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42arts|マティス展(東京都美術館)

カラフルな色彩と躍動する造形、20世紀フランスの画家アンリ・マティスの展覧会が東京都美術館で開催中です! 「色、形、線、冒険のはじまり」というキャッチフレーズのもと、マティスが色や形の効果を追求した作品が並び、キリスト教やギリシア神話、ヨーロッパの歴史といった知識がなくても楽しめる展覧会となっています。

先日、アートの楽しみ方をご提案しましたが、あまりにも頭を使っていない感じで恥ずかしくなってきたので、今回は一歩踏み込んで、絵画を楽しむためのテクニックをご紹介できればと思います。

前回同様、あまり美術史の知識がなくても楽しめる方法にするつもりですが、絵画理論的な話になってしまいました。
すぐに全部身につけなくても大丈夫なので、ふーんって感じで読んでくださいね。

くだんの記事↓

マティスってどんな人?

もちろん画家について知らなくても楽しめますが(展示室にも解説がありますし)、まずはマティスについて簡単にご紹介します。

アンリ・マティス(1869-1954)
フランス ル・カトー・カンブレジに生まれる。法律事務所に勤めていたが、20代で画家を志し、パリ国立美術学校で象徴主義の画家ギュスターヴ・モローに学ぶ。大胆な色彩と筆致でフォーヴィスム(野獣派)の中心的存在となる。ピカソと同時代の画家で交流もあった。

※フォーヴィスム(野獣派)
20世紀初頭の絵画運動で、激しい色彩で感覚に直接的に働きかける手法を用いた。美術批評家のルイ・ヴォークセルが「野獣(フォーヴ、fauve)の檻の中にいるようだ」と評したことに由来。

マティスの特徴は?

・色彩の効果を追求し、形を単純化した
・平面的な室内
・油絵だけでなく、彫刻や切り絵にも挑戦した

私の印象としては、「赤が強烈」「とんでもない色の組み合わせ」「展開図のように平面化された部屋」「人物がムキムキ」といった感じです。

展覧会では、マティスの画業を8章に分けて時系列でたどります。今回は写真撮影が可能だった4〜6章(1918-48年)の出品作品を例にご説明しています。
(公式ウェブサイトに各章の説明や出品作品の一部が掲載されているので、ご参照ください)

全体の構図をみる

まずは全体の構図に注目してみましょう。風景画を描くにしても静物画や人物画を描くにしても、画家は注目してもらいたいモチーフや与えたい印象を鑑賞者に伝えるため、画面の構成を気にします。

写真撮影を想像していただくと、わかりやすいでしょう。
生姜焼き定食を真上から撮影するとメニュー内容が分かりやすく、寄って撮影すれば生姜焼きのシズル感や千切りキャベツのモリモリ感が出ます。定食を手前にしてカメラを引けば、お店の雰囲気を伝えることもできるでしょう。
ちょっと難しい言葉になりますが、花やペットを撮影するなら画面を縦横に三分割した線が交差したところに主役を配する三分割構図、モチーフや地形線や対角線を結ぶように配する対角構図といった方法も、よく使われています。

安定感のある三角形

基本的な構図のひとつが、三角構図です。カメラの三脚も3点で支えるように、三角形をつくることで安定した構図になります。

《赤いキュロットのオダリスク》1921年

オダリスクとは、イスラムの君主(スルタン)に仕える後宮の女性を指します。胸やお腹を露わにしたまま、腕を頭の後ろに組んで椅子にもたれかかる様子は、誘惑というよりリラックスしているようにみえます。

本作では、椅子に寝転んだ女性が片膝を立てて三角構図を作り出しています。対角構図も相まって、女性の豊満な肉体がどっしりと迫力のある印象です。人物は全身像で描かれ、イスラム風の連続模様がついた壁や衝立(?)がある室内の様子がわかります。

《夢》1935年

《夢》では、女性の体と腕が逆三角形をつくりだし、青い布も大きな三角形にみえます。画面の中央に大きなふたつの三角形が配置され、シンプルで隙のない構図です。

布の三角はデカすぎて入りませんでした

目を瞑った女性がクローズアップされ、彼女が寝ているのはベッドなのかソファなのか、周りの様子は何もわかりません。そのため、鑑賞者の目が女性の表情や仕草に集中して、彼女の夢の中にダイブするような感覚を与えます。

《夢》のための習作、1935年

こちらの習作(本番の前の下絵)では、女性は目を開けた状態で左寄りに配置され、右奥に空間がみえます。加えて、女性の視線と組んだ腕の対角構図が、鑑賞者の視線を右奥の空間へと誘導しています。
そのため主題(テーマ)が「眠って夢を見ている女性」ではなく「室内でくつろぐ女性」となり、印象がだいぶ違ってみえてきます。

視線の誘導

《夢》のための習作のように、モチーフの配置や人物の視線によって鑑賞者の視線を誘導させる方法も、絵画ではよく使われます。
メインのモチーフを目立たせたり、画面全体に視線がいくように仕向けて状況を把握させたり、異なる時間軸の出来事を同時に描いた異時同図法では時の流れを示したり、さまざまな目的で多用される方法です。

身近なところではマンガの集中線もそのひとつです。また、誰かがどこかを向いていたら、何を見ているのか気になって視線を追ってしまいますよね。
そうした視線の流れを気にすると、作品の意図が見えてきます。

《緑色の食器戸棚と静物》1941年

淡い緑の戸棚と青い壁、白い食器にリンゴのような果物が置かれています。寒色系の色合いにやわらかな色合いの赤が映え、真っ先に目がいくでしょう。
その後、あなたの視線はどこに移動するでしょうか。

まず中央のリンゴに目がいき、斜めになった楕円の皿の先には、青地に白のチェック柄の布が垂れ下がっています。布の先から右上に視線を移すと戸棚が開いていて、その上にはナイフが置かれています。ナイフの先端には、先ほどのリンゴが。
このようにグルグルと視線を移動させると、たくさんの情報が入ってきます。

リンゴを剥いて食べようと、戸棚からナイフを出してきたのでしょうか。ナイフの横に水の入ったグラスがあること、全体の色調がくすんでいることから、病床にリンゴの差し入れが来たのかもしれません。
何気ない静物画ですが、全体を隈なくみていくと、何やらストーリーが浮かび上がってきました。

奥行きを探る

絵画には、二次元の画面に三次元の空間を生み出すイリュージョンが存在します。まるで窓のように、壁にかけられた風景画から外の世界が広がり、天井画から天上の世界が広がるのです。

奥行き=遠近を表現するには、斜めから廊下を描くように線を奥に向かって収束させる線遠近法(透視図法、パース)、遠くのものを青く霞ませる空気遠近法などがありますが、単純に遠くのものを小さく描く方法、ものの重なりで前後関係を示す方法もあります。

一方で、あえて平面的に描くことで装飾的な効果を生む場合もあります。マティスも色彩や模様を強調するために、壁と床が一体化したような描き方をしますが、それでも奥行きを暗示する仕掛けがなされています。

《グールゴー男爵夫人の肖像》1924年

本作は肖像画なので、もちろん中央の人物=グールゴー男爵夫人がメインのモチーフです。正面向きで色白な夫人の顔が真っ先に目に入りますが、斜め上からのカメラワークのせいか平面的な印象の画面で、さまざまなものが描き込まれています。
情報量の多い絵ですが、手前(画面下)から順番にみていきましょう。

①後ろ向きの人物 ②テーブル ③グールゴー男爵夫人 ④鏡に映った夫人の後ろ姿 までが手前の部屋、白いドアの向こうの部屋に ⑤花瓶に生けた花、窓の外の ⑤海の風景 の順番にモチーフは重なり、小さくなっていきます。意外にも、とても奥行きの深い絵であることがわかります。

たくさんの本を広げて、勉強会か打ち合わせでしょうか。手前の人物の左側に「ART et DECORAT」と書かれた本があり、本作の完成翌年には、パリにて「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(Exposition Internationale des Arts Décoratifs et Industriels Modernes/通称:アール・デコ博覧会)が開催されていることから、最新の芸術動向について話しているのかもしれませんね。

色彩の効果をみる

赤や黄色などの暖色系は温かく、青や緑などの寒色系は冷たく見え、白に近い色は軽く膨張して、黒に近い色は重く引き締まって見えます。自動販売機の「あったか〜い」は赤、「つめた〜い」は青ですし、黒い服の方がすっきり痩せて見える気がします。このように、私たちは普段から色の効果をうまく利用しています。

さまざまな色の効果がありますが、補色だけ覚えておけば大丈夫です!
(色の効果について詳しく知りたい方は、色彩検定のテキストや色に関する本などをお読みください)

補色対比

日本色研事業株式会社ウェブサイトより

これは色相環といって、色を色味の性質(色相)の順番に、環状に並べたものです。この円の大体反対側に位置する色は補色の関係にあり、補色同士を組み合わせると、より明るく鮮やかに見えるのです。
ある色をじっと見つめてから白いところを見ると、その色とは別の色が残像として浮かび上がります。この補色残像現象を使うと、補色(心理補色)を簡単に調べることができます。

とてもざっくり言うと、赤と緑黄色と青が補色の関係にあります。とくに黄色と青の組み合わせは、フィンセント・ファン・ゴッホ(1853-1890)も多用しています。

《黄色と青の室内》1946年

黄色い室内にテーブルや果物などがシンプルな線で描かれています。青い四角がふたつに、ところどころ緑や白も入っています。左下はテーブル、右上は壁かタペストリーでしょうか。
一見すると平面的ですが、黄色と青の組み合わせが爽やかで、モチーフがリズミカルに並んでいる印象です。

この青い部分を隠してみると、ベースの色が黄土色に見えて、壺やスイカの白っぽい黄色やテーブル左側の白が目立ちませんし、赤や緑だと馴染んで単調な印象です。やはり青があったほうが絵がキラキラしますね。

全体は対角構図で、モチーフの重なりで奥行きが表現されていますね。さらに左下と右上の青い四角が対角線上に並び、前景・中景・後景と画面を3つの奥行きに分けています。

その印象には理由がある

このように構図・奥行き・色の3点に注目すると、「きれい」「かわいい」「地味でつまらない」という感覚的な鑑賞ではなく、「どんな印象を与えたいのか、何を伝えたいのか」「どのように作品を構成していったのか」といった論理的な鑑賞ができると思います。

他にも絵画を楽しむためのテクニック、絵画の構造を理解するポイントはたくさんありますが、今回紹介した方法は、初歩的で汎用性の高いものです。

まずは構図・奥行き・色の3点を手がかりに、じっくり作品を観てみてください。「きれいに感じたのは色の効果なのか」「地味だと思ったけれど、意外と隅々まで意味のあるものが描かれているんだな」と、絵の秘密に気付くことでしょう。
きっと第一印象の答え合わせができるはずです。


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