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帰れなくなった男 (短編小説)

パラレルワールド(並行世界)って知ってますか?

今回のnoteは、そんな、ちょっと不思議な小説です。

*********

もう一度あの日に戻れるならば…。

シンジはそんな後悔と失念の気持ちと共に、ベッドの上で目が覚めた。この頃はよくあることだった。

目が覚めても、今日の予定は、ない…。いや、月曜の朝だったが、今週の予定というものが、何もないと言ってもいいだろう。

この二週間で、面接を5件受けたが、今日、採用されれば、2件から連絡がある。もう3件の返答は、今週中とのこと。

気晴らしに遊びに行きたくても、遊ぶ金もない。まったくないわけではないが、家賃を払ったら、電気代とスマホ代が払えなくなりそうだ。家賃の期限は週末。遊ぶ余裕はない。

シンジは重たい気持ちのまま、ベッドから気怠く降りてトイレへ行った。

小便の出が悪い気がした。キレがなく、勢いも弱い。だらしなく緩んだイチモツを眺めるとますます情けなくなった。このイチモツにも、小便と一人でナニをする以外に、まったく活躍の場を与えられていない。

マミと別れてそろそろ1年になる。それ以来、まったく女っ気はない。元々モテる部類にはまったく入らないのだから、彼女を作るというのは至難の技だ。

世の中には、ホイホイ彼女や彼氏ができる輩がいるが、あいつらは完全に恵まれた才能だと思う。生まれつきの能力だ。イケメンや美女は、それだけで人生のトーナメントのシード選手のようなものだ。

この世に神がいるとするのなら、どうしてこんなにも不公平な社会を作ったのか?つまり、この世界に神などいないのだろう。シンジはそう結論づけた。

だが、マミと別れた原因は自分にあったとシンジは分かっていた。

ちょうど、別れる数ヶ月前から仕事に行き詰まり、何かとアクシデントが続いた。それでやけっぱちになったり、愚痴ばかり言ったり、マミに八つ当たりをしたりしてた。彼女が優しいのをいい事に、甘えてたのだ…。そんな男、振られて当然だ。

別れてしばらくの間は、さほど思い返したり、ひきづるような事はなかったが、5ヶ月前。ついに会社からリストラを言い渡された。しかも、リストラの直後に、その会社は倒産した。

おかげで退職金がうやむやのまま、今後もそれをもらえるのかどうかわからない。会社が傾いていたが、最後までなんとなかなるだろうと思い、油断していた自分を呪った。

すぐに仕事を探したが、再就職はうまくいかない。社会はウイルス騒動の影響で大不況だった。就職先は見つからない。しかし、それなのに家賃やらスマホ代やらカードローンやら、生活費はまったく減らないのだ。やはり、神はいないが、悪魔はいるのかもしれない、などと皮肉なこと考えたくなるくらいだった。

人はついつい、辛くなると現実逃避したくなるのだと、シンジは自分の心情を通して知った。気づくといつも、仕事も順調で、恋人のマミがいた頃の日々を思い返していた。仕事も順調だった頃は、給料も良かったし、職場の雰囲気だってとても良かったのだ…。

(あー、あの頃に戻りてぇな〜)

シンジは、そんな事を思いながら、毎日眠りにつくせいか、その頃の夢をよく見るようになった。昨夜も、2年ほど前の事だろうか?鮮明に思い出すというか、追体験する夢を見ていた。

しかし、目が覚めると、このきつい現実が待っている。

**

結局その日、2件の会社から、採用のメールも電話もなかった。最後まで望みは捨てたくなかったが、午後10時になって、完全に諦めた。

(今日も、ダメか…)

これで何社落ちただろう?シンジはやけ食いもやけ酒もする気力もなく、ただただフテ寝するしかなかった。この頃、やけに眠い…。

「あー、あの頃に戻りてぇ…」

気がつくと、シンジは思うだけではなく、一人でそう言葉に出していた。いい加減、そんな自分に(俺、なんか精神とかやべぇな…)と思うほど。

そして、過去のシーンをあれこれと思い描きつつ、眠りにつくのだった。

・・・・

夢を見た。俺はネクタイを締める。スーツはクリーニングから返ってきたばかりだった。ビニールのカバーを取り、ホッチキスで止められたタグを外す。

部屋の様子は、今とさほど変わってないが、昨年買ったデスクはまだなく、ベットの向きが、模様替えする前の配置だった。マミが別れる1ヶ月前に落として割ってしまったスヌーピーのマグカップがテーブルの上に置いてあった。思えば、誕生日に買ってくれたこのカップが割られてしまったことも、キレた原因のひとつだったと。思い出す。

この頃はよくリアルな夢を見るが、今日はいつにも増してリアルだった。

シンジは、夢の中のシンジの中にいた。夢のシンジは、会社に行く準備をしている。何を考えているのかも、大体、わかる。思考の内容はわからないが、感情というか、感覚というか…。

どうやら夢の中の自分は、今朝は早めに出社して、急ぎで片付けなくてはならない案件が出てきた事に多少イライラしているようだった。

夢の中のシンジは、マグカップに残っていたお茶を飲み干して、台所のシンクに下げ、水を張った。

(あれ?これ、夢だよな…)

シンジは、完全にこれが「夢」だと理解していた。いつもリアルな感覚はあるが、ここまで実体のある夢は初めてだった。

いや、夢というか、過去のワンシーンを、完全になぞっていた。2年ほど前の自分に、タイムスリップしたようだった。

シンジは、試そうと思ったわけではないが、夢の中の、忙しくしているシンジの腕を何気なく動かしてみた。すると、腕は思ったように動いた。

玄関に向かおうとしていた夢の中のシンジを、もう一度台所の方へ向かわせた。夢の中の自分は、すんなりと、自分の思い通りに動いた。

違和感はあった。夢の中の“自分”とはいえ、感覚的には、他人の中に入ってるような居心地の悪さを感じた。

動かしてみると体は軽いのだけど、サイズの合わない服を着ているような、自分の体が自分のものでないような、不思議な感覚だった。初めての体験だったので、言葉で説明しようがない。しかし、特に気にしないでも問題のないレベルの違和感ではあった。

シンジはシンクにある、見慣れたスヌーピーのマグカップを見下ろす。手に取り、入っていた水を捨て、シンジはそれを目の前でまじまじと眺めた。

(懐かしいな…)

誕生日に、マミがお揃いで買ってくれたやつだった。二人で、お茶やインスタントコーヒーをよく飲んだ。

それにしても、リアルな夢だ。この手触り、感触。完全に現実と変わりない。

もう一つのセットが、棚にいつも置いてあったなと思い出し、シンジは会社に行かなければと思いつつも、自分のマグカップをテーブルに置き、食器棚を物色した。

(おかしいなぁ…)

色違いのカップは、見当たらなかった。どこか、違う場所にしまったっけ?

ふと気になり、テレビを付けてみた。リモコンの場所は、いつも同じ場所だ。

テレビでは、朝のニュースが流れていた。

(あれ?最近こんな番組やっていたっけ?)

と思いながらチャンネルを回すが、普段からシンジはテレビを見る事はあまりないので、実際のところはわからない。ただ、見覚えのある番組がたくさんやっていた。

つまらないのでテレビを消す間際に、何かの番組で日付が目に入った。9月27日。今日の日付だった。夢の中でも、同じ今日を見ているなんて、なんだか不思議だった。

シンジは少し考えてから、先ほどからポケットにずっしりとした存在感のあるスマホを取り出した。iPhoneの2つ前のモデルだった。しかし、一番サイズの大きいタイプだった。

(あれ?おかしいな。俺、このサイズのなんて持っていた事ないぞ…)

と思いながら、日付を見て驚いた。

2018年9月27日

しばらく、シンジは大きいサイズのiPhoneを持って固まる。

(2年前…の今日…?俺は今、2年前の1日を、夢で見ているのか?)

シンジは不思議な気持ちになり、思わず声を出して笑った。こんな夢あるのか?

外の様子を見てみることにした。テーブルに置いてあった、パソコンやクリアファイルにまとまった資料の入ったバッグを持つ。この重みと質感。記憶のままだ。

外に出ると、アパートの様子は見慣れたアパートの姿そのものだった…。部屋も、二階の204。

だが、通りに出ると、ほんの少しだけ様子が違った。セブンイレブンのあった場所が、ローソンになっていた。

シンジは混乱したが、これはやはり“夢”なんだと理解した。過去にタイプスリップしたわけではない。夢なのだから、自分の記憶の中にある出来事のはずだ。きっと、自分の記憶が曖昧なのだろう。

ということは、どうせ夢なのだから、何をしてもいいのかと、とても気が楽になった。このまま会社に行く必要もない気がしたので、駅前のスタバへ行き、ラテを頼み、マフィンを食べた。このスタバは現実にもあった。

椅子に腰掛け、スマホを眺める。手に持て余すサイズのiPhoneがどうも慣れなくて、扱いづらかった。

まず最初にLINEアプリを開いた。夢の中では、誰と連絡を取っているのだろう。

(おお、雄二に晃一!会社の先輩も…)

まったくもってメッセージをやりとりした記憶はないが、見慣れた面々と連絡を取り合っていた。田舎の母親もトーク履歴が残っていた。トークを遡ってを見直すと、夏休みに帰省したことや、晃一たちと千葉の御宿海岸で海水浴したことなどが書いてあった。

しかし、マミとのトーク履歴がない…。この頃は、マミとは頻繁にLINEでやりとりをしていたはずだが…。

カメラロールを開く。

友人と撮った写真や、奥多摩にキャンプへ行った写真。会社の飲み会での写真。しかし、マミの姿は見当たらない…。

(まさか、この夢は、マミのいない世界の夢なのか…?)

そう思うと、シンジは途端にやる気を無くした。さっきまで、夢の中いる事にウキウキしたのだが、一気に気分が冷めた。あの日に戻りたいと願って、こんな夢のような世界、というか、夢の中に来たというのに、思っていた世界とは違ったのだ…。

(もう、どうでもいいや…)

シンジはスタバを出て、部屋に戻る事にした。さっさとこんな夢終わらねぇかな…と思いながら。

部屋に戻ってスーツを脱ぎ、素っ裸になってみると、思ってたより痩せていることに驚いた。洗面所にある体重計に乗ると、8キロも減っていた。マミと別れてから増えた8キロ分の贅肉がついていない健康的な体だ。

(この辺は、やけにリアルなんだよな…。でも、体の違和感は、痩せていたせいか…)

スマートフォンでSNSを開く。仲間の動向が、タイムラインで見れた。シンジ自身は、あまり投稿をするタイプではないが、仲間たちの眺める事は時々あった。

「ははは、こんな事あったな!ウケる!」

と、友人が海でクラゲに刺された話や、夏祭りで神輿を担いでいる姿などがTweetされていたので、シンジは笑った。他にも、見た覚えのある内容がいくつかあった。

午前10時を過ぎたくらいに、会社から電話が入った。上司だった。

「おい、どうしたんだ?無断欠勤なんて…。どっか悪いのか?」

聴き慣れた声だった。課長だ。しかし、すげえ嫌なやつだとシンジはいつも思っていたが、電話は優しい声色だった。

「ああ…、すいません、すごく体調悪くて…」

「そうか…。今日のプレゼンはチームの方でなんとかするから大丈夫だ。西村の資料、あれだけメールで送れるか?シートがあればあとは佐々木が仕上げるから。無理しないで今日はゆっくり休みなさい。いつも頑張ってるからな」

「はい。わかりました。ありがとうございます」

そう言って電話を切った。おかしいな…。課長があんなに優しいことなんてあったかな?俺の記憶では、いつも罵声と文句しか言ってなかったのに…。変な夢だ。でも、西村先輩とか、事務の佐々木さんとか、よく知った名前だ…。

夢の中で仕事をするのも馬鹿らしいなぁと思いながら、シンジはノートパソコンを開いた。しかし、資料と言われても、まったく記憶にないので、探すのに少し苦労した。

しかし、そのおかげでPCのファイルを色々と覗けた。スマホは記憶と違うが、PCは同じものを使っていた。でも、見慣れないアプリがいくつかあって驚いた。

目星のついた資料のデータを見つけ、課長に送った。多分、大丈夫だろう。なんとなく、安堵感があった。感覚的に、この世界の自分の記憶のようなものはわかる。

・・・・・・

そのまま、翌朝になった。夜になっても夢は続いたが、眠れば、この夢は終わるのだろうと思っていたが、いまだにシンジの夢は継続していた。スマホのカレンダーでも、テレビでも、2018年9月28日だった。

(いったい、どういうことだ…)

しかも、昨日よりも、なんだかぎこちなかった体が、妙にしっくり来ていた。

(まさか、これは夢でなくて、現実?)

シンジはゾッとした。寝てる間に、どこか見知らぬ世界に飛ばされたのか、それかやはり、夢から醒めない夢の中に囚われたのか…。それともここは、やはり「過去」の世界なのか?

いや、そっくりだが、違うことがいくつかある。マミがいないのが大きいし、街の様子も少し違った。課長の性格も違った。

とりあえず、確かめてみよう。シンジは会社に行ってみることにした。こっちの世界のシンジの記憶はないが、大体同じ世界らしいので、仕事はなんとかできるかもしれない。それに、どうせ夢なんだし…。いつか、醒めるのだろうし…。

2018年9月28日…。この頃、どんなニュースがあったっけ?シンジは思い出そうとしたが、よくわからなかった。

小田急線に乗って、新宿で丸の内線に乗り換え、赤坂見附の会社へ出社。何事も、変わったことがないというか、シンジの知っている世界そのままだった。

「具合はどうだ?」

会社の入り口で課長にあった。咄嗟に、嫌な記憶が蘇る。いつも嫌味ばかり言われていたし、極め付けは、最後にリストラ通告をしてきたのも課長だったからだ。

だが、少し話してみると、顔も声も同じだが、中身はまるで別人だった。

(なんだなんだ!むっちゃいい人だぞ!)

シンジは戸惑いつつ、課長と談話をし、エレベーターに乗った。

「あれ?どこ行くんだ?総務に何か用があるのか?」

シンジは開発部の3階のボタンを押したが、課長は4階を押し、そう言った。

「まだ総務部は出社していないんじゃないかなぁ」

と課長がいうので、

「ははは、そっすよね。勘違いです。間違いました」

とシンジは笑って誤魔化しながら言った。どうやら、この夢の中の世界では、シンジの知ってた会社と、少し概要が違うらしい。

オフィスには早めに来たせいで、シンジと課長、あとは同期の岩田さんがいるくらいだった。その後、メンバーが出社して来たが、全員、知ってるメンバーでホッとした。

仕事内容は、なんとなく分かった。細かい部分は覚えていなくて誤魔化したり、人に尋ねたが、体が覚えているらしく、それなりにこなせた。だが、やはり細かい部分が、少しずつ記憶が違っている。

開発部と総務部の階数が違ったこともそうだし、まったく覚えのない、会社から支給さらたスマホがあったり、あるはずのコピー機がなかったり…。

そんな中で、昼休みにこんな会話が聞こえた。同期の岩田さんが、明日から“バリ島に旅行へ行く”という話だ。

シンジはそこで思い出した。

彼女は旅行予定だったインドネシアで大地震が起こり、その影響でフライトできず、成田まで行ったのに、結局バリ島へは行けなかったはずだ。それについて文句を言っていたのを覚えている。確か、2018年9月末から10月のあたりだ。よく覚えている。

(ということは、ここが過去の世界なら、インドネシアで地震が起きる…?)

だが、本当にそんなことが起きるのかどうか、確証はない。いかんせん、ここはあくまでも、夢の中…なのだ。

仕事が終わり、シンジは帰宅する。ものすごく疲れた。慣れない仕事を始めたばかりのような、そんな疲労感だ。ほとんどが知ってる内容だったとはいえ、感覚的には2年前のことだ。忘れてるに決まっている。昨日が体調不良で休んでおかげで、「まだ調子悪そうだな」と、皆穏便に見てくれたが、たぶん、けっこう迷惑をかけたような気がする…。明日からが不安だ。

家に帰って、テレビをつける。ニュース番組が流れていた。そして、シンジはリモコンを持ったまま体が固まった。

ニュースの内容は、インドネシア スラウェシ島でM7.5の大地震、津波による被害についてだった…。

(ほんとに、起きた…)

シンジは心臓が高なった。一体、自分の身に何が起きているのだ?ここは、過去の世界なのか?夢の中ではなくて、自分は眠っている間に、知らないうちにタイムスリップしたのか?なのに、なぜマミがいない?なぜ、ちょくちょく自分の知っている世界と違うのだ?一体どうなっているんだ?

「夢なら覚めろ!醒めてくれ!」

シンジはアパートでそう叫びながら、自分の頭を何度も叩き、平手では飽き足らず、ゲンコツでボコスカと殴った。

「目を覚ませ、目を覚ませ、目を覚ませ、目を覚ませ…!」

しかし、目はしっかり覚めている。頭よりも手の方がいい加減痛くなったので、手をおろし、その場で崩れ落ちるように座り込んだ。頭をいくた叩いても、この不思議な世界から醒める事はなく、リアルな痛みと、リアルな後継と、リアルな臭いがした。匂いはいつ食べたかわからない、コンビニ弁当の空箱から放たれていた。足元に、ビニール袋に入って無造作に置かれていた。

(一体、この世界はなんなのだ…?)

シンジは混乱し、絶望すらした。しかし、しばらくしてから、少し考え直した。

(でも、ひょっとしてこれは、神様が俺に与えてくれたチャンスなのかもよ?)

なぜなら、今までいた2020年9月の世界にははっきり言ってロクなことがなかったからだ。あのどうしようもない生活から離れ、またやり直せるのかもしれない。過去に戻りたいといつも願っていのは、俺自身だ。

(この世に神などいないと思っていたが、神はいるのかもしれない…)

シンジはそう思い、気持ちが上向きになって来た。

だが、一番望んでいたはずのマミが、なぜかこの世界にいない。いや、まだ出会っていないだけど、どこかにいるのかもしれない。ひょっとしたら課長のように、俺の知ってるマミとは少し違うのかもしれないが、もしも会えたら、何かまた一からやり直せるのでは…。彼女のことを、色々と知っているのだから、その辺はかなり有利な条件だ。

しかし、ふとあのマグカップの事を思い出し、シンジは立ち上がり、真紅に置いてあるマグカップを再び手に取る。

(これは、彼女が買った物だ。俺が一人で、こんな可愛いカップを買うとは思えない…)

何か痕跡はないかと、部屋を探した。そして、ついに見つけた。マミと二人で写っている写真が、通帳やマイナンバーカードとかパスポートの入ってる引き出しの奥に、数枚あった。二人で写っていたり、マミが一人で写っていたり、自分一人だったり。しかし、明らかに恋人同士の関係を示すに十分な写真だった。

(でも、スマホには何も痕跡が…)

と思ったが、もう一度、友人たちとのトーク履歴を遡って確認した。

マミとも共通の友人である晃一とのトークに、答えがあった。

『早く忘れて、新しい恋をさがそうぜ!合コン組むよ』

〈いや、今はそんな気分じゃない〉

『そりゃ生きてりゃフラれるくらいあるさ』

〈俺が悪いんだ。とにかく、今は忘れたい。写真とか、LINEとか、何も見たくないよ〉

そんな会話があった。どうやら、マミとは別れたらしい。もう3ヶ月前会話だから、それ以前にフラれている?

(そうか、写真やLINEを削除したのか…。まあ、俺も実際、同じ事やったもんな。こっちの世界の俺も、同じ事をしていたのか…)

と、なると、マミともう一度やり直すというのは、かなり難しそうだ。しかしどうだろう?実際のところは恋愛に選択肢はある。マミだけに固執する必要はない。それに無職で金のない俺より、今現在の、一応外資系企業に務める俺の方が、遥かに有利な条件だ。

そして、俺は少なからず、未来を知っているというアドバンテージがあるのだ…。

シンジは落ち着いて考えるため、椅子に座り、腕を組んで考える。インドネシアの地震の他に、これから起こることを思い出そうとしてみる。

(えっと…2018年。これから何があったっけ?台風被害がすごかった!この辺りも浸水した!あ、それは2019年だ。そうだ、豊洲に築地市場が移転した。オープンしたばかりの豊洲にマミと行ったのを覚えている。他にはなんだ?天皇の生前退位?消費税10%、うーん、時期がはっきりしない。そうだ、ピエール瀧が捕まった!沢尻エリカもなんてやらかしたな!…。吉本の闇営業とか、ジャーニー喜多川が死ぬのもこれからか?うーん、そんなこと知ってて何かいいことあるのか?)

ロクなことを覚えてない!競馬の大穴とか知ってたらならだいぶ話は違っていたのに…。シンジは自分がいかに世間の動向に疎かったかを痛感した。

考えた結果、過去の世界に来たとは言え、それほど他の人よりアドバンテージがあるとは思えなくて、また力なくシンジは椅子に座った。せいぜい、2020年の新型ウイルスの騒動が起こる前に、影響の少なそうな仕事を選んでおくということだ。

(どちらにしろ、あの会社がこれから資本撤退して、苦境に立たされるから、早めの転職はした方がいいかな…。あ、でも、課長が別人だから、会社も違うのか?)

考えるほど、混乱する。自分の頭で考えてもアテにならない。なんせ、ここ2年に起きた出来事ですら曖昧な記憶力なのだ。

シンジはスマートフォンを開き、同じような体験者がいないかを調べようとしてみることにした。何かヒントがあるかもしれない。しかし、どうやって検索していいのかもわからず苦労した。だが「タイプスリップ」「過去に戻る」「夢が現実に」などの語句で検索をしてるうちに、「パラレルワールド」という概念が引っかかった。

「並行世界」

並行世界や多次元宇宙論、パラレルワールドに関して調べていると、どうやら自分は今、パラレルワールドに迷い込んだのでは?という仮説が一番しっくり来た。

ここは、今までいた世界とは違う並行世界。2020年から、2018年に時間が戻っていることは、並行世界は時間軸も定かではないとのこと。だからどの世界のどの時間にジャンプするかはわからないと…。

今やれることは、少しでも、前の世界よりも良い世界を作る努力をすることだ。この並行世界は、多少の差異はあれど、インドネシアの地震が実際にあったように、歴史は大まかなところは同じなのだろうと、シンジは結論づけた。

しかし、その考えは、リモコンでチャンネルを変えた時に一瞬で崩れた。

『山崎総理による、脱税疑惑の記者会見』

(山崎…総理?…)

見慣れた総理大臣ではなく、まったく知らない顔だった。

(誰この人?安倍総理は…?)

やはりここは、自分の知らない世界だった…。

この世界に、神様はいるのかもしれない。でも、都合の良い神ではなさそうだった。

おわり

著書(書籍はノンフィクションです)

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言葉の力で、「言葉で伝えられないものを伝える」ことを、いつも考えています。作家であり、アーティスト、瞑想家、スピリチュアルメッセンジャーのケンスケの紡ぐ言葉で、感性を活性化し、深みと面白みのある生き方へのヒントと気づきが生まれます。1記事ごとの購入より、マガジン購読がお得です。

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