率は約37%。これは統計データが残る1965年以降過去最低で、主要先進国と比較しても圧倒的に低い数字だ(※2)。穀物の自給率を見てみると、米が98%なのに対し、小麦15%、大豆21%で、パンや麺類のほとんど、また日本の文化である味噌や醤油も、その原料の多くを海外に頼っている。

※2:農林水産省 令和2年度食料自給率について


この割合の算出方法や解釈に賛否があるのは承知の上だが、少なくとも「穀物自給率」が低いことは事実だろう。先述の留学生が指摘したとおり、輸入が滞った時にこの国は食糧危機に直面することになるかもしれない。

安全性という分野ではどうだろうか。
長期間の輸送に耐えられるように添加されるポストハーベスト農薬の問題は以前から指摘されているとおり、また輸入小麦は複数の品種が混ぜられていることがほとんどで、平たく言えば「何が入っているのか分からない」状態だ。

“安心して食べられる国産小麦を安定提供する”こと。これが、イカリファームが米とともに小麦栽培にも力を入れ始めたもう一つの理由となっている。

井狩 外国人の主要穀物にかける思いっていうのは尋常じゃないですよ。命を繋ぐ財源ですよ。下手をすれば命よりも価値があると思ってますよ。なくなったら詰むんですもん。日本人にその感覚はなかなか分からないですよね。


諸外国と日本の状況を比較し井狩さんはそう指摘する。

現在、イカリファームで栽培された小麦の多くは滋賀県の学校へ給食として提供されていて、子どもたちは安心してパンを頬張っている。利益という面でも申し分なく、コロナ禍の影響で米価が落ち込んでしまった中、それに代わって安定した収益をもたらしてくれている。

井狩 小麦って販売単価が安いから儲からないようなイメージをみんな持っているんだけど、補助金がその分ドンとカバーされるのと、投下する時間は米の4分の1くらいしか掛からないんですよ。売上が少なく見えるんだけど、投下されてる時間コストが少ないので、実は効率よく収益が上がるんですよね。

確かな品質で「安心して食べられる小麦」を。


ただ小麦には多くの参入障壁があるそうで、主なものでは

①一定の条件を満たし認可されなければ銘柄を名乗ることができず十分な補助金を受けられない
②製粉業者では都合上概ね100トン単位でなければ取り扱ってもらえない

などが挙げられる。

そこでイカリファームでは現在低温倉庫を建設中。これまでも県内の農家や法人から小麦を買付し一括で製粉できるよう取り組んできたが、今後はその規模を一層拡大していくつもりだ。

理想ではあるが、こういった仕組みを滋賀県だけではなく全国で整えていければ、米から小麦へ一部転作のハードルはグッと下がるだろうし、それによって、数年以内に離農を選択せざるを得ない状況にある米農家を救うこともできるかも知れない。転作自体に抵抗を感じる方々も少なくないとは思うが、世の中のニーズや現在の米価と比較しての利益、また穀物自給率向上のためにも、検討してみる価値は十分あるだろう。

〜農作物を育てるよりも人を育てる方が難しい〜

井狩 小さい時から親父は経営がうまくいってなかったんでイライラしてたんですね。で、状況が改善しない、前が明るくないので、僕は理不尽に怒られたり叩かれたりっていうのが結構あったもんで。あ、貧しいっていうのはこういうふうに心が荒むんだな、って思ったんです。で、家を継ぐ時に、そうならないように様にだけはしようと、少なくとも経営の改善、収支の改善は徹底しようと。

親父は頑張ってはいた、けれど『頑張り方』がどうも違うな、とは思ってました。


実家を継いだ際、井狩さんがまず取り組んだのが“流通・取引先の見直し”だった。始めてみると「これはおかしいな」と思えるところが次々見つかり、それを整理することで当時あった債務をなんと5年で償還してしまったそうだ。かかる経費や投下時間を細かく分析し、収益の最大化を図っていく。このころから農業が『すごく楽しくなってきた』という。

現在では自動車メーカーであるトヨタ式の「カイゼン」を採用。現場からのボトムアップを元に問題を洗い出してなるべく無駄をなくし、生産性の向上と働きやすい職場の実現に向けて、日々取り組んでいる。

整然と並べられる機材と工具


またイカリファームの経営理念として、

①安心安全な農産物・命と感動を一人一人にお届けする
②農作業の請負や農地保全を通して地域を守る
③循環型農業や地産地消・環境保全に取り組む

という3つを掲げており、地元と業界の発展そのものにもチャレンジしている。そんななかでも井狩さんがこれまで特に大切にしてきたこと、それは一緒に働く「社員」たちの存在だ。

井狩 設備投資なんかはお金をやりくりできればなんとかなるんだけど、人材育成だけは、今労働力が減っている中で、優秀な人材を採用して、教育し続けて回していくっていうのが、非常に難しくなってます。

みんな『見て覚えろ』なんですよ、結構そういう農家さん多いと思います。どんなにいい米が作れたり、農作物をたくさん収穫できても、人を育てられないんですよ。教師ではないので。だから、人を育てられる仕組みを導入しないと業界全体が終わってしまうね、っていう話で。


人材育成の取り組みとしてイカリファームでは「ジョブマップ」と呼ばれる制度を採用。業務を細かいところまで“可視化”し、社員それぞれの習熟度を一覧で確認できるようにしている。これにより、どんな業務があり、何を習得する必要があるのか、誰に聞けばいいのか、などが非常にわかりやすくなっている。

「ジョブマップ」で社員の業務を可視化


また「オープンブックマネジメント」つまり社員に対する業績報告も行い、日々の活動がどのような形で還元されているのか、しっかりと確認できるようにしている。こういったアプローチは一般企業レベルで十二分に通用するものだろう。

そして極め付け、社長である井狩さんはご自身が『トラクターには乗っちゃダメだ』と考えている。どういうことかというと、

井狩 (社長として)自分は一歩引いて俯瞰的に物事を見るっていう。いや、トラクター乗りながらできる人はいいですよ?でも、なかなかそれは難しい。

指導するのはいいですけど、あんまりずっといると、ね、社長っているだけでプレッシャーを与えてパワハラになるので(笑)。なるべく遠くから見て、危なかったことだけは言うけど、『あれができてない』とか『これができてない』とは絶対言わない。それは心がけてますね。


ある程度の売上があり、労働力も確保できていることが前提ではあるが、社員を信じて現場を任せるというこの決断は、次世代を育てるためにも大きな意味を持つことだろう。

さらには安全対策にも余念がない。どんな小さなことでも「ヒヤリ・ハット」の報告をしてもらい全員でそれを共有。そもそも事故は“絶対に発生するもの”と認識し、その発生率を下げる・再発を防止する・改善策を見つける、そのために時間も予算も出し惜しまない。

社員からすればこういった事象は失敗に起因するものが多いはずで、普通であれば報告を躊躇しがちだがイカリファームでは少々事情が違う。

井狩 失敗したら普通怒られたりすると思うんだけど、うちはあんまり怒らないんです。起きたものは仕方ないので再発を防止しようと、予め予見できることをみんなで共有しよう、という取り組みをしています。

怒るとダメです、人ってね。僕も嫌なんですけど辞めちゃいます。怒られる人からは離れようと思うので。叱られる人は仕方ないから聞くんですけどね、諭してもらえるので。諭すのと、一方的に怒鳴るのとは違う、この差なんですよね。

井狩さんご自身が『仕事は楽しい方が絶対にいい!』と話すとおり、こういった環境で働く社員の方々も、きっと日々を楽しんでおられることだろう。農業から離れる人が多い中でも離職者がほとんど出ていない、というのがその証拠だ。

今、日本の農業界にはまだまだ古臭い慣習や固定概念が残っている。そこに「なぜ?」と問いかけ、時代のニーズに合わせて柔軟に変化し、新しい人材を育成していく。これはまさに「農業改善」に他ならない。笑顔で突き進むイカリファームの更なる拡大を楽しみに待ちたい。

※本記事は弊社発行「こめすけ 42」に掲載の内容を加筆修正し、再構成したものです。
※取材は2021年11月に行いました。