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こんな学校あったらいいな―『窓ぎわのトットちゃん』を読んで


私が「 #こんな学校あったらいいな 」と思うのは、トモエ学園です。

トモエ学園は、タレントの黒柳徹子(くろやなぎ てつこ)さんが書いた『窓ぎわのトットちゃん』という本に登場する小学校です。黒柳さんは小学校一年生から三年生ぐらいまでトモエ学園に通っていました。

私は、小学校二年生の時、『窓ぎわのトットちゃん』を読みました。ちょうど、トットちゃんと同じくらいの頃です。たまたま、教室のすみの読書コーナーで見つけて、やさしそうな女の子の表紙が気になり、なんとなく手に取ったのがきっかけです。

わからないところもたくさんあったのですが、トモエ学園での毎日はとても楽しそうに思えました。本に夢中になるあまり、授業が始まっているのにぜんぜん気づかなかったこともあります。

それどころか、大人になってから久しぶりに読んでみても、本のおもしろさはまったく変わっていませんでした。小学校の時はわからなかったところも事情や背景がわかるようになったので、前に読んだ時より「もっとおもしろい!」と思ったぐらいです。

「今の小学生もトットちゃんのような毎日を送れたらいいな」と思いを込めて、トモエ学園がどんな学校なのか、紹介してみたいと思います。


トモエ学園の見た目

トモエ学園の教室は電車です。

もっと正確に言うと、古くなって引退した電車の中に、机や椅子、黒板を置いて教室として使っています。図書室も電車です。

二本のあまり大きくない木が校門がわりで、道路とは木や花壇で区切られています。校庭は他の学校よりも広くありませんが、トモエ学園は全校生徒が五十人くらいの小さな学校なので、走ったりボール遊びをしたりするには十分な広さです。

校庭の奥には講堂があって、お昼ご飯は全員ここに集まって食べます。自分のクラスだけではなく、一年生から六年生までの全員と、先生、校長先生もきます。夏休みには講堂にみんなでテントをたててお泊り会をしたり、近所で肝試し会をしたりもします。

トモエ学園は見た目からちょっと変わっていて、楽しそうです。


トモエ学園の授業

トモエ学園には、時間割がありません。

毎日一時間目が始まる時、先生が今日やることを黒板に全部書いてくれます。黒板に書かれている科目なら、どれからスタートしても構いません。好きな科目からやってもいいし、苦手な科目を早く終わらせて、好きな科目は後のお楽しみにすることもできます。学校が終わるまでに全部終わっていればいいのです。


なにしろ、一時間目が始まる時に、その日、一日やる時間割の、全部の科目の問題を、女の先生が、黒板にいっぱいに書いちゃって、
「さあ、どれでも好きなのから、始めてください。」
といったんだ。だから生徒は、国語であろうと、算数であろうと、自分の好きなのから始めていっこうに、かまわないのだった。だから、作文の好きな子が、作文を書いていると、うしろでは、物理の好きな子が、アルコール・ランプに火をつけて、フラスコをブクブクやったり、なにかを爆発させてる、なんていう光景は、どの教室でも見られることだった。
(『授業』文庫版p50)
トットちゃん達、一年生は、まだ自習をするほどの勉強を始めていなかったけど、それでも、自分の好きな科目から勉強する、ということには、かわりなかった。
カタカナを書く子。絵を描く子。本を読んでいる子。中には、体操をしている子もいた。
(『授業』文庫版p51)

この文章を読んだ時、私は、本当に、本当に心の底からトットちゃんがうらやましいと思いました。

だれでも好きな科目と苦手な科目ってそれぞれあります。私は国語が好きだったので、教科書をもらった時に国語の教科書だけは一週間ぐらいで読み終わっていました。予習のつもりはなく、ただ教科書にのっているお話を読みたかっただけでしたが、そのおかげか国語の成績は良かったです。

でも、算数は苦手でした。小学校二年生の時に習うかけざん九九を、絶対まちがえない自信がついたのは小学校5年生の時。頭の中に数字がストン、と落ちてくるのが他の子に比べてとてもおそかったです。

トモエ学園の授業のやり方なら、好きな科目は小学校一年生でも六年生の勉強ができて、苦手な科目は小学校三年生の時に小学校一年生の復習ができます。
お昼ご飯を食べてすぐだと眠くなることもありますが、その時に好きな科目をやれば、居眠りして先生に怒られる…なんてこともないかもしれません。


校長先生

もう一つ、「トモエ学園があったらいいな」と思う理由は、校長先生です。

トモエ学園の校長先生は、小林宗作(こばやし そうさく)先生といいます。音楽の先生で、トモエ学園だけでなく国立音楽大学の講師や国立幼稚園の園長もつとめられた方だそうです。

小林先生についてのお話で、私が特に「先生もトットちゃんもすごい!」と思った話があります。

「じゃ、これで、君は、この学校の生徒だよ」
そういった。……その時、トットちゃんは、なんだか、生まれて初めて、本当に好きな人に逢ったような気がした。だって、生まれてから今日まで、こんな長い時間、自分の話を聞いてくれた人は、いなかったんだもの。そして、その長い時間のあいだ、一度だって、あくびをしたり、退屈そうにしないで、トットちゃんが話してるのと同じように、身をのり出して、一生懸命、聞いてくれたんだもの。(中略)校長室で全部の話が終わって、トットちゃんが、この学校の生徒になった、と決まった時、先生が懐中時計を見て、「ああ、お弁当の時間だな」といったから、つまり、たっぷり四時間、先生は、トットちゃんの話を聞いてくれたことになるのだった。
 あとにも先にも、トットちゃんの話を、こんなにちゃんと聞いてくれた大人は、いなかった。」
(『校長先生』文庫版p36-37)

だれでも、大好きな人が何人かいます。
お母さん、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃん、学校の友だち、先生…でも、その人たちに「ちょっと聞いて!」とお願いされて、小林先生みたいに四時間も聞いてあげられるかな?って考えてみてください。
どんなに大好きな人でも、途中であきたり自分も話したくなったりするのではないでしょうか。小林先生みたいに聞いてあげることはむずかしいと思いませんか?

トットちゃんみたいに四時間お話するのも大変です。きっと、自分以外の人にはおもしろさが伝わらない話だってあるし、一度話したことをもう一度言っちゃうことだってあると思います。それにしゃべりすぎると口のまわりの筋肉だって疲れます。

でも、トットちゃんは四時間ずっとしゃべり続けたのです。また、小林先生もあきずにトットちゃんの話を聞いてくれたのです。

残念ながら私は四時間も話を聞いてほしいと思える人、四時間も話を聞いてあげられる人にまだ出会っていません。きっとみなさんの周囲にいる人に聞いてみても、一人か二人いてくれたらラッキーです。

そんな人に小学校一年生の時に出会えたトットちゃんの幸運は、きっと宝くじにあたるのと同じくらい、すごいことだと思います。


やりたいことにこたえてくれる

『窓ぎわのトットちゃん』に出てくるトモエ学園の校長先生は、トットちゃん達が「見たい」「知りたい」と思ったことに決して「だめ」と言いません。疑問に思ったことやふしぎに思ったことにすぐこたえてくれます。

「今晩、家に帰らないで、電車が来ると頃を、見てみよう」
ということになった。代表として、ミヨちゃんが、お父さんである校長先生に夜まで、みんなが学校にいてもいいか、聞きに行った。しばらくして、ミヨちゃんは、帰って来ると、こういった。
「電車が来るの、夜、うんと遅くだって。走ってる電車が終わってから。でも、どうしても見たい人は、一回、家に帰って、家の人に聞いて、“いい”といわれたら、パジャマと、毛布を持って晩御飯たべてから、学校にいらっしゃいって!」」
(『電車が来る』文庫版p91)

トモエ学園に図書室ができたのは、トットちゃんが入学した後です。図書室も教室と同じように引退した電車で、車両が学校に来ると知り、トットちゃん達は「あんなに大きな電車をどうやって運んでくるんだろう?」とふしぎに思いました。そのため、電車がくるのを見たいと校長先生にお願いに行きました。つまり、学校に泊まりこんで、夜中にくる電車を見てもいいかどうか、お願いに行ったのです。

その日学校に泊まってもいいか?なんて急に聞かれたら、大抵の先生は困ってしまうと思います。でも小林先生はすぐに「いいよ」と言ってくれたのです。『窓ぎわのトットちゃん』には、他にも小林先生がみんなの「やりたい!」という気持ちを大事にしてくれたお話がたくさん登場します。そのたびに「こんな先生がいてくれたらいいな」と強く思います。


プロから習う

「いや、これから、畠の作り方を、あなたに教えてもらうのだから、畠の事については、あなたは先生です。パンの作りかたを習う時は、パン屋さんに先生になってもらうのと同じです。(中略)」
 きっと、普通の小学校では、生徒に、なにかを教える人には、「先生の資格」とか、いろいろ規則があるだろうけど、小林先生は、かまわなかった。子どもたちに、「本物」を見せる事が必要なのだし、それが、大切なことだ、と先生は考えていた。
(『畠の先生』文庫版p233)

『窓ぎわのトットちゃん』という本全体を通して、小林先生は「本物を一番いいタイミングでプロに見せてもらう」ことにこだわっています。

トットちゃんたちが校外学習で畑をつくる時、畑のプロである近隣のお百姓さんにお願いして来てもらっています。学校の先生も農業についてある程度は勉強していますが、米や野菜を作る時に知っておくべき植物のこと、動物のこと、天気のことは、お百姓さんの方がプロです。

今の時代に合わせて考えると、少年野球チームの監督がプロ野球選手の野球教室に連れていってくれたり、ゲームが好きな人がeスポーツプレイヤーに話を聞いたりするのと同じです。

最近は小学校でも英語の授業やプログラミングの授業が増えて、小学生がついていくのも大変だと思います。でも、実は先生も大変です。

先生の中には、中学、高校、大学でもプログラミングを習わなかった先生が少なくありません。中には、学生時代、インターネットすらなかった先生だっています。
英語は中学から習っていますが、小学生にどうやって教えたらいいのかは、今から一生懸命勉強している先生も多いです。

もし、小林先生なら、プログラミングの授業には実際にシステム開発をしているエンジニアに来てもらうでしょう。英語の授業なら、英会話教室の先生や、大学の教育学部に通っているネイティブの海外留学生に来てもらうかもしれません。

小学生もプロの貴重な話を聞けますし、先生もあいた時間を得意な勉強を教える時間にあてることができるので一石二鳥です。


生きることに一生懸命な女の子の話

トットちゃんがトモエ学園に通っていた頃は、実は、大変な時代です。
トットちゃんが小学校三年生の時、日本はアメリカと戦争をしていました。東京もほとんどの建物が焼かれてしまい、残念ながらトモエ学園も無くなってしまいました。今は東横線の自由が丘駅近くにある、ピーコックストアというスーパーになっているそうです。

でも、そんな大変な中でもトットちゃんをはじめ『窓ぎわのトットちゃん』に出てくる人たちは、どの人も一生懸命、キラキラ、ピカピカ生きています。

電車の窓が、朝の光をうけて、キラキラと光っていた。目を輝かして、覗いているトットちゃんの、ホッペタも、光っていた。
(『新しい学校』文庫版p27)
子供たちは、パジャマ姿で、朝日の中にいた。
(『電車が来る』文庫版p96)
そして、その夜、たくさんの星と、月の光は、講堂を包むように、いつまでも、光っていたのだった。
(『夏休みが始まった』文庫版p107)
全校生徒が、ギュウヅメでも、電車の窓から射しこむ朝の光の中で、一生懸命、本を読んでいる姿は、校長先生にとって、うれしいことに違いなかった。
(『図書室』文庫版p217)
みんなが、等々力渓谷に到着すると、林の中で、校長先生は生徒を見た。高い木の上から射し込む光の中で、子どもたちの顔はピカピカと光って、可愛かった。
(『はんごうすいさん』文庫版p240)

トットちゃんがすごした時代は、スマートフォンやYoutubeどころかテレビもない時代でした。それでも、トットちゃんから見た世界は、8Kテレビやデジタルサイネージディスプレイにも負けないくらいの光や色であふれています。

幸いなことに、今の時点で日本は戦争をしていません。願わくば、今の平和な時代の小学生もトットちゃんに負けないくらい毎日がキラキラしたものでありますように。「トモエ学園のような学校があったらいいな」と思います。


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