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批評・映像・『ニュー・イリュージョン』・チェルフィッチュ

基本情報

・形態:映像
・場所:王子小劇場
・年:2022

概要

舞台と客席は正対している。
舞台には二枚のパネルが間を空けて置かれ、それに2名の俳優と1名の演奏者の収録映像が映し出される。
主に二人の俳優の語りが演劇を進行し、時折音楽が挿入される。
ストーリーとしては、一緒に暮らしていた二人の俳優が、自分たちが実際に住む部屋を模した舞台セットの演劇に先日まで出演しており、その演劇の上演が終了し舞台が片づけられると、二人は現実において一緒に住む気が無くなったというものである。

既存の批評

なし

目的

フィクションと現実の混濁を示す。

方法

概要に記した「映像演劇」の手法とストーリー

目的の新規性:やや低く感じられた。

フィクションと現実の混濁という主題は、これまでアニメーションやゲーム、漫画等で主題や問題とされてきたものである。
また演劇の分野においても、例えば野田秀樹氏の演劇は、フィクションと現実の混濁を主題の一つにしているように思われる。

方法の新規性:やや高く感じられた。

舞台に映像だけが現れる映像演劇の手法は、演劇手法としての新規性は感じられる。
一方で、これまでも同一アーティストが本手法により複数作品を制作してきた。

目的-方法の合致性:やや高く感じられた。

目的を示すために、映像演劇の手法を用いるということは、舞台上に映像で映し出される俳優というフィクションが、実際に舞台上で演技しているという現実と混同することを意図している点で、合致しているように見える。

社会的インパクト:低く感じられた。

本作品は、下記の二重の構造により、鑑賞者の注意を逸らすと考えられることから、社会的インパクトは低いように思われた。

第一の構造は、作品が複製可能な映像メディアを用いていることで、作品が「いま、ここに在る」ということを、鑑賞者が感じることが困難であるということである。
映像を含めた複製可能なメディアを用いた芸術作品についての基礎的な論考である、ドイツの哲学者・ヴァルター=ベンヤミンによる『複製技術時代の芸術作品』(1936)には、下記の記述がある。

芸術作品は、それが存在する場所に、一回限り存在するものなのだけれども、この特性、いま、ここに在るという特性が、複製には欠けているのだ。

『複製技術時代の芸術作品』、ヴァルター・ベンヤミン、野村 修訳、p. 139

上記の指摘は、本作品にも該当すると考えられる。なぜなら、本作品は複製可能な映像を用いていることから、何度でも同一の上演が可能であり(「いま在る」ものではない)、またどこでも上演が可能である(「ここに在る」ものではない)。
「いま、ここに無い」という本作品の性質は、鑑賞者の注意を逸らしうる。なぜなら、鑑賞者は実際は本作品を「いま、ここ」以外でも観ることが可能なため、「いま、ここ」で作品に注意を向ける必然性が薄いためである。

第二の構造は、本作品が演劇の上演形式を用いていることで、複製可能な映像メディアの特性に反しており、鑑賞者に矛盾を感じさせることである。
ベンヤミンは同書の中で、下記のことを述べている。

芸術作品の技術的な複製が可能になったことが、世界史上で初めて芸術作品を、儀式への寄生から解放することになる。

『複製技術時代の芸術作品』、ヴァルター・ベンヤミン、野村 修訳、p. 147

上記は、複製可能な芸術作品は、例えば自分の部屋でスマートフォンでYouTubeの動画を鑑賞するときのように、鑑賞のための行動様式を必要としないと解釈できる。
一方で本作品は、複製可能であるにも拘らず、演劇の上演形式を用いていることから、一定の行動様式を取ることを鑑賞者に求める。すなわち、鑑賞者は本作品を観るために、事前にチケットを予約し、当日に会場に足を運び、席につき、開演時間になったら劇場スタッフからの上演中の注意の読み上げを聞き、上演中は席に静かに座り、上演が終わったら劇場の外に出るという、演劇作品を鑑賞するための一連の行動を行う必要がある。
ここで、本作品は複製可能で本来は儀式から解放された形式であるにも拘らず、鑑賞者は観劇のための行動様式を取る必要があることで、鑑賞者は本作品の使用メディアと上演形式の不整合が感じられ、鑑賞者の作品への注意が逸らされうると考えられる。

以上により、本作品は二重の構造によって、鑑賞者の作品への注意を逸らしうると考えられる。
本作品がより集中して鑑賞されるには、第一の構造に対してはNFTといった映像の唯一性を担保する技術の試験的導入などが、第二の構造に対しては演劇の上演形式ではない、より自由な鑑賞形式の設定が考えられる。

・トップ画像引用源:https://chelfitsch.net/activity/2022/07/ni-tokyo.html(2022/9/19閲覧)
・コメント:あゆみ

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