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虎の翼に向かい風 はて?の風はアゲンスト 物語の3分の1を総括だ その3

皆様、おはこんばんちは。

本日のテーマは、「人間の外面と内面とは、必ずしも一致しない」です。
寅に翼からは、花江ちゃんと、両国満智を取り上げます。
本日ご紹介する映画も、
ジェンダー問題を先頭に、多様なテーマを扱う一作です。

冒頭のムンクの「叫び」は、誤解されている方も多い作品。
叫んでいるのは中央の人物ではなく、
周囲からの叫びが聞こえて、中央の人物は困惑しているのです。
パッと見と絵の真実とは違う、という点が選考理由です。
また、「叫び」は、油彩や版画など、バリエーションが豊富なのも良い。

しかし、冒頭からおどろおどろしい雰囲気が漂ってしまった。
ネズミ返しみたいに、人を寄せ付けないかな。
なんて、長すぎる文章の方が、よっぽどネズミ返しです。
はぁ~。

実は、多面性を表す絵画はキュビズムかな、と思って、
最初はピカソを想起しました。
しかし、2018年の著作権法改正で、権利の存続期間が50年から70年に延長。
それに伴い、1973年に死亡したピカソの絵画の著作権も、絶賛存続中。
2024年の現在、複雑な気分です。

それでは、長い長い文章の合間には、色々お楽しみも埋め込んであります。
よろしくお付き合い下さい。


今日のOP

ジェンダーギャップを取り扱うノンフィクション映画を
ご紹介するのもこれで3度目。というか、最終回。
本日取り上げますのは、
映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」オリジナル予告編
であります。

第1弾の「プリティ・リーグ」は、戦時下の女子プロ野球リーグが舞台。
女子チーム同士が対戦しながら、リーグ全体を盛り上げるお話でした。

第2弾の「ドリーム」は、
黒人リケジョ3人組が、人種&女性差別にめげることなく、
不屈の闘志で NASA で栄光を掴むお話でした。

映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」

この映画は、実際のエキシビジョン・マッチを軸にした群像劇です。

どういう試合かというと、
29歳の現役バリバリの女子世界チャンピオンのビリー・ジーンと、
55歳の元・男子世界チャンピオンのボビーとの
異性間のテニス対決です。

原題の"Battle of the Sexes"は、二人の対戦に実際に付けられた呼称。
「性別間の戦い」と呼ばれたらしいが、
「元王者 対 現役女王 ガチバトル テニス対決、勝つのはどっちだ」
くらいの方が、この対決を発案したボビーの感性に沿ってるでしょうね。

ヒロインのビリー・ジーンは、既婚者かつレズビアン。
対立する2つのセクシュアリティの間で揺れ動く彼女の葛藤も、
"sexes"という複数形に暗示されているのでしょうか?

この映画のクライマックスは、
腕力 VS 腕力、男と女が火花を散らす、
待った無しのテニス・ガチンコ勝負。
体格&体力に男性が優れる分を
年齢差というハンディ・キャップで埋めて、
どちらが勝つか、乞うご期待。

こんなのは、ごくごく表層だっよーん

ふーん、あっそう、客寄せパンダ同士の対決で世間を煽って、
お金儲けして旨い汁をすするだけの話? と思いましたか。

いやいや、それは早合点

その対決に向けてストーリーが進展するにつれて、
それぞれの登場人物の抱えている問題が次第に明らかになり、
人生模様が浮き出てくることこそが、本当の醍醐味です。

  • ジェンダー差別

  • セクシャルマイノリティ

  • 己の存在価値を見失った人物の依存症

という「しがらみ」が、一本の映画にギュウギュウに詰め込まれて、
おっとっと、と溢れてる。
よくまあ、これだけ詰め込んだな、と感心するくらい濃いです。

人間の多元的な内面は、
勝った負けたで解決する程度の単純なものじゃない。
勝負の後でも、登場人物の抱える問題は、未解決のままです。
それを受け止めることが、この映画を鑑賞するってことだと感じました。

また、商売には話題性が何より大事という、
ショー・ビジネスの現実も、とことん思い知らされます。
テニスの試合を開催して、ただ一生懸命プレーするだけでは足りない。
衆目を引き付ける分かり易いプラス・アルファをひねり出すのが、
本当の営業努力だと。

この点は、「プリティ・リーグ」と同じですね。
身につまされます。

気合を入れて書いていたら、例の如く長文になりました。
ご興味のない方は、遠慮なく飛ばしてください。

キャスト等の詳細はこちらに

女子テニス選手の蜂起 格差に甘んじてなるものか

主役はキング夫人として知られる、ビリー・ジーン・キングさん。

数年前この映画を視聴した私は、
"エースをねらえ!"に、パワーテニスを始めた女性として
名前が載ってた人ね、そっか、そっか、と思い出しました。
ぼんやりとしか知らなかった女性の輪郭が、映画が進行するにつれて、
くっきり、はっきりと描き出されていきました。

テニスで快進撃を続けていたビリー・ジーンには、不満があった。
それは、賞金の配分の男女差。
賞金が男子のたった  8分の1 と、極端なのだ。
ウーマンリブ運動が盛んな1970年、
彼女は女性によるテニスツアーを提唱し、
「女子テニス協会」を立ち上げ、参加選手を募った。

同調する9人の女子選手が集結。
私の記憶が確かなぁらばぁ、契約金はわずか 1ドルだったはぁずだぁ。

料理の鉄人のBGM、バックドラフトのテーマ曲。
鹿賀丈史さんの濃いMCが、懐かしい。

生き残り戦略 かわいいウェアで煙草をスパスパ

独立したからには、頼れるのは己のチカラのみ。
辛酸舐めるのは、ハナから承知。
テニスのプレイ以外の雑用も、しっかりこなします。

でも、捨てる神あれば拾う神あり。
フィリップ・モリス社をスポンサーとして獲得し、
「バージニアスリム選手権」を開催した。
賞金は破格の、$7000 。
全米テニス協会の女子選手の賞金 $1500 を、余裕で笑い飛ばしちゃう感じ。

スポンサーの見返りは、女子選手がたばこをスパスパ吸って宣伝すること。
真似をして女性の喫煙率が上がれば、簡単に元は取れるということか。
正論を説くだけでは、相手は動かない。
見返りが、必要だ。 

プロ・スポーツ選手に煙草なんて、と現在の常識では思う。
でも当人たちは案外、
煙草を燻らせる女性 → ウーマンリブの先頭
という印象操作として、都合よく利用していたのだろうか?

勿論、大会を用意しても、観客が集まらなければ未来が無い。
人気獲得の鍵として、おしゃれなウェアのデザインを、
テッド・ティンリングに依頼する。

鍛えられた肉体を包み込みながらも、
女性の魅力を引き出す、色彩豊かなデザイン。

それを身にまとって男性社会にNOを突き付ける、
ウーマンリブを体現するファッション・アイコン。
その付加価値は、プライスレス。
イメージUPで、集客力もUP!

女性解放とスタイルの変遷 デザイナーのテッドを解説

テニスウェアの歴史を紹介するサイトを掲載します。
昔のテニスウェアって貴族の玉遊び由来だなって、写真を見れば一目瞭然。
写真のヒョウ柄パンツのウェアは、テッドのデザイン。
鍛え上げられた肉体美が伝わってきますね。
このヒョウ柄には、保守的な人は、拒否反応を示すよね。

テッドのデザインしたウェア。
ミニスカート・ブームにドンピシャですね。
70年あたりのトレンドって感じ。

Ted Tinling: The Unforgettable Forgotten Designer for the Tennis Stars
https://www.nyhistory.org/blogs/ted-tinling-the-unforgettable-forgotten-designer-for

テッドは、膝丈のスカートが当然だったテニス界を震撼させたデザイナー。
レースの下着が見えちゃう超ミニスカートのウェアをぶち込んで、
1949年のウィンブルドンで、度肝を抜いた。
革新者の例外にもれず、"下品"の戦犯として、
その後33年間、ウィンブルドンのデザイン担当を干されてしまう。

テニスは、足さばきが重要な激しいスポーツ。
テッドにしてみれば、
ウェアが選手の邪魔にならないように機能的にデザインし、
それを如何に美しく見せるか工夫しただけ。
でも、本質に着目されるのではなく、
前例がないというだけで、拒否されてしまう。

テッドがやったことは、シャネルと重なる。

皆さんもシャネル・スタイルについては、よくご存知だろう。
パンツスタイルや、下着向けだったジャージ素材の採用、
リトルブラックドレス、シャネルスーツ。
女性をコルセットで縛り付けるのではなく、
女性が生き生きと活動するための衣服。
やっぱり最初は、前例に無いと批判的に受け止められた。

しかし、社会進出した女性は、
そうそう、こんなのが欲しかったと、シャネルの服に飛びついた。
着用する人本位のデザインが、圧倒的に支持されたのだ。

シャネルは今では、現代の女性のスーツスタイルを世に広めた、
ファッション界の革命児と認識されている。
(本当のフロンティアの男性は他にいたが、広めたのがシャネル。)

さらなる活動性を満たすスタイルとして、ミニスカートが出現する。
マリー・クワントが1959年に商品化して、一大ブームを巻き起こした。
肌の露出を控えるべしという旧世代の批判を横目に、
脚を露出して颯爽と闊歩するギャル達。 

ちなみに、「膝小僧は汚いから隠すべし」という考えを持つシャネルは、
ミニスカートを嫌っていたそうだ。
時代の流れには勝てず、ミニスカートのデザインも取り入れたそうだけど。

ミニスカートブームの代名詞、ツイッギーが来日したのが1967年。
ビリー・ジーン達が独立を宣言した1970年にはとっくに、
ミニスカートが市民権を得ていた。
時代がテッドに追いついたのだ。

テッドがデザインしたカラフルなミニスカート・スタイルのウェアは、
女子テニス選手への注目を大いに引き上げた。

本当の自分 ビリー・ジーンの苦悩

トーナメント開始とともに、各地を転戦する日々が始まる。
夫と離れ、ホテルに宿泊するビリー・ジーン。
そんな中、美容師マリリンとの距離がどんどん近づいていく。
既婚者だったビリー・ジーンは、レズビアンだったのだ。

優しい夫にも、愛情はある。
しかし、マリリンと惹かれ合うのは、止められない。

そんな彼女を夢心地から現実に引き戻す、一本の電話。
電話の主は、元テニス世界王者、ボビー・リッグス。

崖っぷちの元王者は目立ちたがり ボビーの空虚感

ボビーは御年55歳。
シニア選手として活動は続けているけれども、
ギャラも世間の注目度も低い。
世界の頂点に立った時、世界は確かに俺を中心に回っていたのに。
気が付けば、置いてけぼりにされた自分。

そんな彼は、ギャンブル依存症。
知り合いとのテニスに、賭けを持ち込みます。
勿論、ハンディ・キャップ付きなのですが、
ワンちゃんを3匹引き連れて、俊敏な動きに制約を付ける
というコミカルなもの。

わちゃわちゃした動きで皆を笑わせながらも、
元世界王者として当然、勝利してご褒美をゲットします。
周囲の人も、賭けを楽しむというよりは、
エンターテナーとして思い切り楽しませてくれたお礼に、
ご祝儀として渡している感覚なんでしょうかね。
日本でいうところの、タニマチ的な感覚?

ボビーは愛されキャラ。
他人の注目を浴びているときは、気分上々。
さあ、次はどんなアイディアで、場を盛り上げようか?

でも、彼の中はカラッポで、隙間風がピューピュー吹いている。
裕福な妻のおかげで会社の中では良い地位に就いているが、
ただのお飾り。

ボビーは、輝かしい栄光を手にしたプレイヤーではあるものの、
全盛期と第2次世界大戦とが重なった、不遇の人。
ウィンブルドンの出場は、たったの1回。
かつては、プロ転向後は出場資格を失うのが、ルールでした。

アマチュア時代に、好成績をどれだけ積み増せるかが、
プロ転向後をまたいだ生涯の収入やステータスに
多大なる影響を与えますよね。

ボビーには、他責志向があったのかもしれません。
戦争が起こらずにもっとテニスで活躍できていれば、
テニス界で何らかの職を得て、会社で飼い殺しにされることは無かったと。
自分の不遇を、自分以外の原因に求めざるを得ず、
強い強い承認欲求の固まりだったかもしれませんね。

ある日、獲得賞品のロールスロイスが届き、
ボビーは妻に大目玉を食らう。
賭け事はやめるってあれほど約束したのに!

家族の一員であり続けるためにグループセラピーに参加しても、
「賭け事に負けない俺は、負けてここにいる君たちとは違う」
と熱弁をふるう。

いやいや、どんぐりの背比べをしてどうする・・・。

精神分析医も、休憩中についつい一緒に賭け事に興ずる始末。
そんな天性の魅力が、逆に仇となっちゃうわけだ。

遂にプリシラは、本気で別れを切り出す。
「あなたといると、とても楽しい。
 でも、頼れる落ち着いた夫が欲しいの。」

ボビーに出来るのは、テニスに面白要素を絡めて、人を楽しませること。
ーー 元世界王者と、現役世界女王との、ハンディ無しの対戦 ーー
閃いた!!

思いついたら、即実行。
夢中になっている間は、自分の問題から目を背けられる。
マグロが泳ぎ続けなければ死ぬのと一緒。
とにかく、閃きを実現するのだ。

突然の挑戦状 ボビーは粘るよどこまでも

ボビーは真夜中にビリー・ジーンに突電して、
「男性至上主義のブタ VS モジャ脚のフェミニスト」
という対戦アイディアをまくしたてる。

「フェミニストじゃなくて、女性テニス選手ってだけ。
 あと、脚は剃ってる。」
ビリー・ジーンはあっさりと、対戦を拒否した。

するとボビーは、ターゲットをビリー・ジーンのライバルにスイッチ。
夫と子供のツアー帯同費を欲するマーガレット・コート(コート夫人)を、
高額賞金を餌にして、一本釣り。
してやったりで、対戦の約束を取り付ける。

マリリンとの禁断の愛に悩むビリー・ジーンは、
夫ラリーと愛人マリリンとの鉢合わせに動揺し、
集中力を欠いて、マーガレットに決勝戦で負けてしまう。

実は、マーガレットは二人の女性のただならぬ関係に、感付いていました。
ビリー・ジーンが雑念で試合に集中できないことを、
ちゃっかり予想していたマーガレットでした。

夫ラリーは、妻を責めません。
代わりに、マリリンに釘を刺します。
ビリー・ジーンの本命であるテニスを
箸休めの如き自分たちが邪魔することのないようにと。
海より深いは、ラリーの愛。

こうして、ビリー・ジーンに勝利したマーガレットは現女王として、
元王者ボビーと対戦することになった。

対戦は、5月13日、母の日。
注目の一戦で、ボビーはマーガレットに圧勝。

良妻賢母をウリにする彼女を、何も母の日に撃沈しなくても・・・。
注目されればされるほど、アドレナリンが放出され、
実力以上のパフォーマンスを発揮しちゃうわけです、ボビーは。

ついに対戦を了承 本当の敵は?

お調子者のボビーは、世間を挑発する。
女装して、おふざけテニスを披露。
"女王"を倒して10万ドルの賞金を手にする挑戦者はいないのかしら?

世間が次の対戦相手と目するは、ビリー・ジーン。
プレッシャーは日に日に増していく。
終に彼女は決意した。

世間の注目は、マーガレットの時よりもさらに白熱。
ボビーは「余裕」を演出するために
ロクに練習もせず、パーティーにうつつを抜かすサマを
連日メディアに見せつける。

過剰なまでの露出には、
シニアに対する注目を引き上げるという、彼の目論見もあった。
大衆が何に喜ぶかをプロとして熟知している彼は、
オンナをなめ切ったブタ野郎を演じ続ける、狂言回しだ。

対するビリー・ジーンは、ストイックに練習を積み重ねていく。
ブタ野郎のボビーを叩きのめすためではない。
彼女はボビーが、ブタ野郎を演じていることをちゃんと知っている。
そんなボビーに乗っかって、
オンナが馬鹿にされることを楽しむ、無自覚な輩こそが本当の女の敵。
そんな奴らに特大の一矢を報いるために、戦うのだ。

彼女が一番ムカついているのは、ジャック・クレイマー。
プロテニスツアーの会長であるとともに、
尊敬すべき偉大なテニスプレイヤーであり、
テレビ解説にも長けている。

しかし、賞金の男女不平等を彼女が必死の思いで訴えた時に、
 オンナの観客動員力は低いだの
 生物学的にそもそも違うだの
 オトコは家族を養う義務があるだの
理屈ばっかりこねまわして、8倍という異常な格差を疑問ともせず、
鼻であしらった。
その後も、メディアで女性蔑視を繰り返した。
本当の敵は、道化を演ずるボビーではなく、ご立派なジャックだ。
 
ビリー・ジーンは、
 ジャックが解説するなら、試合には出ない
と主張して、世間の注目が集まる舞台から、ジャックを締め出した。

本当はこの後、試合の様子を説明すべきなんでしょうが、
視聴したのは何年も前なので、詳細はサッパリ覚えていません。
ビリー・ジーンがあっけなく、ボビーを下した模様です。
まあ、この映画で大事なのは試合結果ではなく、
人間模様だということには、もうお気づきですよね。

孤独な自分に寄り添ってくれる人

試合の興奮も冷め、敗戦に打ちひしがれ、控室で肩を落とすボビー。
妻プリシラが現れ、そばに付き添ってくれました。
苦しい時に支え合うのが、大人の夫婦。
彼女は、自らの理想を実践します。

一方、勝利したビリー・ジーンも控室に戻り、
プレッシャーから解放され、勝利の喜びに涙します。
そんな彼女を支えてコートに連れ戻したのは、
ラリーでもマリリンでもなく、デザイナーのテッド。
テッドからの祝福の言葉は、
 いつか僕らはありのまま、自由に人を愛せるようになる
でした。

ゲイであるテッドは、ビリー・ジーンとマリリンとのただならぬ関係を
早々に察知していました。そして、
 気のゆるみから世間にばれたら、すべてを失うことになる
と忠告してくれたのです。

そんなテッドが贈ってくれた、未来の展望。
未来から振り返ってみれば、
今日の試合が、未来への一段の階段になるはずです。
コートに姿を現したビリー・ジーンに勝利のトロフィーが手渡され、
大歓声が彼女を包むのでした。

世紀の対決は、女子プロテニス人気を盛り上げました。
その結果、女子テニス協会の運営は、軌道に乗ったそうです。
ケガの功名ですね。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。

後日談もご紹介。
バトル・オブ・ザ・セクシーズの後日談/恋人達の悲しい事実など (hibino-cinema.com)

ところで、"エースをねらえ!" は1970年代の漫画ですが、
キング夫人、コート夫人に倣って
竜崎麗華を「お蝶夫人」と名付けたのは明らか。

現在だったら何という呼び名なんでしょうね。
お蝶様、蝶の君、麗華姫・・・。
やっぱ、お蝶夫人は、お蝶夫人が一番しっくりきます。
私もオールドタイプですね。

おいおい、この映画がどういう風に虎に翼と関連するっていうのさ?と
訝しんでいらっしゃる、画面の前の皆さん。
じきにわかります。お楽しみに。

次の音楽はエルトン・ジョンさんの、フィラデルフィア・フリーダム。
この歌は、ビリー・ジーンへの賛歌なのです。

音楽でリフレッシュしたら頭を切り替えて、虎に翼へと参ります。

はて? 花江ちゃんはEQの高い"しなやか"さんでは?

期待大だよ、花江ちゃん

虎に翼の第1週目、私は脇役の花江ちゃんに大いに注目した。

まず、説明のために、
ヒロインの学生時代の女友達に対する、私の先入観を挙げておこう。

  • 女学生時代は、変わり者のヒロインの対極として、結婚に夢を馳せる。

  • 本編に入る頃には、結婚によって都合よくフェードアウト。

  • 大人になったヒロインがピンチになると、これまた都合よく再登場し、
    見返りも求めずヒロインを助け、またフェードアウトしていく。

朝ドラのヒロインを表すお決まりのキーワード
「純粋・行動的・まっすぐ・不器用・融通利かず・
準備不足・幸運の前の予備的ピンチ」は、
相手に尽くすことを是とする道徳的な脇キャラと、相性が良い。

必然的に、月光仮面の如き "ご都合主義の化身" であるのが、
女友達の定番だ。

そんな先入観に、フェイントを軽やかに咬ます花江ちゃんの一言。

「どうしても欲しいものがあるなら、し・た・た・か・に 生きなさい」

花江ちゃん、なんておそろしい子!
衝撃であった。こりゃあ、一筋縄ではいかないご婦人の登場だぜぃ。

どえらく面白いCMなので、もう1つおまけ。

何と、3つ目も発見。ガラスの仮面に全部持っていかれちまった・・・。

よ、よっつ目?! もう好きにして。関西限定のCMなのか、納得。

皆さん、腹の底から大笑いしていただけましたか?
それでは、花江ちゃんの話題に戻りますので、息を整えましょう。
大きく胸を広げて、スー、ハー。
アーユーレディー?

風林火山の少女

寅子の親友である花江ちゃんは、
ヒロイン寅子の兄・直道の婚約者、将来の義理の姉である。

ある晴れた日、寅子を尋ねて女学校にやってきた直道は、
粗忽な女学生が教室の窓から捨てたバケツの雑巾水を、
頭からモロに被ってしまう。
犬のようにブルブルっと頭を振って水気を払い、笑って女学生を許す直道。その笑顔に、ズキューン、とキューピッドの矢を射られた花江ちゃん。
一目惚れであった。

そこからの花江ちゃんの行動は、
天下の智将もかくあるべし、という電光石火。

①首尾よく直道との見合いをセッティングさせ(其疾如風)、
②自分の恋心を告白することなく(其徐如林)、
 見合いの席で直道に一目惚れさせ(侵掠如火)、
③あくまでも求められる体裁で(不動如山)、見事に婚約者の座をゲット。
まっこと、風林火山の如き少女である。

軽快なフットワークで決めた、恋のスリーステップ。
愛の勝利者となり、高々と両手を挙げて微笑む花江ちゃん。
10代とは思えない手練手管。
確実に寝技に持ち込んで粘り勝ちする、常勝の柔道選手の如き女性。

お茶の間で、呆気にとられる私。なんて、テンポの良い展開だ。

でも、水も滴るいい男、とは決して形容できない直道を見初めるとは。
確かに、バケツの水を掛けられて笑って許すなんて、
相当の懐の深さが無ければ、できることではない。

大器晩成型の予感を漂わせる直道。
花江ちゃんは確かな眼力の持ち主であり、先見の明がある。
おおらかな直道と、芯のしっかりした花江ちゃん。
お似合いのカップルだと思った。

"したたか" ではなく ”しなやか” なんだよね、花江ちゃん

「したたかに生きる」と発言した花江ちゃんは、利己的な女性なのか?
答えはNO。

母のはるさんが葬式のためにお里帰りしている最中に、
名律大学女子部に、フライングで入学願書を出してしまった寅子。
はるさんの事後承諾を如何に得るべきかと、思い悩んでしまう。

長男の結婚の準備で多忙なはるさんを迂闊に刺激すると、逆効果だ。
寅子をたしなめる花江ちゃん。

どうしてもほしいものがあるなら、したたかに生きなさいってこと。
私のためにも、トラちゃんのためにも、今はお母さまのご機嫌をとる

花江ちゃん、斯くありきな劇中の台詞

花江は、自分のためだけではなく、
女3人全員の利益をマルっと考えて、沈黙・服従策を勧めているのだ。
そして結婚式が滞りなく終了すると、寅子にGOサインを出す。

トラちゃん。もういいからね、いつでも。
我慢してくれて、ありがと

しっかり線引きする花江ちゃんの台詞

結婚後は、義理の家族と同居する花江。
とことん自分の利益を追求するなら、
ずっと寅子を抑え込む方が、都合がいいはずだ。

でも、新しい一家でたとえ嵐が吹き荒れようと、
寅子が自分の願いを主張する機会は、
親友として、義理の姉として、しっかり保証する。

現実の世界では、自分の都合だけを優先し続ける人が多いといいうのに。
登場人物一人一人の気持ちを慮りつつ、
しっかり交通整理できる人なんだな、花江ちゃん。

一目惚れした直道に対して、
猪突猛進にアプローチするなんていう、独断行動はとらない。

ずぶ濡れの直道にハンカチを差し出して、にっこりと微笑めば、
直道は一目惚れしただろう。
しかし、自分から男性に近づくのは、やはり「はしたない」。
そこで、当時の婚姻のしきたりを最大限尊重して、それに則る。

根回しして見合いの席を設けてもらい、
男の方に気に入らせて、結婚へと進む。
こうすれば、摩擦なんて一切起こらない。
なおかつ、自分の願望は、一歩一歩着実に叶う。

花江は「したたか」という言葉を使ったが、
なんて「しなやか」なんだろう、と感心した。

そもそも、不器用な寅子にもしっかり届くように、
敢えて「したたか」という押しの強い言葉を選択して、
はやる寅子を押し留めたんだ。

花江ちゃん、ナイス。
EQが高いからこそ、クレバーな戦略を堅実に練り出し、
的確にピンポイントで決めることができるのだ。

IQの高い寅子と、EQの高い花江。
従来のすぐに退場する親友キャラとは違い、
兄嫁としてこんなに頼りになるキャラが、ヒロインと同居するとは。

きっと、世渡り下手な寅子を、花江が的確にサポートしてくれる。
そんな期待を私は抱いた。

世間の女性の代表という殻に閉じ込められた花江ちゃん。寅子は兄嫁にお世話してもらうことに疑問を持たない。

そんな風に花江の活躍に期待したのだが、
結婚後の彼女の影は、薄い。
寅子の法律の相談相手は、受験の先達者である優三が務めている。
さらに寅子は、進学先で新たな女友達を調達してしまい、
才媛たちとのアカデミックな関係が、とても楽しそうだ。
寅子の親友としての花江の株は、大暴落だ。

それでは、結婚後の花江の心境を、綴ってみよう。

お義母様に料理の味見を頼むと、
「いいけど、もうちょっとお砂糖足しましょう」と毎回ダメ出しされる。
でも、お義母様の味付け、やっぱりちょっと甘過ぎでは?
でも、そんなこと言ったら、口答えになっちゃう。
我慢、我慢。

結婚して同居したら、夫よりも義母と過ごす時間の方が、はるかに長い。
まるで、お義母様と結婚したみたい。
結婚せずに大学に進学した寅子は、毎日楽しそう。

華族のご令嬢、朝鮮からの留学生、子持ちの主婦、そのうえ、
舌鋒鋭き男装のカフェのボーイ?!
そんな方々が才媛として、法律家を目指しているんだ。
女学生の時には、そんな世界があるなんて、考えてもみなかった。
安易に寅ちゃんのこと、批判しちゃって、申し訳なかったな。

梅子さんていう人のおにぎりが、とっても美味しいって聞かされた。
寅ちゃんのお弁当、私も作るの手伝ってるんだけど、
皆さんに褒めてくれてる?
おうちが綺麗なのも、家族が清潔な服を着れるのも、
お義母様と私が、心を配っているから。
それが当たり前なのは、なんだか疲れる。

学生時代には寅子と私は、親友として対等だった。
でも、猪爪家に嫁入りした途端、私は家事をするのが当たり前。
寅子は、猪爪家の娘として、
親に面倒を見てもらいながら、学業に専念している。
世間からみれば、それが猪爪家の然るべき姿なんだろう。

お世話する兄嫁と、それが当然の小姑。
でも、かつて対等だった寅子と私との現在の隔たりには、
やっぱり不満が残る。

寅子は級友を呼んで、衣装をこしらえたり、お饅頭を作ったりする。
久しぶりに、同じ年頃の女性の輪に混ぜてもらえるかな、って
ちょっと期待した。
でも、親友でも兄嫁でもなく、女中と間違えられちゃった。
実際、女中と変わりないし。

ずっと我慢してきたせいか、涙が溢れてきて、
お嫁に来た人の気持ちはわからないでしょ、疎外感が辛いって、
本音を口にしちゃった。

想像してみた花江の心境

彼女の救いは、夫の直道だ。
この時代の普通の夫なら、辛いなんてわがままだと、妻を叱責するだろう。
しかし、おおらかな直道は、別居を決断。
味噌汁の冷めない距離に新居を構え、程よい家族関係を実現する。

花江は、夫婦好みの味付けでおかずを用意し、愛する直道の帰宅を待つ。
寅子の身の回りの世話からも解放され、
寅子と花江との関係は、イーブンにリセットされた。

法律的または社会的に女性が弱者の立場に置かれていることには敏感で、
寅子は「はて?」を発する。
しかし、他家から嫁いだ女衆が家事一切を担うという家庭内の常識には、
何故か疑問を抱かない。

挙句の果てには、
辛い思いを吐露していい、弱者の本音を受け止める弁護士に私はなりたい、と瞳を輝かせて宣言した。

なんか、第3者の立場でしか、物事を考えていないよね、鈍いよ、寅子。
小姑という、当事者なんだよ、君は。

寅子の「敏感」と「鈍感」とを切り替えるスイッチは、
どのような法則で作動しているのか?
物語の都合次第かい?

「既婚の女性が準禁治産者」という規定に「はて?」と疑問を抱く寅子よ。
それならば、既婚の女性が家事一切を引き受けるのが当たり前という因習に
疑問を抱かぬ自分自身に「はて?」をぶつけたらどうだい?
既婚女性が未婚女性よりも冷遇されているという点では、
どちらも同じだろう?

進学を許した母はるに娘の寅子が世話されるのは、私も納得する。
しかし、兄嫁の花江の世話を当然の如く受け入れ、
そのことに大して感謝する素振りもない寅子。
こんな矛盾を放置されるのは、なんだか落ち着かない。

要は、
・仕事とか学業をこなしている人間が上に置かれて優先されること
・家事労働を行う者がへりくだってお世話すること
にも、しっかり言及して欲しかった、ということだ。

花江ちゃんの話に戻る。
別居してめでたしめでたし、と思いきや。
別居してからの花江ちゃんは、ますます影が薄くなってしまった。
何ていうか、一般的な日本の嫁という「殻」に、押し込められている感じ。
糸で吊られた操り人形のようで、花江ちゃん自身が、不在なのだ。
たまにスポットライトが当たったかと思えば、
一般的なご婦人の心情を代弁するだけ。

いやいや、あなたはもっと活躍できる人。
いつか、でっかい花火を華麗に打ち上げておくれ、と期待を募らせる私。
エヴァンゲリオン初号機が、拘束具から解放されて共食いを始めたように、
いつか殻を破って主役の寅子を食らうような大活躍の場が、
用意されているに違いない。

今こそが、花江の出番、さあ来い、と私が大いに期待した展開があった。
それは、両国満智が寅子の心にザックリと爪痕を刻んだエピソードである。
花江がうまく補完してくれるに違いない、と私は刮目した。

というわけで、両国満智に続く。

ここで、お約束の脱線タイム。
なぜ、はるさんは甘めの味付けが好きなのか?
劇中に、丸亀出身だから、というセリフがあった。

それでは何故、丸亀の味付けは甘めなのか?
砂糖なんて、昔は貴重品だったはず。
丸亀で、砂糖をふんだんに使えた理由とは?

私は、平賀源内が主役のドラマ、「天下御免」の第1話を思い出した。
(というか、第1話しか視聴したことが無い。)
山口崇さんの男っぷりがよく、風刺も効いた実に面白いドラマであった。

平賀源内が、藩の命令でサトウキビを栽培し、
砂糖の生産の研究をしたことが、ドラマの中で紹介されていた。
地図で調べてみると、丸亀と、平賀源内の出身地とは、とても近い。
きっと、四国の気候はサトウキビ栽培に適していたのではないか。
だから、丸亀の味付けは甘めになった、と考えた。

調査結果。
本州唯一のサトウキビ栽培の地で伝統製法の白下糖を作る|農業経営者の横顔|みんなの農業広場 (jeinou.com)
ちゃんと、物事には理由があるものだな。

きっと大多数の人は興味が無い、味付けの秘密の調査結果

はて? 両国満智は、ただの悪女なのか?

ちょっと、両国満智って、いったい誰?、と訝しんでいる方々へ。
義理の両親と子供の親権を裁判で争った、歯科医の未亡人である。
彼女の登場は、たったの1話のみ。
しかし、深い深い真っ黒な印象を寅子や視聴者に刻み付けて、
鮮やかに微笑みながら去っていった。

背景説明 哀れな妊婦を救ったはずなのに

両国満智は、妊婦クライアントである。

育ちの悪い彼女との結婚を願った開業歯科医の夫は、
親と縁を切って、彼女を選んだ。
4歳の息子がおり、大きなおなかには、新しい命が宿っている。
しかし、夫は病で亡くなり、生活に困窮する。
義理の親は冷淡で、援助してくれない。

仕方なく、他の男性歯科医に歯科医院を間借りさせて、
その家賃収入で子供を育てることにした。
義理の親は、愛人となった女に親権を認める必要はないと、提訴した。

親権を奪うためにわざと義理の親が援助を渋ったのでは、と
よねさんは推理した。
同調して義憤に駆られる寅子。
裁判で勝ち、無事に子供の親権を保持した。

しかし、後になって、
夫の病状と、おなかの子供の月数とが合わないことに、
寅子が気付いてしまう。

お礼の品を持参してくれた両国満智に、疑問をぶつけてしまう寅子。

「嫌だ、先生、もしかしてお気づきになってなかったの?
てっきり目を瞑って下さっているのだとばかり。」とあざ笑う満智。
おなかの子供どころか、4歳の息子までも、
間借りさせている歯科医の子供だ、と豪語した。

「嫌だわ、やっぱり女の弁護士先生って手ぬるいのね。」と
トドメまでさす始末。
嗤いながら事務所を去って行った。

居合わせた雲野弁護士は、「これは明らかな過失。失態だ」と発言した。

「したたか」という言葉を使いながらも「しなやか」な花江とは対照的に、
「したたか」を地で行く悪女、両国満智。

しかし、私には、それだけのエピソードだとは思えなかった。

発言と心の中とは、いつも一致するものだろうか?

やはり疑問が沸々と湧いてくる。

裁判が終了したとはいえ、いつ依頼の必要が再び生ずるかもしれない。
孫はいないものとする、と切り捨てた義理の両親が、
いつまた心変わりするか、わからない。

だったら、適当にお茶を濁して退散する方が、
満智には後々、都合が良いだろう。
それを咄嗟に判断し、言い訳を用意するだけの知性も、
十分に備えていそうだ。

わざわざ弁護士を攻撃して、反感を買う必要はないと感じる。
彼女を駆り立てた、理由があるはずだ。

愛情面から考察する

親と縁を切ってまで、育ちの悪い自分を選んでくれた夫に、
満智はとことん感謝していたのではないか?
歯科医の夫との生活は、裕福で満ち足りていたはず。
育ちの悪い自分がこんな幸福に恵まれるなんて、と夢心地だったろう。

夫がいつから患ったかは、不明だ。
しかし、4歳の長男を妊娠した時、
夫を裏切る理由が彼女にあったとは、思えない。
だから、満智の発言に反して、少なくとも長男は夫の子ではないか?

まあ、あくまでも感情面での推察なので、決定力に欠けるか。

論理的に考察する

それでは、論理的矛盾を突くことにしよう。

満智の発言通り、
2人の子供がいずれも、間借り歯科医の子供だったと仮定する。

義理の親から子供を引き渡すように催促されたときに、
2人とも不義の子であることを満智が暴露すれば、
義理の親は簡単に引き下がるだろう。
本当に長男が間借り歯科医の息子ならば、
顔を見れば息子の血をひかないことは、一目瞭然だ。

これだから育ちの悪い女は! 裏切りを知らずに死んだ息子が可哀そうだ、
と罵詈雑言を叩きつけられる覚悟は必要だ。
しかし、子供たちは無事に自分の手元に残る。
負ける可能性がある裁判に賭ける必要が、そもそも無い。

しかし、実際には満智は、親権を保持するために、裁判で争った。
日々の生活費にすら事欠く人間が、
裁判および弁護士費用を負担するのは、並大抵ではないというのに。
間借り歯科医が負担した、とは考えにくい。
裁判に持ち込まずとも、解決できるからだ。

裁判で争うことが、どうしても必要だった、という背景が伺える。

その原因は、長男の容姿だろう。
長男には、亡き夫の面影があり、
どうあがいても義理の両親を諦めさせることは、無理だった。

即ち、少なくとも長男は夫の子供であるはずだ、という結論になる。

従って、論理的に突き詰めると、
「二人とも間借り歯科医の子供」という満智の言動は、
「嘘」と判断できる。

「姦通罪に問われるから、黙っていたのでは?」
と疑問を持たれましたか?
姦通罪は、夫を告訴権者とする、親告罪だったそうです。
夫は既に死亡しているので、満智が告訴される心配は、無かったと思う。
(間違ってたら、御免なさい。
夫の死亡後に、告訴権を両親が行使する可能性は、あるのだろうか?)

念のための補足

結論

感情面および論理的考察のいずれにおいても、
満智は嘘をついたことになる。

それでは、何故満智は嘘をついてまで、二人を挑発する必要があったのか?
それが問題となる。

あの日、寅子とよねさんが満智にとった行動、それは、
おなかの子が夫の子ではないという疑いを、満智に向けることだった。

それが、満智を刺激したのではないか?

自分を見初めてくれた夫に感謝する満智は、
精一杯看病したはずだ。
調査書面に記載されていた病状よりも、
夫の実際の状態は、マシだったかもしれない。
第2子を、夫の子ではないと決めつけるのは、早計だ。
事実は小説より奇なり、と言うし。

だとしたら、満智に疑問を問いかけるにしても、
もっと二人には、配慮が必要だったはずだ。

また、仮に、第2子が間借り歯科医の子供だったとしても、
それで満智が悪女だ、と決めつけることもできない。
夫を失うであろう未来に怯える彼女を、
不埒な歯科医が、手玉に取ったのかもしれない。

この場合にも、二人が率直に疑問を口にしたことは、
寄る辺ない彼女の羞恥心を、居たたまれないほどに刺激したはずだ。

このドラマは、女の社会的な弱さを、取り上げるべきテーマとしている。
ならば、満智こそ、このドラマに相応しい登場人物ではないのか?

満智の心の変遷を推理する

夫を失って、途方に暮れる私。
義理の親は、そんな私を救ってくれるどころか、
子供を取り上げるために裁判を起こした。
夫との愛の証を、奪われてなるものか。

運良く、女性の弁護士に依頼することができた。
男の弁護士だったら、ふしだらな女だと決めつけるかもしれない。
頑張って、戦うんだ。

弁護士の先生は、とてもよくしてくださる。
ありがたいのだけれど、どす黒い感情も湧いてくる。
稼ぐ手段も持たず、誰かに頼らなければならない自分が、
とても惨めだ。
立派な職業婦人が、羨ましくて、しょうがない。

裁判に勝訴した。嬉しい。
これで子供とずっと一緒に居られる。
先生方に、是非ともお礼を改めて申し上げなければ。

調査書に記載された夫の病状と、おなかの子供の月数とが
一致しないと言われた。
わたし、疑われてるんだ・・・。

弁護士なんてご立派な方は、私を見下して、嘘つき呼ばわりするわけね。
だったら、徹底的に嘘をついて、こいつらを馬鹿にしてやろう。
ほら、表情が変わった、いい気味だ。
誰にも、私のことなど、わかるものか。

満智の心の動きに関する、私の妄想

こういう心理状態だったなら、
満智が嘘を織り交ぜた悪態をつく理由になるだろう。

筋が通っていませんか?

しかし、よねさんはどうして、見抜けなかったのだろう??
第11週の知識を持ち出して申し訳ないが、
轟の花岡への恋心に勘付いてしまうほどに、
カフェの数多の女給を観察したよねさん。
よねさんが満智の内心を嗅ぎ分けてしまう展開が、自然だったろうに。

花江ちゃん推理劇場、実現ならず

よねさんが果たせなかった謎解きのバトンを、花江が引き継ぐはずだ。
騙されたと思って落ち込む寅子を、猪爪家に出入りする花江が目にしたら、
心の機微に敏感な花江が、きっと異変に気付く。

遂に花江ちゃんの大車輪の活躍を目撃できる。わくわく。
期待に「ちむどんどん」する私。

弁護士の守秘義務は脇にどけて、苦い思いを親友に吐露する寅子。
か弱き女性の代弁者であり、EQの高い花江が、
両国満智のやむにやまれぬ事情を、鮮やかに推理していく。

私の皮算用

という展開を期待していた。

しかし、寅子が苦しい胸の内を打ち明けた相手は、優三だった。
契約結婚と割り切っていた鈍感な寅子は、
励まされてようやく、優三に恋をする。
2人で内緒で鶏肉を分け合って、
優三が頼もしい伴侶であることを、寅子は知った。

「両国満智は所詮、二人を名実ともに夫婦にするための必要悪だったんだ。
だから、物語の進行の都合上、花江に相談するわけにはいかないでしょ」
とご指摘される方も、いらっしゃるだろう。

しかし、二人の夫婦生活が軌道に乗って、寅子が元の調子に戻った後で、
花江が「ちょっと前に様子がおかしかったけど、何かあったの?」と
疑問を口にすることは、可能だったはずだ。
それを皮切りに、花江ちゃん推理劇場が展開されたって、良いではないか。

映画「バトル・オブ・ザ・セクシーズ」の解説を念入りに行ったのも、
発言や行動と人間の心の内とが乖離する事例を、
丹念に説明したかったからだ。
世の中は一筋縄では、いかないはずなのだよ・・・。

そして、弁護士や裁判官は、一筋縄ではいかない人々と、
一生関わり続けなければならない職業ではないのか?

依頼人が嘘つきだった、というよりも、
人間の内面の複雑さをつくづく思い知る方が、
新人弁護士には、必要だっと思うのだが。

両国満智という素材は、
女の立場やら、か弱さやら、愚かさとやらを、
一瞬で視聴者にアピールできる「うってつけ」の素材だったはずだ。
そんな折角の逸材が、無駄遣いされたようで、
私は勝手にショックを受けているわけである。

嗚呼。空振りした私の期待よ、今何処。

はて? 雲野弁護士の実力は?(余談)

雲野弁護士の指摘した「過失・失態」とは?

両国満智の一件を報告された雲野弁護士の、
「これは明らかな過失。失態だ。~(途中略)~
君の失態が、誰かの人生を狂わせたことを忘れてはいかん。」
との発言について。

雲野弁護士も、満智の悪態が矛盾することに、気づかないんだ。
それじゃあ、寅子とよねさんのことを、叱責できないよ。

子供が二人とも不義の子なら、義理の両親は引き取る必要がない。
従って、誰の人生も狂ってないよ、雲野先生。

というか本来は、
満智と義理の両親とのわだかまりを解き、
お互い交流を持てるように知恵を絞るのが
優秀な弁護士ではないのか?

それはさておき。
はて、過失、失態って、何のことだ?と思った。
なんだか、弁護士が依頼者を処断するかのように思えるが?
弁護士は、依頼人の利益のために法理を尽くすのではないのか?
疑問に思ったので、調べてみました。

弁護士の、2つの義務が判明した。

真実義務とは

 弁護士の真実義務は、真実に反すると知った場合、そのような主張・立証を行わない義務をいいます。
 例えば「本当は架空の話だけど、証拠もねつ造してきたから、弁護士さん、ひとつ知恵を貸してくれ」という依頼者の要望には当然、応じてはいけません。
 他方で、真実に反するかもしれない、もしかしたら間違っているかもしれない、と思いつつ主張・立証することは許されます。それが許されなければ、弁護士は敗訴するごとに真実義務を違反したことになってしまうからです。その結果、弁護士は真実義務の違反をおそれるあまり、依頼者との信頼関係を築くことが不可能となってしまいます。

誠実義務とは

 弁護士の誠実義務は、依頼者に不利益な結果を生じさせない義務をいいます。
 それには弁護士は、誠実義務を尽くすため、できるだけ依頼者から有利な事実及び証拠を収集しなければなりません。また紛争の相手方が主張・立証をすると予想される、不利になり得る事実・証拠について、先まわりしてフォローしておく必要があります。
 依頼者にとって有利な主張・証拠を漏らすのは、弁護士として論外ですが、不利になり得る事実・証拠のフォローができない弁護士もだめです。

リーガルボイス-9弁護士は依頼者のためなら嘘をつく? – 阿部法律事務所 (abelawyer.jp)

調査漏れがこれらの義務に違反したことを、
雲野弁護士は、過失、失態と判断したようですね。
なるほど。

夫の病状と胎児の月数とが合わないという不審点は、
前もって把握しておかなければならなかったのに、見落とした。
これは、誠実義務違反だった。

そして、本来ならば、不審点に関してちゃんと事実確認を行って、
一応の確かさをもって、弁護を行わねばならなかった。
つまり、真実義務を果たすよりも前の段階に、問題があったわけですね。

ドラマからだけでは、わかりませんでした。
ああ、スッキリした。

また雲野弁護士のこと、疑うところでした。
なぜなら、雲野弁護士の不甲斐なさに、イラっとしたことがあったから。

雲野弁護士、しっかりして

寅子が独身の際、担当弁護士のチェンジを依頼人から毎回要求されていた。
それはいくら何でも安易過ぎるのでは?と感じてしまうくらい、
雲野弁護士は、何の抵抗も無く応じていた。

キャバクラじゃないんだからさぁ、
簡単にチェンジじゃ、寅子が可哀そうじゃん、と思った。

勉強して弁護士という資格を取得しただけでは、不十分だ。
案件をこなして経験を積んでこそ、一人前の弁護士。
なんで雲野弁護士はもっと粘らないのだろう、と疑問だった。
初の女性弁護士の修習を引き受けたんだ。
覚悟はしてたはずだろうに。
寅子が案件を引き受けたら、他の弁護士の負担が減るじゃあないか。
弁護士は、多忙なんですよね?

弁護料を払えない依頼者が、たくさんいたはずだ。
例えば、懐具合が厳しそうな人には、
「猪爪寅子君はまだ弁護士になったばかりですが、非常に優秀です。
経験不足な分は、弁護料を少しおまけさせていただきます。
私も、しっかり監督致します。
今回は、彼女に担当させていただけませんか?」と
遣りて婆の如く懐柔することは、できなかったのか?

そうやって寅子に経験を積ませたら、今度は、
「猪爪智子君は、これまで沢山の実務経験を積んできました。
女性ならではの細やかさで、依頼人の方々にもご満足いただいております。
彼女に担当させてやっていただけませんか?」
と営業すればよい。

「独身の女性弁護士には、とことん需要が無い」
という状況を説明する必要があったんだ、仕様がないだろ、と反論なさる?
だから、雲野弁護士は機転を利かせるわけにはいかないって?

それならば、「ディスカウントしても尚、依頼人が断る」
という筋書きで、大丈夫ですよね?

あれじゃあ、雲野弁護士を演じた塚地さんが、気の毒でした。
ホントに。

雑感

長い長い文章にお付き合いいただきました皆様、
ありがとうございます。お疲れさまでした。

花江も、両国満智も、雲野弁護士も、結局のところ脇役だもんね。
しょうがないかぁ~。半年でお話を纏める必要があるもんね。

直道の戦死の知らせを聞いて、膝が折れて泣き崩れる花江ちゃん。
森田望智さん、すごい演技だった。

両国満智を演じた岡本玲さん。
美しき悪女でした。

塚地武雅さん、雲野弁護士の人柄の好さ、滅茶苦茶出てました。

世間の矛盾には疑問を感じるけど、自分の矛盾には疑問を感じない寅子を、
ふがいなく思ってしまった。
でも、斯く言う私も、記事を書いている段階でようやく、
寅子の矛盾に気付いた始末です。
それだけ、ストーリーに引き込む力が強いんだな、虎に翼は。

映画を紹介するのは、当分自粛します。
見たばかりの映画ではなく、昔見た映画の紹介は、
予想以上に骨が折れました。
テーマを定めて映画を選ぶと、
直近に視聴した映画というわけには、いきませんからね。

それでも、初めに取り上げると決めた3作に対しては、
きっちり努めあげたつもりです。

自分の思いをいっぱい書き連ねましたが、
バンホーテンの「ガラスの仮面」ネタのCMに、
全部かっさらわれてしまいました。
でも、面白いんだから、しょうがない。

まだまだ修行が足りませんね。

3分の1総括は、もう少し続きます。
梅雨入り前に終わるかな?
今年の梅雨入りは、遅い。

以上

「世の中に人の情け受くるこそ情けなしとは言ふもののお前では無し」 おこころざし、誠にありがとうございます。 ブタもおだてりゃ木に登る、ЯRtoneサポすりゃ天にも昇る。