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たとえ違う国の住人だとしても/ヤマシタトモコ「違国日記」

私は何者で、何になりたいのだろう。
愛されることと、愛すこと、一体私は何を望んでいるのだろう。

「違国日記」を読むと、そういう不思議な感慨というか、そこはかとない恐怖というか、いろんな感情が迫ってくる。

35歳の少女小説家と、交通事故で急逝した姉の遺児15歳の姪との交流を描いた作品。

アラサー小説家槙生は超絶人嫌いの一匹狼。一方、姪の朝は、人に好かれることに衒いがない、まるで子犬のような子ども。

突然始まった2人暮らしに、狼は迷い、戸惑う。新しい環境に慣れたと思ったころ、子犬はときどき感情を露わにする。

槙生はたぶん、朝を通して自分を見ている。過去の自分を、今の自分を、そして自分が過去に犯した過ちを。

「あなたを愛せるかどうかわからないが、わたしはあなたを決して踏みにじらない」

姉の葬儀の後、姪を自宅に招き入れた槙生はそう放った。その時、槙生の存在は、朝にとっての救いだったと思う。朝の天涯孤独の運命を、槙生はいとも簡単に退けたのだから。

早く親が死んでしまったことは朝にとって不幸だったけど、たぶん槙生と出会えたことは幸いだったのだと思う。「違国日記」3巻発売記念サイン会にて、私はヤマシタ先生にそう言った。ヤマシタ先生は「そうね、そうだといいな。ありがとう」と言ってくれた。その時、先生が槙生ちゃんに見えた。

私はなぜだか泣きたくなった。

槙生にとって、朝は救いにもなるし、毒にもなりうる。それは朝にとっても同じ。わかりあうことがわからない人間と、心のどこかで愛されたいと願う人間。ふたりはどこまでいけるのだろうか。

果たして子犬は立派な成犬に育つのだろうか。それとも、群れをはぐれてひとり、狼になるのだろうか。


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