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[場所そのものがアート作品と化す]

前回のブログ「作品を体験すること、視点が変わること」では、「作品を体験する」ことについて考えていきました。今回はその延長として、場所そのものがアート作品と化している美術館を取り上げてみたいと思います。

通常の美術館では、美術作品を鑑賞をする場所として、展示室に作品が設定されています。野外にも作品が設置されている美術館もありますが、基本的には美術館という場所は作品を納める“箱”として機能しています。
場所そのものが一つの作品として存在するアートに、前回のブログでも紹介したジェームズ・タレルを代表とする、自然を作品の制作素材とするアースワークという表現様式があります。また教会や神社仏閣、宮殿や庭園なども、空間そのものが作品と言えるかもしれません。ここでは、美術館全体があたかもアート作品ともいえるようなところを、実例として紹介してみたいと思います。

芸術と自然の並置、インゼル・ホンブロイヒ

ひとつは、ドイツ・デュッセルドルフ郊外にある、アートと自然が一体となった野外美術館群、インゼル・ホンブロイヒ Insel Hombloich です。美術館群というように、美術館単体ではなく、広大な敷地内に美術館や制作スタジオ、研究施設などがあります。
インゼル・ホンブロイヒは1986年に、「芸術と自然の並置」というコンセプトのもと、不動産業者でアートコレクターのカール=ハインリヒ・ミュラーによって設立されました。
そのインゼル・ホンブロイヒの広大な敷地内の湿地帯にあるホンブロイヒ美術館は、木々がざわめき、鳥がさえずり、池では魚が自由に泳ぎ、水鳥がしばし羽を休める中、点在する展示場所をフィールドワークのごとく周るよう構成されています。

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古今東西のコレクション作品が並ぶパヴィリオンは、キャプションも説明もなく、作品を“鑑賞”するというより“体感”するといった感覚に近いものがあります。また、アーティストが制作しているスタジオや、コーヒーや紅茶はじめ、パンやじゃがいも、りんごなどが無料で提供されるカフェテリアもあります。カフェテリアでいただけるシンプルな食べ物は、素材そのものを味わえるかのようでした。

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写真上/キャプションのないパヴィリオン内の作品
写真下/アーティストが制作活動を行うスタジオ

湿地帯を離れ、道路向かいの平原を10分ほど歩いたところには、建築家の安藤忠雄が設計したランゲン美術館があります。美術館の他にも、アーティストが居住し制作できるようなアトリエや、研究者のための施設などが散在しています。こちらは、もともとロケット発射地だった場所が90年代に美術館群の一部として増設されたということもあり、まだまだ拡張していく余地も伺え、新しいものが生み出されていくラボといった印象がありました。

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写真上/ホンブロイヒ美術館からランゲン美術館に向かう平原にも、作品が設置されている
写真下/安藤忠雄設計のランゲン美術館

「芸術と自然の並置」という設立時のコンセプト通り、澄んだ空気の中に自然を楽しみ、シンプルな食事で食べ物の素材そのものを味わい、そしてアートに触れることのできる場所、インゼル・ホンブロイヒ。心身共に感覚が研ぎ澄まされ、五感全体がニュートラルに戻るかのような体験は、さながら美術館群そのものがアート作品のように機能しているように感じました。

アートの起源をたどる、江之浦測候所

もうひとつは、現代アーティストの杉本博司が構想10年を経て2017年に神奈川・小田原に設立した、「小田原文化財団・江之浦測候所」です。こちらは、相模湾を見下ろす広大な斜面に、ギャラリー棟はじめ石舞台、光学硝子舞台、茶室、庭園、門などが設置され、時間内に自由に散策できるようになっています。それらの施設は日本の各時代の伝統建築様式や工法によって再現され、日本建築の歴史が通観できるよう構成されています。随所に設置されている長い回廊は、夏至、冬至、そして春分と秋分時に、回廊の先から太陽が昇る方向に向いており、日本庭園にみられる借景の概念が取り入れられています。

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写真上/相模湾に臨む斜面には、蜜柑畑と竹林が広がる
写真下/夏至の朝に海から昇る太陽光が駆け抜ける「夏至光遥拝100メートルギャラリー」

ちょうど訪れたのは、夏季のみ夕方に入場できる「夕景の回」だったこともあり、敷地内の一部は散策できませんでしたが、刻々と変化する夕方の空を臨むことができました。訪れた人々は、光学硝子舞台を囲む石段に座り、舞台を鑑賞するかのように思い思いに夕景を眺めていました。

杉本博司はこの場所を設計するにあたり、次のように語っています。

「悠久の昔、古代人が意識を持ってまずした事は、天空のうちにある自身の場を確認する作業であった。それがアートの起源であった。」     (江之浦測候所HPより)

天空を通じて、現世に生を受ける私達が今この時この場にいることを意識する。創設者のその想いが天に伝わったのか、空がこの場所を祝福しているかの如く、訪れた日には“裏後光”といわれる珍しい空が現れました。

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写真/太陽と正反対の方向、東の空に光線が放射状に収束して見える“裏後光”が現れた

インゼル・ホンブロイヒで体験した感覚とはまた違ったものでしたが、ここ江之浦測候所でもまた、自然と共に自らの感覚が研ぎ澄まされる体験となりました。

アート作品から得られる「何か」

作品や展覧会から「何」を見つけるか、それは視覚的に作品を鑑賞したり、作品を体験するということだけでなく、インゼル・ホンブロイヒや江之浦測候所のような、場所がアート作品そのものといったところに足を踏み入れ、五感全体で感じることもまた、「何か」の発見になっていると思います。世界難ともいわれるこのコロナ禍では、こうした場所を訪れること自体が難しいのが現状ですが、アート作品から得られた「何か」は、接した時にはっきりと分からなくても、いつの間にか私たちの日常に、もののみかたの変化をもたらすきっかけになっているかもしれません。

アートハッコウショ
ディレクター/ツナグ係 高橋紀子                  



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