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芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023|レポートVol. 02:自分たちの価値は自分たちで決める!源由理子さんによる第2回講座「活動の意義を伝える評価軸を磨く〜ロジックモデルを活用した評価の考え方、その方法論を学ぶ〜」

10月12日に行われた第2回は「評価」がテーマ。芸術文化創造活動の担い手たちは、自身の事業/活動の意義を伝えるため、どのような評価軸をもつべきなのでしょうか。また、効果的な事業/活動の実施やその改善にどう活用できるのでしょうか。今回は「ロジックモデル」を用いて、価値を引き出し活用する思考法を学びます。


今回はキャパシティビルディング講座開講以来、初めての【オンライン公開講座】。【対話型ゼミ】の受講生だけでなく、一般の参加者もZoomでの講座に参加しました。

さっそく、ファシリテーター/アドバイザーの小川智紀(おがわ・とものり)さんが話し始めます。

「評価って言葉を聞いて思い出すのは中学校の成績表。美術の成績が5段階中2でした。評価ってイヤだなあ……」

若林朋子(わかばやし・ともこ)さんも言葉を返します。「成績は明確な数値になる評価ですね。けど、数値化できないこともある。特に芸術文化は後者。どうやって自身の活動を評価して、活用していけばいいんでしょう」

2人のファシリテーターから、評価論、社会開発論を専門とする講師の源由理子(みなもと・ゆりこ)さんへとマイクが渡されました。源さんは20代のころ、ケニア共和国ナイロビ市のスラム地域の生活改善プロジェクトに携わり、それを評価するときに疑問や関心を抱いたと言います。

「誰が評価の指標を決める主体となるのか? その主体の価値観は本当に反映されているのか? 資金提供者や支援者の視点だけで評価していいのだろうか?」

源さんは現在、事業/活動の価値を関係者と一緒に引き出し、評価軸づくりに取り組む「参加型評価/協働型評価」を研究・実践し、芸術文化領域でも実践者のエンパワメントにつながる評価のあり方について論じています。イメージで嫌厭されがちな「評価」を前向きに定義していきます。

「評価って実はおもしろい」と話す講師の源由理子さん


前半:評価は一方的に下されるものではない

「評価する(evaluate)」という語の構成は、「引き出す」を意味する「e」と、価値を意味する「value」に動詞化の接尾語「ate」がついているというもの。つまり「評価をする」ことは「評価対象の価値を引き出すこと」。事業/活動への評価とは、事業/活動の価値を引き出し、可視化することになります。

また、評価は客観的な事実特定に加えて、価値判断を含むものです。先ほどの美術の成績の話で考えます。美術の成績が2というデータがあるとき、「2でもいい」と思うか、「5をとらないとダメ」となるか、データに対する価値判断が加わって、初めてその事実の意義が明らかになるのです。

様々な評価方法がある中で、今回は継続的に事業を見直し、新たな変革をもたらすための道具である「プログラム評価」を取り上げます。

源さんが1つの事例を紹介しました。生活困窮家庭の子どもに学習支援を行う団体がいて、その目的は「子どもが学校での勉強を楽しむこと」だとします。ここでいくつか問いかけが浮かびます。1つ、目的はこれでいいのか? 2つ、学習支援だけで目的が達成できるのか? 3つ、事業/活動の途中で困難があったらどうすればいいか?


各段階の問いかけは有機的につながっています

上記の3つの問いかけはそれぞれ、ニーズ評価、セオリー評価、プロセス評価に該当し、形成的評価と呼ばれます。事業/活動の結果だけを測るのではなく、始まる前や最中を含めた各段階で、複数の視点から事業/活動を問い直し、その改善につなげます。源さんは「評価は目的ではなく道具である」と強調しました。


「ロジックモデル」を活用し、事業/活動を改善・強化する


ロジックモデルは決して「守るべき計画」ではないことに注意します

ここで、事業/活動の構造を手段と目的の道筋で仮説化し可視化する「ロジックモデル」が活用できそうです。

ロジックモデルの構成要素は「アウトカム」、「アウトプット」、「活動」、「インプット」の4つ。「アウトカム」は事業/活動を実施したことによる変化です。「アウトプット」は「活動」によって生み出されたモノや結果を指し、「インプット」はその「活動」のための資源にあたります。ロジックモデルを組み立てるには「アウトカム」を最初に設定し、逆算して「アウトプット」と「インプット」を作成していきます。

源さん曰く、ロジックモデルは約70種類もあるそう。特に日本で多用されるのは「作戦体系図型」と「変化の連鎖型(Theory of change)」です。


「変化の連鎖型(Theory of change)」は「作戦体系図型」と違って活動実施後に関係者に表れるであろう認識や行動の変化を可視化します

源さんは作戦体系図型を「事業/活動の強化に向いている」と説明し、「自分たちでロジックモデルを事業/活動を実施前に作成し、実施状況に合わせて見直してほしい」と伝えます。


様々な視点から合意を形成する「協働型プログラム評価」

続いて、「協働型プログラム評価」の解説。これは、事業/活動の関係者とともにロジックモデルをつくり、評価を継続的に行うもの。目指す価値や、なにをすべきかなどを議論して合意形成を図ります。この評価手法の利点は、それぞれの暗黙知が言語化され相互に学習できること、関係性構築などさまざま。その後のマネジメントによい影響を与えてくれるはずです。


琵琶湖博物館の学芸員らが「協働型プログラム評価」ワークショップでつくったロジックモデル(出所:里口保文・佐々木亨「琵琶湖博物館の第3期リニューアルを対象にした評価事例」『博物館研究』57号、p15)

源さんは講義前半部分を概説します。

「評価はやっていることの価値を引き出すもの。その価値は活動/事業の実施主体が関係者とともに合意形成を図りながら決めることが大切です。なにを実現したいのか、それを最初に議論しましょう。そうすると他者に事業/活動の価値を説明できるようになります。ロジックモデルを自分たちのために使ってください」


講座の冒頭で、評価の印象にふれた小川さん(写真右)と若林さん(写真中央)


後半:評価は自分たちでデザインできる

次は評価のデザインです。必要なのは、「評価を通して誰がなにを明らかにしたいか」という評価設問の検討と、「自分たちが測りたい価値はなにか」を考える評価指標の検討です。

評価設問と評価指標を検討したうえで、データ収集や比較を行います

先ほどの琵琶湖博物館のケースで作成されたロジックモデルでは「琵琶湖の自然と地域の歴史をとおして自然と人間の生活について見方が変わる」というアウトカムがありました。では見方が変わったか、来館者からデータを取り、自分たちで分析する必要があります。

指標に合わせて、活動を変質させてしまわないよう注意します

データを取るために必要なのが評価指標。ロジックモデルに基づき、価値を測る物差しをつくっていきます。大事なのは、指標は必ずしも量的情報だけでなく質的情報もあること。講義後半の最後には量的・質的データの集め方も共有されました。

量的・質的データそれぞれの長所・短所を知り、それに合わせた収集をしましょう


質疑応答の時間は【対話型ゼミ】受講生がビデオカメラをオンにして参加

後半30分ほどの講義が終わり、質疑応答に入りました。ある【対話型ゼミ】受講生から「KPI(重要業績評価指標)、助成金獲得のための効果測定と、評価の違いを教えてほしい」と質問がありました。源さんは「KPIはアウトカムをコントロールできる民間企業の言葉。社会課題解決や価値創造のための事業/活動ではコントロールできない外的要因が生じることもある点に留意が必要になると私は思う」と回答。また助成金獲得のための効果測定は、アウトカムを可視化する「変化の連鎖型(Theory of change)」が便利だと言います。これには「資金獲得型ロジックモデル」なる別名もあるそうで、資金提供者に「よい変化が多くの関係者にあった」と何らかの影響を示しやすいと言います。

別の受講生からは「ロジックモデルを作成してしまうと、事業/活動がリニア的(直線的)に走ってしまわないか。芸術文化創造活動のよさであるハプニングの発生とロジックモデルの間でうまく折り合いつける方法は?」と質問があがりました。 

源さんは「すごくいいポイント」と顔をほころばせながら「予期せぬ発見はきちんと捉え、測定して、次の活動につなげてしまえばよいのではないか」とアドバイス。最後、講義をこう締め括りました。

「芸術文化の価値を言葉にするのは難しいですよね。それでも、価値を引き出し、説明をするのは理解者を増やしたり、自分たちが意図する活動を継続的に見直したりするため。意図やミッションの可視化に有効なロジックモデルを活用した評価の考え方を生かして、芸術文化を盛り上げてほしいです」

次回は、【対話型ゼミ】にて「評価ワークショップ〜ロジックモデルを活用し改善・変革していく術を磨く〜」と題して、協働型プログラム評価を受講生が実体験するワークショップを行います。


講師プロフィール
源由理子(みなもと・ゆりこ)

明治大学公共政策大学院ガバナンス研究科 教授。国際協力機構(JICA)等を経て現職。専門は、評価論、社会開発論。改善・変革のための評価の活用をテーマとし、政策・事業の評価手法、自治体、NPO等の評価制度構築、関係者による参加型(協働型・協創型)評価に関する研究・実践を積む。近年は特に、社会福祉分野、文化芸術分野における関係者のエンパワメントや組織強化につながる評価のあり方に関心を持つ。主著に『プログラム評価ハンドブック〜社会課題解決に向けた評価方法の基礎・応用』(共編著、晃洋書房、2000年)、『参加型評価〜改善と変革のための評価の実践』(編著、晃洋書房、2016年)など。

 執筆:中尾江利(voids)
記録写真:森勇馬
運営:特定非営利活動法人舞台芸術制作者オープンネットワーク(ON-PAM)


事業詳細

芸術文化創造活動の担い手のためのキャパシティビルディング講座2023
~創造し続けていくために。芸術文化創造活動のための道すじを“磨く”~


東京芸術文化相談サポートセンター「アートノト」

アーティスト等の持続的な活動をサポートし、新たな活動につなげていくため、2023年10月に総合オープンしました。オンラインを中心に、弁護士や税理士といった外部の専門家等と連携しながら、相談窓口、情報提供、スクールの3つの機能によりアーティストや芸術文化の担い手を総合的にサポートします(アートノトは東京都とアーツカウンシル東京の共催事業です)。


アーツカウンシル東京

世界的な芸術文化都市東京として、芸術文化の創造・発信を推進し、東京の魅力を高める多様な事業を展開しています。新たな芸術文化創造の基盤整備をはじめ、東京の独自性・多様性を追求したプログラムの展開、多様な芸術文化活動を支える人材の育成や国際的な芸術文化交流の推進等に取り組みます。