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新鑑真号で出会ったKさんの10年以上に及ぶ放浪の終わりと「人生最後の笑顔」【映画監督・石井裕也連載】

第1回「新鑑真号」

 新鑑真号をご存じだろうか。大阪、神戸と上海をつなぐ定期フェリーである。僕は19歳の時にこの船で中国大陸へと渡り、貧乏旅行をした経験がある。

 飛行機ではなくあえて海路を選ぶのだから、乗客にはそれぞれの深いワケや特殊な事情がある。往路にも様々なドラマがあった。日本で生まれ育ち、初めて中国の地を踏まんとする中国人青年、「マツタケを(違法に)採りに行く」という90歳の老人、芸能事務所の社長(なぜ船に乗っているのだ!)、あらゆる人と話し込んだ。何しろ上海まで丸2日間かかるので、知らない人との間に自然と会話が生まれる。おまけに大海原を漂っている感覚が人をセンチメンタルにさせるのだろう。話は尽きない。

 復路はさらに衝撃的だった。世界中を旅してきた猛者たちが多数乗船していた。彼らはあらゆる大陸を渡り歩き、最終的に上海まで陸路でたどり着き、新鑑真号で日本を目指していた。どこで何をしてきたのかさっぱり分からないが、ある人は目だけを爛々と輝かせマサイ族の盾を掲げていた。女性がらみの喧嘩でボコボコにされ、ドイツで緊急の形成手術をしたら平井堅のような彫りの深いイケメンに変身してしまって「ラッキーだわ~」と言っていた人もいた。それぞれのドラマのエピローグを乗せた船が、海の上をどんどこ日本へ向かっていた。

 その中に1人、Kさんという心の優しい男がいた。それまで定職にも就かずさんざっぱら世界中を放浪していた人だ。実家の酒屋を継ぐことを拒否して10年以上放浪の旅を続けていたが、ついに30歳を目前に帰国し、家業を継ぐ決心をしたらしい。その理由について「こんな旅はいつまでも続けていられないから」と自嘲的に笑いながらも、これから社会人として生きていく将来を悲観し、自由奔放な旅に後ろ髪を引かれているような様子だった。彼はベトナムの農民が被るノンラーという麦わらのような三角帽をかぶっていた。「旅の相棒だ」と言っていたが、直径40センチを優に超える見慣れない代物を船内でも常にかぶっているのでいささか異様に見えた。それを絶えず手放さなかったのは、Kさんにとってノンラーが自由の証しであり、誇りの象徴だったからだろう。

 新鑑真号を降り、神戸駅までKさんと一緒に行った。彼の旅の終わりを見届けるつもりだった。

01新鑑真号

 別れの時。笑顔で手を振るKさんを乗せた電車に、次々と背広を着た乗客が乗り込んでいった。帰宅ラッシュにはまだ時間があったが、意地悪な程に人が車内に吸い込まれていき、やがて満員になった。

 Kさんがかぶっているノンラーは明らかに邪魔だった。この国の一般社会にとって、ノンラーは一切必要とされていないのだ。Kさんは乗客の波にのまれながら、必死に三角帽を手で押さえていた。発車のベルが鳴ったが、世界の意地悪は依然としてまだまだ続き、人はどんどん乗ってくる。

 乗客たちに押しのけられながら、あるいは「誰だよこいつは」と露骨に嫌悪の目を向けられながら、Kさんは僕に向かって小さく、はにかむように笑った。そして、ノンラーを脱いだ。

 Kさんのその笑顔は優しかった。きっとこれが彼にとって人生で最後の笑顔なのだと、もう永遠に本当の意味での笑顔にはならないのだろうと、僕には何故か冷たい確信があった。

(連載第10回 AERA 2018年7月9日号)

はじめに / 第2回「ネパールの男」

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