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チャレンジするアーティストは街に生きる人々の希望になっていく ——YAU SALON vol. 18「神戸、松戸、有楽町、アーティストが街にいることから、生まれる時間」レポート

2023年10月11日夜、有楽町ビル10階のYAU STUDIOにて、YAU SALON vol. 18「神戸、松戸、有楽町、アーティストが街にいることから、生まれる時間」が開かれた。

「YAU SALON」は、各ジャンルのプレイヤーがホスト役となって、都市とアートにまつわるテーマを設定し、参加者と意見を交わすトークシリーズ。第18回のテーマは「アーティスト・イン・レジデンス(以下、AIR)」。アーティストがその土地に一定期間滞在し、普段とは違った環境下で作品を制作するAIRの、その“運営”にフォーカスした。

ゲストには、2022年4月より兵庫県神戸市中央区にある異人館街・北野地区で「Artist in Residence KOBE(アーティスト・イン・レジデンス神戸)」を始めた俳優・ダンサーの森山未來、神戸と有楽町でプログラムに参加した経験のある振付家・ダンサーのハラサオリ、そして千葉県松戸市を拠点に劇団主宰・まちづくりコーディネーター・喫茶店のマスターを兼任しながら、まちづくりそのものを「舞台芸術」ととらえて活動する岩澤哲野の3名を迎えた。

神戸と松戸、そしてYAUの拠点である有楽町。アーティストの活動がさまざまなかたちで街に滲みだしていく各レジデンスの日常について、運営、滞在アーティスト、まちづくりの視点を行き来しながら語り合った。モデレーターは、YAU運営メンバーであり、松戸でレジデンス施設「PARADISE AIR」を運営する建築家の森純平が務めた。

イベント当日の模様を、福祉や文化芸術の記事制作に携わるライターの遠藤ジョバンニがレポートする。

文=遠藤ジョバンニ(ライター)
写真=Tokyo Tender Table


■神戸のレジデンス施設を運営する動機はアーティストとしての「私利私欲」

当日はまず、それぞれの活動紹介から始まった。森は、千葉県松戸市にあるレジデンス施設「PARADISE AIR(以下、パラダイス)」の活動からインスパイアを受けるかたちでYAUが立ち上がっていった経緯を説明。それに続き森山も、自身がコアメンバーとなっている「Artist in Residence KOBE(アーティスト・イン・レジデンス神戸、以下AiRK)」を始めるきっかけについて語った。

森山未來氏

アーティストとして海外のレジデント施設での制作経験もある森山は、自分自身が「空間を移動しながら、時間を空けながら作品を熟成させつつ制作する」AIRの効能を実感するひとりであった。あるとき自身の出身地でもある神戸でレジデンスプログラムに参加した際、アーティストが制作に専念できる宿泊滞在施設がないという地域の課題に直面する。

「よくホテルとAIRはなにが違うのかと聞かれるが、ホテルは街と断絶されてしまうし、長期的に生活を送る場所ではない。日々の生活に限りなく近い環境が提供されることで、アーティストと街の距離感はさらに近づいていく」と、土地や人を身近に体感しながらアーティストがリサーチする重要性を説いてきた。その後、神戸にレジデンス設立の話が持ち上がったタイミングで、ほか5名のメンバーとともにAiRKを立ち上げた。

森山は「神戸はアーティストが活動するための人的リソースやインフラが圧倒的に足りていない。AiRKを運営する動機は、奉仕の精神ではなくアーティストとしての私利私欲。もちろんそれは金銭的な意味ではなく、運営そのものが自分自身のパフォーマンスの一環であり、自分もそこに立つための場づくりの過程だと思っている」と語った。

AIRは、アーティストが「自分にはこの場所でつくりたいものがある」と思えるような発見のプロセスを提供していく内省的な場だと述べる森山。今年2月から3月にかけては、AiRKを活用したアートイベント「KOBE Re:Public Art Project(以下、KORPA)」のキュレーションを担当した。

同イベントには、今回のゲストであるハラも、神戸の地に滞在し、新たな魅力を再発見するリサーチアーティストとして参加した。ハラは当時を振り返り、「これまではスタジオ+住居のような、制作環境をメインにしたレジデンスプログラムを多く経験していたが、KORPAは主に情報や出会いのネットワークをサポートしてくれた。、それをベースに街に放流され、その土地の深い部分にまで到達してリサーチできる新鮮な経験だった」と話した。

ハラサオリ氏

現在も神戸の別プログラムに参加中のハラ。「同じ神戸でもエリアによって文化や人の温度が違う。AIR滞在中は、そうした自分の置かれた環境に促されて、アーティストである自分、そしてパフォーマンスが変わっていく感覚があります。現在の自分が過渡期を迎えられているのはレジデンスのおかげ」と、自身の変化を感じているという。

AiRKは今後、①運営側で特定のアーティストを呼んで滞在・制作してもらうこと、②神戸にある他の文化芸術のプログラムを展開する団体や施設との連携、の2つを軸にしていく。複数の連携先の情報が一斉に集まってくる場所でもあるAiRK。街中に点在する文化芸術の拠点をつなぎ合う「ハブ」としてのあり方を模索している最中だという。さまざまな人々が偶発的に交じり合うようにデザインされたYAUの空間と同じように、「AiRKでも、それぞれの活動が可視化されたり、触発しあう機会を提案できれば」と、森山は今後の抱負を述べた。

■アーティストがいる街・松戸で、生まれていく「豊かさ」

次いでパラダイスを筆頭とする松戸での文化芸術活動について、森と岩澤より説明があった。

パラダイスは、かつての松戸宿の地に残る「一宿一芸」の精神をコンセプトとしたAIR。3カ月のロングステイプログラムと、3週間のショートステイプログラムがあり、国内外から年間であわせて約60名程度のアーティストを招いている。コロナ禍という困難な時期を挟みつつ、こうした活動を始めてもう10年になる。

当日聞き手を務めたYAU運営メンバーの森純平氏

40万人都市である松戸の人口内訳を見ると、昔から住んでいる「地元住民」と呼ばれる人々は数千人程度で、このほかに、近隣の大学に通う大学生や、利便性・住みやすさから移り住んできた新住民も多い。

森は、「地元住民だけじゃなく、さまざまな属性をもった人々がパラダイスや関連するイベントを通じてレジデンスアーティストと関わりを持てるようにすることで、街にも少しずつ変化が生まれていく」と語り、具体例として、松戸西口公園で8時間に渡るパフォーマンスをアーティストが実施したときに、住民たちから友好的な理解や対話を得られたことや、自治体への申請を出す際に表現活動に対する理解が深まっていったことなどを挙げた。

一方で、岩澤は、「僕は出身地である松戸に対して、ある時期まではずっと、暗くて陰鬱なイメージを抱いていました」と語る。しかし、地元を離れて演劇活動をしていたあるとき、現在の松戸についてリサーチする機会があり、そこでパラダイスの活動を含む松戸の10年間の変化を知り、「アーティストが松戸という街を舞台に、こんなにさまざまな表現活動を展開している。松戸は可能性のある場所だったんだ」と衝撃を受けたという。

このときの認識の変化から、自身の専門分野である演劇を街に持ち込むことで、自分もここでできることがあるのではないかと現在の活動を始めていった、と自身のキャリアの転換点を振り返った。

岩澤哲野氏

また、岩澤は、会場から寄せられた「アーティストが街にいることの意味や意義とは」という質問に対して、「街にアーティストがいることが“豊かさ”につながっていく」と回答した。

本来松戸は、そこで多くの人が暮らしを営む生活の拠点のはずだが、都心へのアクセスのよさから、ただ帰って寝るだけの「ベッドタウン」というイメージを抱く人も多い。「しかし、そうした感覚を持つ人も、滞在アーティストによる表現活動を知って、接点が生まれることで、『ああ、自分もここでこんなふうに表現をして暮らしてもいいんだ』という気づきが生まれるのではないか」と語った。

同時に岩澤は、こうした活動とまちづくりの関係にも言及。「もちろん、まちづくりは人が大勢関わるぶん、衝突もある。でも、それを差し引いても、前向きにチャレンジしようとしているアーティストやクリエイターの姿を見ているとポジティブになれて、それはさまざまな人たちの希望になっていく。松戸が人口増加に転じているのも、そうしたポジティブさを街から感じとって選ぼうとする人が増えているからなのでは」と、自身の経験をまじえつつ、表現者が出入りすることがまちづくりにも良い影響を与えていることを指摘した。

PARADISE AIRの記録映像を見るメンバー

■まちづくりの時間、アーティスト・イン・レジデンスの時間

SALONの後半は、森よりYAUの場のつくりかたについての説明があり、そこから「AIRやまちづくりに求められる長期的な時間軸の設定」について議論が移った。

YAUが掲げる「アートアーバニズム」は、アートの制作過程をオフィス街の代表格である有楽町で広く公開することにより、クリエイティブな人々の多様な出会いを誘発し、イノベーション創発のきっかけを生み出すことを目指す、まちづくりのプロジェクトである。

まちづくりという営みは、現在のはるか先にある「街のあるべき姿」を見据えた、非常に長いスパンで展開される。一方、レジデンスプログラムにおいては、アーティストは3カ月後や半年後など、一定期間後に、「成果」としてなんらかの作品提出が求められることが少なくない。

これに対してハラは、プロのアーティストとしてそうした状況にどう臨んでいるか、自身の仕事論を披露した。各制作や活動に対してモチベーションを明確にするため、「ワーク(自発的に取り組むライフワーク)」「ジョブ(対価を得るべき作業)」「ミッション(社会や個人に対して発生する使命)」の3つの配分を意識していると前置きし、そのうえで「レジデンスプログラムは、そこに土地とアーティストの相互作用という趣旨があるケースにおいては、『ワーク』をベースとしつつも『ジョブ』や『ミッション』の側面が強い。」と自身の姿勢を分析した。

また森は、アートアーバニズムに取り組んできた立場から、「AIRにおいても、まちづくりと同じようなスパンで、滞在して10年・20年後にその場所での経験が活きて滲んでくることもあるはず。そうした期待をもとに、短期間での成果を求めすぎず、長い時間軸で構える必要があるのかもしれない」と長期的な視点を持つ重要性を指摘した。

一方でハラは、複数のレジデンスプログラムを経ながら、作品の醸成を図り、アーティスト自身で劇場公演へと結びつけていくという方法もあるのではと、アーティストの立場からAIRを活用した長期的な視点についてコメントした。

岩澤は、森の長期的な時間軸の重要性に賛意を示し、「自分の経験と照らし合わせると、街には時間軸を伸ばしていくポテンシャルがあると思います」と話す。確かにアーティストにとっては、短いスパンで成果物を求められ、それが評価されて成長につながることもある。だがその反面、課題をこなすことに疲弊し、消耗してしまう可能性もある。

そうしたなか、岩澤はまちづくりという営みを、松戸という街を舞台に、松戸の人々と何ができるのか考える一種の“演出”として、自身の表現活動の延長上でとらえているという。「まちづくりは、すぐ結果に結びつくことだけでなく、長いスパンで行われ続けるもの。永遠にゴールのないテーマに“演出家”として取り組めることは、アーティストである僕にとっても居心地がよく、考える視野が広がったと感じています。これが、僕がアーティストとして街に入り、そこで活動するなかで得られたことですね」。

森山も、そうしたAIRの時間性の問題に触れ、「AIRという取り組みは、何が行われているのか可視化されづらい。いうなれば目に見えなくとも土壌を豊かにしてくれる『モグラ』のような存在。街に浸透させるためには、長い時間をかける必要があると理解しているが、長く取り組んでいくために無視できない商業的な側面や、企画や方向性をコントロールするバランス感覚、行政との連携の仕方も重要だと思う」と、AiRKが開始して1年半の期間を振り返りつつコメントした。

アーティストや制作物にスポットが当たりがちで、なかなかその運営サイドの視点が語られることの少なかった「アーティスト・イン・レジデンス」。

そうしたなか、今回のYAU SALONでは、アーティストの「私利私欲」から始まっていった神戸のAiRKや、パラダイスをはじめアーティストが街にいることで地域に住む人の価値観がほぐれ豊かになっていった松戸など、それぞれのレジデンス施設や街で起きていることを、滞在アーティストであるハラの視点も交えて語った。それは、「都市に滞在するアーティスト活動の可能性」や、「都市とアートの新しい関係性」を考えるためのヒントがあぶりだされるような時間となった。



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