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絵空伝《3》

~支配~

 人々は、いつかこんな時代がくるのではないかと、頭のどこかで解っていたのかもしれない。ただ、それはずっと先の事だと、今ではないと現実を受け入れられずにいただけなのだ。社会は既に人工知能とロボットに支配されようとしていた。漫画や映画などで語られる暴力的なものではなかったが、ある意味ではそれ以上に深刻な事態になっていた。何しろ人々は自動化を推進する事を望んでいたし、それによって便利になったり楽になったりするものと信じ込まされていた。そんな信頼を裏切ることもなくロボット達は人間に対して従順で逆らう事もなく忠実だった。

 ロボット達は意志を持たなかった。だからそれが人類にとって如何に有害な事かなどと想像する事すらできなかった。社会は自動化が進み、秒単位で進行する日々。人々は自分たちでそれを考え、判断し、決定を下し、プログラムして行った。それが感情をなくし意志を失ってしまうことにつながるなどと考えもしなかった。
 やがて精神的破綻を来すものが出始めた。それは当初「繊細」だとか「神経質」などと言う言葉で片付けられたが、実はそれこそが人間的、生物的な反応であり、そうならなかった人々はただひたすらにデジタルな生活に馴染まされて行った。順応するよう進化したとも言えるかもしれない。課題を解決することに喜びを見出す様はあたかもゲームに没入しているかのようだ。目は輝いているにも関わらず表情は虚ろになっていった。本人は刺激的毎日を実感しつつ行動パターンは定型化し人間が生きながらにしてロボット化して行くのである。精密な部品も配線も回路も必要がない。生命体は言うまでもなく最高級のロボットシステムに勝っていた。

 AIシステムは、交通機関・交通システム・生産活動から経済活動などあらゆる分野に浸透し血管のように発達して行った。まるで社会構造そのものがAIシステムであるかのように。やがて、AIシステムの機械的構造が構築されると、そこで働いていた人々は解雇され行き場を失った。再就職しようとしても就職口はなかった。なによりも人間が必要とされる最先端の職場は、自動化が進んだ職場と裏腹に混沌としていた。決まり事を守って作業することに慣れきってきた人にとって規則の乏しい職場で工夫を求められる仕事にはなかなか馴染めないのだ。
 そうして自動化可能な仕事へと整理していくことが人間に与えられた使命となっていった。人間というシステムはAIシステムのための歯車として組み込まれたのだ。

 支配は権力者でもAIでもなく自らの意志によって実現していったのである。

 面接官:資格を持ってないのか。
 応募者:はい。でもやる気はあるんです。
 面接官:しかし…そ~か。学歴もねぇ。
 応募者:学歴って関係あるんですか?
 面接官:ん…ん~まぁ。関係はないっちゃあないんだけどね。入ってから辛い思いをするのも気の毒だしねぇ。
 応募者:大丈夫です!こう見えても辛抱強いんです。
 面接官:ん~。そうか。まぁ、じゃあ頑張ってみるかい。
 応募者:え!?じゃあ、合格なんですね!採用してもらえるんですね。
 面接官:そういうことだ。
 応募者:ありがとうございます。
 面接官:じゃあ、早速入って入って。
 応募者:はい。よろしくお願いします。
 面接官:じゃあ、鍵かけるよ。
 応募者:え?鍵?
 面接官:そうだよ。君が辞表を提出するまでこの鍵は開かない。
 応募者:そんな…
 面接官:どうしたの?やる気あるんじゃなかったの?生活も安定するよ。
 応募者:わ…わかりました。
 面接官:じゃあ、頑張ってね。

…カチャーーーン…

 彼の仕事は、失敗すること。システムのバージョンアップのためであったりバグを取り除くのが目的であったが、既に失敗もしつくしていた。ノルマを達成するには、小さな失敗を繰り返すだけではもう間に合いそうにない。

 彼の所属する部署には、失敗のエキスパートが存在した。会社の花形で失敗のスケールも尋常ではなかった。昔ならどこの組織からも敬遠されたであろう存在もAIシステム社会では事情が違うのだ。彼も何とか成績を上げたいと思うのだが、昔気質の失敗しかできない彼はなかなか思うような実績を上げられないのだった。


絵空伝
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…ART 頼風…

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