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「眠る男」小栗康平監督

「眠る男」監督 小栗康平 (1996)製作:群馬県

小栗康平監督が、山間の温泉の湧く山間の町・一筋町を舞台にそこに暮らす人たちの四季を通じた日常の断片がつづられている。小栗康平監督の「泥の河」からの流れを感じる、日常の些事(さじ)を描いた、初のオリジナル脚本だ。

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ストーリー(部分)
キヨジとフミの老夫婦の家には、山から転落して以来、意識不明のまま眠りつづける男、拓次(アン・ソンギ)がいる。フミは拓次を病院から引き取り、献身的な介護を続けている。拓次を毎日のように見舞うのは、知的障害を持つ青年・ワタル(小日向文世)だった。感受性のあるワタルは、事故に遭った拓次の第一発見者でもあり、人一倍、拓次のことを心配していた。
その当時、町では、東南アジアからやってきた女性たちが、「メナム」というスナックで働いていた。そのひとりであるティア(クリスティン・ハキム)は、祖国(インドネシア)の河で我が子を亡くした過去がある。ティアはその小さな温泉町の人たちと接するうちに、次第に町の暮らしに馴染んでいった。拓次の同級生であり、幼友達である電気屋の上村(役所広司)は、最近になって、小さい頃、拓次とよく遊びに行った山の奥にある山家のことを思い出すようになっていた。
上村は言葉を返すことのない拓次に語りかけるのだが・・・
やがて季節が巡り夏になると、そこの人々の生活にも少しずつ変化が見えた。まず、寝たきりだった拓次は、息をひきとってしまう、「魂呼び」が試みられたが、それも空しい結果だった。
ただ、その後、神社で催された能芝居を観ていたティアが、森の中で死んだはずの拓次と再会する。不思議な体験をした彼女は、何かに導かれるように上村が探す山家へたどり着き、翌日、そこで上村と出会うのだった。その二人は、涸れていると言われていた井戸に水が涌きでていることを知る。
そのころ町の温泉では、湯が以前に比べて熱くなったことや、最近、東南アジアの女性達を見かけなくなったことが噂されている・・・・・

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(c)群馬県「眠る男」製作委員会

私的解釈:意識不明のまま眠りつづける拓次は、側から見ると亡くなっているのと同様に感じるのだが、両親のキヨジとフミにとっては、生活の核にある存在だった筈だ。そして、ティアが見た、死んだはずの拓次は何だったのか?温泉町から、消えたアジアの女性たちはどこへ?
日常の些事の断片のつづられ、その四季の中に、人の命というテーマと、その周辺の事象が淡々と描かれた作品だ。そこに登場する人々は、ただ、時系列に、その時の流れを追って生きているだけだが、その誰しもに悲しみの断片もそこにはある・・
それにしても、うつろぎの時の流れは、あまりにあっけない。

眠る男 プレビュー映像にリンクされています。

(註)群馬県が人口200万人を突破したことを記念して製作した映画である(1996)。
製作の全額を群馬県の税金で賄う異例な取り組みだった。ただ、これが前例となり、地方自治体での映画への支援展開された。

(追記)小栗康平監督は、前橋高校卒業後、早稲田大学第二文学部で学ばれて、映画の世界に入られた。そして、早稲田大学芸術学校でも教鞭を取られていた。いつだったか、ある美大のイベントで、「風の丘を越えて/西便制」の解説として、日常の断片を淡々と話されている時に、その人間的な視点(それを早稲田精神とも言うべきか)を感じたことを、たった今、思い出した、それから、何年経っただろう。うつろぎの時の流れは、あまりにあっけない。

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