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絵空伝《5》

〜クリエイター法案〜

どこかの国の想定質疑

「え〜。予てよりご承知のように、我が国には若い世代を中心にクリエイターを志す人が実に多いのが現状であります。そのため、専門学校や芸術系の大学はもとより通信教育や趣味としての講座も多数存在するのであります。しかしながら、もう一方で仕事にするには不安定だったり就職口が少ないことなどの理由によって競争率が高いことが原因となり狭き門となっております。これは偏にクリエイターの存在価値の誤解にあります。一口にクリエイターという分野にも様々な職種や形態がありますが、決して楽で楽しいことばかりではなく、むしろブラックと称されるような過酷な状況の中「好きな仕事だから」という理由で苦労も厭わず仕事として取り組んでいる方も多数あると聞きます。
 西暦2000年頃のIT革命によって印刷・出版業界が多大な影響を受けました。では、その分野の需要が無くなったのかと言えばそうではありません。むしろインターネットの普及により組織単位でのサイトの制作や外注していた会報や社内報などの出版物を内製化する必要が生じました。つまりクリエイターの存在価値は高まっているのです。そのため、総務部であるとか美術系に関心のある社員にその役割を任せたりするのが現状となっているのではないでしょうか。企業や組織にとっては利益を生むか否かが職種の存在理由になりますから専門職とすることに抵抗があることも否めないでしょう。そこで、この法案はどんな組織であってもクリエイター職を置くことを義務化するものです。」

質問:資格や試験はどのようなことをお考えですか?

回答:ナンセンスな質問ですね。本来どんな人でも自由に取り組めることが最大の利点とも言えるでしょう。したがって資格も試験も必要ありません。デザインであれ音楽であれ、そしてラクガキであっても企業価値や組織の存在意義を高めるための活動はクリエイター職として認めるべきでしょう。多種多様であることが非常に重要です。

質問:この法案が施行された場合の企業や組織の負担についてはどのようにお考えですか?

回答:まず問題になるのは経費でしょうね。人件費のみならずクリエイター活動には多くの費用がかかります。したがって当面は補助金を支給いたします。これは社会全体への経済効果および文化的な効果にもなるでしょう。役職手当を支給することなどでクリエイター職の存在価値を高めれば本人の意識向上にも役立つでしょうし組織内外との連携もスムーズになるでしょう。また、クリエイター職のセミナーや勉強会、学校・学部などへ波及することも期待しています。

質問:補助金への言及がありましたが、財源はどのように確保しますか。

回答:現在も様々な分野への補助金があることはご存知かと思います。まずはそれぞれの効果や影響を再検討し整理し直すことから考える必要があるでしょう。これも社会デザインの一環となります。この試みは広い意味で国民の多様な幸福感について考え直すことが必要になるでしょう。

「我が国は古くから木の文化を確立して来ました。それは気候風土によって育まれた森林資源に恵まれていたことがあります。そして木材の加工しやすさやなどが理由として挙げられるでしょう。しかし、地震や台風や火事などによって失われた家屋を再建するために装飾などの芸術性よりも機能美が優先されて来た一面があるのではないでしょうか。曲線を多用するよりは直線でシンプルに。そのシンプルさの中に美を見出すという考え方です。やがてそれは木材以外の金属が普及するようになってものづくりの精神として引き継がれたのではないでしょうか。工芸品などの美術品は独立した分野を確立するに至りました。専門性を高めたことによる成果とも言えるかも知れません。元来、国の政策とはデザインされるべきです。もちろん時流や必要に応じた臨機応変な対応が必要でありますから、その都度再構成されるべきであることは間違いないでしょう。しかしながら必ずしも政策にデザインの発想が活かされて来たとも言えません。したがってこの国は「どうしたいのか」「どこへ向かうのか」ということがわかりにくくなっているのです。」

「議長、本法案を多角的に検証し、ご議論いただいた上でご採決ください。」


絵空伝
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