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【エッセイ】かんづめ

 生まれてはじめて入院することになった。
 ちょっとした手術をするためだ。
 医師の丁寧な説明に、わたしはそうですか、はい、はい、と聞き分けよく頷いていたが、手術の内容を詳しく知ることはさほど重要だと思っていなかった。どうでもいいとさえ思っていた。
 だいたいわかったから、あとは良いように頼みます、と言ってしまいたかった。わたしが理解してもしなくても、医師は全力を尽くしてくれるだろう。執刀するのはあくまで医師なのだ。
 入院の期間は1週間前後と言われた。なんとも幅のある日程だが、勝手に4~5日であろうと見当をつけた。

 さて、準備である。
 旅行では、荷物を最小限にするのが常のわたしである。1泊なら着替えは持たないし、近ごろは化粧品も眉毛描くヤツだけでいいかーくらいの考えで、なるべく軽装で出かける。
 もし忘れ物をしても現地調達すれば良い。究極はサイフとケータイがあればなんとかなると思っている。
 ところが病院ではそうはいかないらしい。宿に泊まるときは不要であるタオルや箸まで持って行かねばならない。タオルだって、一枚ではだめだ。手を拭くやつ、風呂で使うやつ、体を拭くやつ、枕に敷くやつ、ざっと数えても4枚は要りそうだ。
 膨大な荷物を想像し、完全に心が折れた。しかも体調は全然悪くない。入院しないとダメかな、などと思い始める。
 入院の2日前になって、やっと重い腰を上げた。自分の日々の生活をなぞって持ち物リストを作り、なるべく普段使っているものを持っていく。買い足すものはほとんどなかった。
 用意したものを一度かばんの前に並べる。たたんで積んだタオルを見て、遠い記憶がよみがえってきた。

 姉の本棚にあった本だ。さくらももこの『もものかんづめ』だったと思う。
 当時、本を読む習慣がなかったわたしは、その本をめくって絵だけを眺めた。その中に、「かんづめの材料」と題して、ホテルにカンヅメになる際の持ち物が描いてあった。たたんだT シャツの絵が思い出される。
(すぐに『もものかんづめ』を手に取って確かめたいが、事情によりそれは叶わない。確認は退院後の楽しみにとっておくことにする。)
 そしてわたしは、今回の入院をカンヅメと題し、入院の準備を畏れ多くもかんづめの材料に見立てて行うことにした。これで荷造りのモチベーションを取り戻そうという作戦だ。

・雑誌2冊 ・文庫本3冊 ・タオル ・ティッシュ ・シャンプーリンス ・ボディーソープ ・下着、靴下、肌着 ・化粧水他 ・眉毛描くヤツ ・顔拭きシート ・ボディーシート ・割り箸 ・コップ ・歯ブラシ ・ドライヤー ・イヤホン ・筆記用具 ・充電器 ・サイフ ・ケータイ  、、、

 数回のつめ直しを経て荷造りは無事に終了した。やるだけのことはやったと思う。さくらももこ先生、ありがとうございました。
 準備が済んでしまえば、入院にも手術にも不安や心配はない。決められた時間に決められた場所に行くこと。忘れ物をしないこと。考えているのはそれくらいだ。あとは日常から離れることへの期待が少し。
 忘れないように、入院中のことも書き残しておこう。どうせ手術や入院生活について、色々な人に報告しなければならない。
 そして気が早いようだが、退院後には必ずかんづめの記憶の真偽を確かめよう。
 ひとまず、カンヅメ(という名の入院)が少し楽しみになった。

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朝日 ね子
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