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【エッセイ】これが世に言う

 職場で外線電話をとった。鳴ったと同時に手が反射で動くから、受話器を耳に当てながらディスプレイを確認する。非通知と表示されていた。
「○○です」
 相手は何も言わない。
「もしもし、○○です」
 やっぱり相手は何も言わない。
 いや、とても遠くで何かをつぶやくような気配がする。しかし、聞き取ることはできない。
「もしもし、お電話が遠いようですが、」
 ねばってみると、相手はまた遠くでつぶやくようにごにょ、と何かを言った。やっぱり聞き取れない。
「なにか、お問い合わせでしょうか」
 問いかけながら、音量を最大にする。
「****」
 やっと聞こえた言葉は、辞書で引いたような卑猥な言葉だった。
 しかし、わたしが動揺するようなレベルの言葉ではない。動揺するどころか、ちょっと笑いそうになってしまった。
 ははん、これが世に言う不審電話か。だからわざと聞き取りにくく言ってたってわけね。
「申し訳ありません、聞き取れなかったので、もう一度お願いできますでしょうか」
 本当はがっちり聞こえてたけどね、と思いながら言うと、相手は無言のうちに電話を切った。
 なんだよ、張り合いないな。物足りなさを感じつつ、初めての不審電話の一部始終を上司に報告した。たぶん、その時のわたしはちょっと嬉しそうだったと思う。不謹慎、不謹慎。
 しかし今回の卑猥な言葉、イマドキの若い女の子には意味が通じないかもしれないよ。なにしろ最近めっきり聞かない言葉だ。後になってそのように思い至り、相手がわたしで良かったね、と非通知電話の相手に言ってあげたい気持ちになった。
(相手の気持ちはまったくわからないが、せっかく言った卑猥な言葉も、相手に意味が通じなければ意味が無かろう)

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