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絵空伝《1》

〜世佳主義社会〜

 西暦2045年。人工知能は社会の至る所に浸透し、自動化も推し進められた。そして、西暦2099年には予てより噂されていた「AIにより職を失う事態」が無視できない状況にまで進展し、やがて国民の7割が職に就けない状況が現実化した。職を持つものは専門性が高く仕事内容が特化されているため転職も難しい。すでに転職先も限られる社会になっていたため人の移動が困難になっていた。
 資本主義経済はここに行き詰まってしまったのである。
 社会保障制度は整備されつつあったが、労働人口は減少し大企業の海外進出が進んだため肝心の税収が激減した。
 もはや待ったなしの状況になって発案されたのが世佳(セイカ)主義社会である。
 成果主義と生きることに価値を認める生価をかけて転じた造語であった。
 世佳主義の基本は、まず人生を100年と仮定しその価値を1億円と等価に考えるところから始まった。そしてポイント換算システムで1日あたりの生きた価値を約2740ptとして計算するのだ。
 この行政システムによって3歳になる頃には300万ptが付与される。生きることに価値を認める社会において、生きるための費用が必要ない社会の基盤整備が始まったのだ。小学校から大学までの教育過程は選択自由ながら費用はかからないように制度が整備されたため、10歳で1000万pt、20歳で2000万ptが付与される。親が子を思ってお小遣いやお年玉といった形でポイントを贈与したので当然ながら持っていても貯まる一方である。人々はポイントの使い方に心を配るようになった。
「ポイントの賢い使い方講座」「生涯現役でポイント遺産を残さない方法」など、様々な講座や研修が持て囃された。こういったビジネスを展開することで税ポイントを納付することが可能になる。
 住民税や健康保険や年金といった「収入がなくても生きてるだけでお金がかかる」時代は幕を下ろしたのである。

ハローワークにて
「どうして仕事がしたいんですか?」
「働いてポイントを納付したいのです。このままではポイントを使い切れないまま人生を終えることになってしまいます。」
「残ったポイントは遺族に相続されてしまいますからねぇ。」
「そうなんです。まだ独身ですが、子や孫の代にポイントを残すようなことがあっては恨まれてしまいます。」
「そうそう。ご結婚されたら良いのでは?納付ポイントが割り増しになりますよね。」
「もちろんそれも考えないわけではないですが、それには相手が必要ですから…。もし彼女ができてポイントが使わないまま残っていると知れたら社会貢献していないと見なされてしまいます。」
「そうですねぇ。ポイントに納付義務はないですし、市販のものはただ同然となれば、就職するとか起業するとかで社会貢献するしか納付方法がないですよね。」

起業相談にて
「どうして起業を思い立ったのですか?」
「もちろんポイントを納付するためです。もともとウチは資産家の家系なのでただでさえ莫大な資産がありました。そのため今回のポイント世佳主義制度によって全てが余剰ポイントになってしまったのです。こうなったらポイントを使いまくるか納付するしか手はありません。ポイントを使うといったって商品やサービスの価格が無償に近いわけですから使い道すらないのです。」
「そうですね。みなさんポイントを納付するためにビジネスされていますから価格がほとんど無料に近いんですよね。」
「そうなんです。ポイントの使い道のない時代ですから、起業して会社を大きくしてたくさん納付することを考えないと子や孫に累積されてしまいます。」
「しかし、使い切らないからと言って罰則規定があるわけでもないですから無理しなくてもいいのでは?」
「いやいや、冗談じゃないですよ。生きてる限り価値を認められてるわけですから全部と言わなくても可能な限り使いたいです。なんだったらマイナスになるくらいまで頑張ります。」
「やれやれ、ポイントをマイナスにしたいなどと夢想する若者が増えてきたのは困りものですね。そんなことが可能なのはほんの一握りの人なんですよ。」
「困難であることは覚悟しています。でも、生きている実感が欲しいんです。」


絵空伝
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