芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol. 05:中間ディスカッション「〜思考の整理・課題の抽出・設定〜」
「中間ディスカッション」と題して実施した今回の【対話型ゼミ】(2023年11月29日開催)は、ファシリテーター/アドバイザーの小川智紀(おがわ・とものり)さんと共に、これまでの講座を振り返りながら、受講生それぞれが感じている課題や問題意識を話し合う場となりました。
講座開始と共に、「この話をしておかないと」と小川さんが切り出しました。
話題は、出演者の麻薬取締法違反を理由に、映画『宮本から君へ』に対する、文化庁所管の独立行政法人日本芸術文化振興会の助成金が不交付になったこと。映画製作会社が助成金不交付決定の取り消しを訴えた訴訟で、最高裁は2023年11月17日、不交付を妥当とした二審・東京高裁の判決を破棄。表現の自由を擁護するかたちで、製作会社側の逆転勝訴としました。その判決文を引用し、“公益性”を理由とした助成金の不交付がもたらす表現の自由の萎縮について、小川さんが問いかけます。
受講生からも応答が続きます。「麻薬取締法違反ではなく、制作現場でセクシュアルハラスメントが起きてしまった場合だったらどう考えればいいのか」、「制作の過程で関わった人の労力はどうなるのか」と悩みながらも意見を交わします。
小川さんは、「今日は答えが出ない回ですので。オチがつかなくてもどんどん話してくださいね」と受講生に明るく呼びかけました。今回は各講座後の受講生アンケートのコメントを一部ピックアップしながら、今まで学んだことを振り返ります。
前半:各講座の振り返り
第1回講座は山元圭太(やまもと・けいた)さんによる「ヴィジョン・ミッションを磨く&ファンドレイジング力を磨く 〜組織使命の再確認・探求、事業/活動に必要な資金調達力を磨く〜」。「エコノミック」「ソーシャル」「ライフ」という3類型の比重を、自身の事業/活動の性質において確認し、いかに組織使命を明確化するか学びました。
ある受講生は寄付を求めるときに必要以上にへりくだってしまうため、効果的なプレゼンテーション方法に悩みを感じていることを共有しました。別の受講生は、山元さんの講座をヒントにクラウドファンディングの計画を立てていると話します。
「僕にとって実践的に役に立ったのが山元さんの『ソーシャルの皮』という考え方。資金調達のプレゼンの方便を使い分けていいと知れたのがよかったです。自主制作映画の配給宣伝費を募るクラファンで、様々な理由で離れ離れになってしまった親子・家族の面会交流支援を行っているボランティア団体への支援につながるようなクラファンの設計を考えています」
資金調達によって活動基盤を強化するビジネス的な側面と、自身の事業/活動の社会的な側面を両立する方法を示した山元さんのアドバイスを、実践しようとする意気込みが示されました。
評価論を専門とする源由理子(みなもと・ゆりこ)さんは、第2回と第3回の講座を通して、「事業/活動の価値は自ら引き出せる」と受講生をエンパワメント。ロジックモデルを活用した事業/活動の整理・見直しと、協働型プログラム評価の実践で、事業/活動の改善や価値創造につなげる道筋を示してくれました。
ただ、自分たちが日々働く現場で、どうやって応用できるのか悩む受講生もいました。例えば、数十年〜数百年の時を超えて価値が再発見・評価されることもある芸術文化の分野で、ロジックモデルを活用できるのかと、問いを投げかけた受講生も。また、ほぼセルフマネージメントで事業/活動を行う受講生は、ステークホルダーたちと対話する協働型プログラム評価の場をつくることが難しいとも感じます。
一方で、セルフマネージメントで取り組んでいるからこそ、賛否両論が飛び交う対話が貴重で刺激的だと話す受講生もいます。
「仕事をしていく中で、あまり関わりたくない人っていますよね。でもその人にもさまざまな経緯や事情があり、担当プログラムに関心や意欲が低い場合がある。その人といかに一緒に考えていくのか挑戦することが価値創造なんじゃないかと認識しました」
小川さんも現場で応用することの難しさに同意します。「現場で議論する時間なんてなかなかないし、取り組みも昨年度の引き写しになりがちです。振り返りのポイントを意識的につくることが必要なんでしょうね」
第4回講座はArt Center Ongoing代表の小川希(おがわ・のぞむ)さんによる「実践者との対話 〜共同体から生まれる芸術と表現。その実験/実践から学ぶ〜」。アートを中心に人が集う総合的な文化の場所“アートセンター”をつくることにのめり込んだ小川希さんの話に奮い立たされた人が多いようです。
アートギャラリーの運営をする受講生は小川希さんの話を自らの活動に引き寄せて、「分かりやすさ」について考えています。
「現代美術は専門用語ばかりで分からないと言われると、『結局こういうことです』って単純化しちゃうんです。ですが、小川さんの話を聞いていると、分かりやすさとは単純化ではなく『どうありたいか』を伝えることではないかと感じました。小川希さんは『こうありたい』をいろいろな法で伝え、行動してきた方。美術作品が内包する難しさはあっても、小川希さん自体は分かりやすい」
前半のディスカッションは講座の振り返りだけでなく、課題解決の糸口を探り寄せる時間になりました。
後半:受講生同士のディスカッション 〜現状で足りないものは? 10年後どうなりたい?〜
講義後半は受講生同士がグループに分かれ、現場の活動で足りないもの、キャリア形成に必要なもの、10年後の自分や社会はどうなっているかを話し合うことに。付箋にそれぞれの課題を書き出していきます。
各テーブルのディスカッションの様子を観察し、共通して聞こえてくるのは「人・時間・お金が足りない」という声です。
ある受講生は、「自身が活動する芸術分野に人が足りず、特にオーガナイザーやアートマネージャーがいない」と吐露。すると別の分野で活動する受講生からも「自分も同じ。だから、だいたいの仕事を一人でやることになって、お金も時間もない。だから自分が資金調達の術を磨かないと」と共感しました。それに対し、大きな組織に所属する受講生も「時間がなくて、日々こなすことだけで精いっぱい。組織を変えるために、ここで学んだことを持ち帰りたい」と話し、意欲をあらわにしました。
グループワーク後は、それぞれのテーブルで共有された課題を発表します。
「現場で足りないものの一例で、外国人観光客とのコミュニケーションツールとして『英語』が挙げられました。そのときに、自分で英語を学ぶことも必要だが、英語ができる人を探して、仲間にするという方法も出てきました。キャリア形成や10年後の未来という観点でも、人を集めるコミュニケーション力、足りないものを補える仲間がいれば課題をクリアできるという考え方がおもしろかった」
ディスカッションが盛り上がる様子を見て、小川さんも切り上げるのが名残惜しいという顔。そんな中、最後に受講生に『課題解決/価値創造戦略レポートの最終発表会』に向けたレポート作成を呼びかけました。「それぞれのつっかえていることを整理して、書きあげてみることが大事だと思います。そういうときに自分の課題を自分だけで考えず、『横』の軸やつながりをつくってほしい。そしてその『先』。ぜひ、意識してください」。自分達の現在地をシェアしあい、改めて受講生同士のつながりが強まったように感じる回となりました。
次回は、中村美帆さんによる「『文化』『芸術』とは? 〜『文化的な権利』を端緒に芸術文化と社会の相関を捉え直す技を磨く〜」。「文化権」という新しい人権概念から、芸術文化の社会的意義を考えます。
※文中のスライド画像の著作権は講師に帰属します。
講師プロフィール
小川智紀(おがわ・とものり)
認定NPO法人STスポット横浜 理事長。1999年より芸術普及活動の企画制作に携わる。2004年、STスポット横浜の地域連携事業立ち上げに参画。2014年より現職。現在、アートの現場と学校現場をつなぐ横浜市芸術文化教育プラットフォーム事務局、民間の芸術文化活動を支援するヨコハマアートサイト事務局を行政などと協働で担当し、福祉事業のネットワーク化を模索している。NPO法人アートNPOリンク理事・事務局長、NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク理事、NPO法人子どもと文化全国フォーラム理事、「子ども白書」編集委員、愛知大学文学部非常勤講師。
執筆:中尾江利(voids)
記録写真:森勇馬
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)
事業詳細
芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~
東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」
アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。
アーツカウンシル東京
世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。